80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

存在感

2016年01月25日 20時59分03秒 | 考える
1月23日(土)
思うに、私の存在感 ゼロ !!

伊勢崎にあっても、町田に戻ってからも、
自分の存在感がまるで感じられない。

今の自分には、どこにも身の置き所がないような気がしている。
ただ、そこにいるだけ、
いや、置いてもらっているだけの存在という感じだ。
  

人は自分の存在を無視され続けると、不安と同時に怒りを感じる。
しかし、結局、それは誰にもぶつけようがない。
ほとんどの場合、自分にはね返ってくるだけだ。

同時に、自分でも、他人の存在 (考え) を無視していることには、
意外に気づいていない。

そうなのだ。
言い換えれば、それは、甘えであり、被害妄想以外の何物でもない。 


腹の奥が、ひやっとしてやたら冷たい。
大きな氷の塊を飲み込んだような感覚 ・・・。


今まで、そして今、私は肩肘を張って、
いずれは誰かのために、人のためにと考えていたのだが、
実際には、そのための努力を何もしていない。

人が何かしようとしても、
結局、実績、あるいは実力がなければ、誰も振り向きはしない。
言い換えれば、他人を評価しようとするとき、
その判断材料がまるで無いのでは、期待のしようがない。

小さくとも構わない。
まずは実績を生み、それを積んでいくことからはじめる。
でなければ、これから先に進むことが出来ない。


止まれ・・・。
ふと、思う。
この所、年のせいか(?) 「泣き言」 が多くなってきたようだ。
愚痴を言うだけなら、誰にだって出来る。


要は実践だ。

どんなに小さなことでも良い。
まず行動すること。


これは、常に、心せねばならないことだ。
廃棄物 (私) の再生、再利用計画。 


夢の話 (10月21日、水曜日)
やけに若々しい祖母が、にっこり笑って 「私は明日帰ります」 と言う。
脇から母が 「この子は今日帰るんですよ。」 と言う。
 

たったそれだけの記録。

以前に [10/21(水)との記録がある] そんな夢を見たということらしい。 

何故だろう? 
今、その意味するところが、ちょっと気になっている。