槿花亭綺譚 (槿花一日の栄え・槿花一朝の夢)
槿花とはムクゲの花。
槿花は朝開いて夕方にはしおれてしまい、その華麗な花も一日だけのものであることから、はかない栄華のたとえ。
ああ、のぞめば道遙か、振り向けば日は黄昏れて、今、山に沈まんとする。
現世は幻なりと観じてみたとて詮もなし。
思えば遠き青春の、熱き想いを今ここに、背負いし罪科を顧みて、玄武の甲羅に譬えれば重ねし苔の幾層か。
思えば胸の痛むなり。
☆「秋桜のこと」![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0237.gif)
10月も半ばを過ぎ、吹く風の爽やかな中にも、時折、何となく冷たさを感じさせるような、そんな季節でありました。
いつもの散歩道を、私の目の前にどこからでしたろうか?
ふわり、薄紅色の何とも艶やかなスカーフが一枚、飛んできました。
爽やかな秋風に乗ってどこからともなく流れてきたようでありました。
急ぐ様子でもなく、と言って、ただのんびりとそこら辺をただよっていたという様子でもなく、
どこかに向かってふわりふわりと飛んでいく途中ですといった風でありました。
スカーフは一体とこに行くつもりなのか? これは、誰かがはっきりさせる必要がある。
そんな気が致しました。
と言って、見渡せば近くには私以外、ただ一人の人間もおりません。
とすれば、私がそれを確かめずに一体誰が確かめるというのでしょう?
いつしか私はスカーフを追ってふらふらと歩いておりました。
ふわりふわり・・・、スカーフは、早過ぎもせず、かといって遅すぎもせず、私の歩みに会わせるように、
そう、まるでそよ風に舞う蝶のように飛んでいくのでした。
街角を何度か曲がって、ふと見上げると、いつの間にか、私は桜並木の下に立っておりました。
私は思わず目をこすりました。 二度三度、瞬いてもみました。
それは間違いもなく桜の花、桜の林の中でした。
満開の桜が、辺り一面、これでもかと言わんばかりに咲き誇っているのでした。
花と花が、幾重にも幾重にも重なり合って、ここに立って見上げていると、まるで一塊の雲・・・。
夕焼けの、終わり間際のあの薄紅色の雲のように見えました。
私を包み込む甘い香りは、それこそ息苦しいほどの香りでした。
これが桜の香りなのでしょうか?
考えてれば、私はこれまで桜の香りというのを知りませんでした。
何やら頭のてっぺんを突き抜けていくような強い香り・・・。
魅惑的とでも言ったら良いのでしょうか?
・・・そんな感じでした。
思いもかけぬ桜の香りに戸惑う私の耳に、突然、何やら低い声が、つぶやきのような声が聞こえました。
向こうの木の陰から聞こえてきたような気が致しました。
耳を澄ませば、木の葉のざわめきのようにも思われました。
小鳥のさえずりだったのかも知れません。
ヒュンッ・・・、これは風でした。
桜の林を一陣の風が、駆け抜けていったようです。
狂おしい桜の香りが渦を巻いて私を包み込みました。
瞬間、辺りがしんと静まりかえり、ややあって再び、峠に薄い霧の降りかかるように、さらさらと
あの呟きが舞い落ちてきました。
さらさら、さらさらと呟きが私の足元に積もり重なっていくようでありました。
とはいえ、そのために桜の花びら一枚、あるいは桜の葉一枚が舞い落ちたわけでもなかったようです。
時折、薄紅色の花びら、しなやな枝がなまめかしく身をくねらせる。ただそれだけの事でした。
ヒュンッ・・・と風が吹き抜けて、さりとて、何一つ変わった様子もなく、ただ桜の森は
得体の知れぬつぶやきとささやきとに満ちあふれていくようでありました。
時は10月、人知れず、桜の森に棲むは魔物か?
