[2017年全日本選手権プレイバック~全員が自分が勝つつもりで戦った~]
2017年の全日本選手権ロードレース(6月23~25日、青森県階上町)、シマノレーシングは男子U23ロードレースで横山航太がチャンピオンを獲得、男子エリート・ロードレースでは木村圭佑の3位表彰台を筆頭にトップ10に4人を送り込む活躍で、若手育成体制となったここ数年間で最も大きな成功を収めることができた。その戦いをあらためて振り返る。
■エース、アシストを決めない采配
大活躍の背景には、野寺秀徳監督がエース、アシストを厳密に決めず選手全員を送り出した采配があった。現役時代、全日本でタイトルを2度獲得、8年連続表彰台に上がった野寺監督は「最後は一番強い選手が勝つように帳尻が合ってくる」と断言。そして「気力がある選手が最後に残る。自分が勝つつもりで、あきらめずに戦え」と最終局面まで集団に残るように選手たちに指示した。
自転車ロードレースにはエースとアシストがいて、アシストは自分を犠牲にしてエースの勝利に貢献する。この競技に詳しくない人にとっては不思議に見えるこの不文律も、ツール・ド・フランスなどの海外レースをテレビ中継で見ているファンやジャーナリストは当たり前のことと考えてしまい、日本国内のレースでもついついその図式を当てはめてしまう。
もちろん、そういう役割分担が必要な場面も国内レースではたくさんあり、それが勝利につながるケースも多いことは確かだ。しかし、U23時代から海外経験豊富な秋丸湧哉が「このレベルでエース、アシストとか言ってもしょうがない」と話していたのもまた真実だろう。
野球に例えるなら、甲子園でエースとして活躍したからといって、必ずしもプロで先発エースになれるとは限らない。しかし、中継ぎとして活路を見出し、チームやファンに信頼されるプロフェッショナルになるケースもあるだろう。その一方で高校で控え投手ならば、そもそもドラフトにかかる確率もほとんどないはずだ。
自転車ロードレースの世界でも国内でエースとして勝利を争える存在でなけば、海外のプロチームに入ることもままならない。当たり前のことだが、高いレベルへとステップアップしたいなら、今いる環境で圧倒的な強さを見せなければいけない。エースだ、アシストだという役割分担はトップレベルでこそより大きな価値を持つのだろう。
加えて、全日本選手権は小手先のチームの作戦が通用しにくいレースであることを歴史が証明している。過去に海外プロチームから単独参戦した新城幸也、別府史之がチームメイトがいない状況でも何度もこの大会を制してきたことも、その証拠だ。また、作戦にこだわって序盤からアシストを酷使したとして、レース終盤にエースが不調だったり、トラブルに巻き込まれた場合、それまで力を尽くしていたアシストも共倒れになって、チームが崩壊してしまう。
ましてや、青森県階上町のアップダウンの厳しいコースでの長丁場のレースは、真の強者をあぶりだすに違いないだろう。レース終盤の絞り込まれた集団になんとしても生き残り、そこから勝機を見出すしかない。
シマノレーシングは大会2週間前から八戸で合宿を行い、階上町のコースを走り込んで万全の準備で全日本選手権の週末を迎えた
■U23タイムトライアル、勝利への執念を見せた小山貴大
今回の全日本選手権で勝利への執念を最初に見せたのは、6月23日のU23個人タイムトライアル(1周x13㎞)に出場した小山貴大だった。
プロ3年目、20歳の小山はチームの中では言わば弟キャラ、いじられキャラ。これまで闘志を前面に出す場面は少なかった。しかし、このタイトル獲得を早くから目標に掲げ、入念に準備を進めてきた。もちろん、一人で走る個人TTなのでチームの作戦など存在しない。ただ全力で走るのみだ。
しかし、小山がゴールした時点での暫定タイムは2番手。「2位だよ!」と声をかけると、ガックリ首をうなだれた。この時点で、まだ表彰台の可能性は十分にあったが、やはり彼には優勝しか頭になかったのだろう。最終的にはギリギリ表彰台から滑り落ちて4位に。タイトルは来年に持ち越しになったが、今週末の小山の闘志はまだ衰えてなかった。
■U23ロードレース、横山のレースプラン