私は何を思うでもなく、その場に立ち続けていたようでありました。 <了>
槿花とはムクゲの花。
槿花は朝開いて夕方にはしおれてしまい、その華麗な花も一日だけのものであることから、はかない栄華のたとえ。
ああ、のぞめば道遙か、振り向けば日は黄昏れて、今、山に沈まんとする。
現世は幻なりと観じてみたとて詮もなし。
思えば遠き青春の、熱き想いを今ここに、背負いし罪科を顧みて、玄武の甲羅に譬えれば重ねし苔の幾層か。
思えば胸の痛むなり。
☆「秋桜のこと」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0237.gif)
10月も半ばを過ぎ、吹く風の爽やかな中にも、時折、何となく冷たさを感じさせるような、そんな季節でありました。
いつもの散歩道を、私の目の前にどこからでしたろうか?
ふわり、薄紅色の何とも艶やかなスカーフが一枚、飛んできました。
爽やかな秋風に乗ってどこからともなく流れてきたようでありました。
急ぐ様子でもなく、と言って、ただのんびりとそこら辺をただよっていたという様子でもなく、
どこかに向かってふわりふわりと飛んでいく途中ですといった風でありました。
スカーフは一体とこに行くつもりなのか? これは、誰かがはっきりさせる必要がある。
そんな気が致しました。
と言って、見渡せば近くには私以外、ただ一人の人間もおりません。
とすれば、私がそれを確かめずに一体誰が確かめるというのでしょう?
いつしか私はスカーフを追ってふらふらと歩いておりました。
ふわりふわり・・・、スカーフは、早過ぎもせず、かといって遅すぎもせず、私の歩みに会わせるように、
そう、まるでそよ風に舞う蝶のように飛んでいくのでした。
街角を何度か曲がって、ふと見上げると、いつの間にか、私は桜並木の下に立っておりました。
私は思わず目をこすりました。 二度三度、瞬いてもみました。
それは間違いもなく桜の花、桜の林の中でした。
満開の桜が、辺り一面、これでもかと言わんばかりに咲き誇っているのでした。
花と花が、幾重にも幾重にも重なり合って、ここに立って見上げていると、まるで一塊の雲・・・。
夕焼けの、終わり間際のあの薄紅色の雲のように見えました。
私を包み込む甘い香りは、それこそ息苦しいほどの香りでした。
これが桜の香りなのでしょうか?
考えてれば、私はこれまで桜の香りというのを知りませんでした。
何やら頭のてっぺんを突き抜けていくような強い香り・・・。
魅惑的とでも言ったら良いのでしょうか?
・・・そんな感じでした。
思いもかけぬ桜の香りに戸惑う私の耳に、突然、何やら低い声が、つぶやきのような声が聞こえました。
向こうの木の陰から聞こえてきたような気が致しました。
耳を澄ませば、木の葉のざわめきのようにも思われました。
小鳥のさえずりだったのかも知れません。
ヒュンッ・・・、これは風でした。
桜の林を一陣の風が、駆け抜けていったようです。
狂おしい桜の香りが渦を巻いて私を包み込みました。
瞬間、辺りがしんと静まりかえり、ややあって再び、峠に薄い霧の降りかかるように、さらさらと
あの呟きが舞い落ちてきました。
さらさら、さらさらと呟きが私の足元に積もり重なっていくようでありました。
とはいえ、そのために桜の花びら一枚、あるいは桜の葉一枚が舞い落ちたわけでもなかったようです。
時折、薄紅色の花びら、しなやな枝がなまめかしく身をくねらせる。ただそれだけの事でした。
ヒュンッ・・・と風が吹き抜けて、さりとて、何一つ変わった様子もなく、ただ桜の森は
得体の知れぬつぶやきとささやきとに満ちあふれていくようでありました。
時は10月、人知れず、桜の森に棲むは魔物か?
私は何を思うでもなく、その場に立ち続けていたようでありました。 <了>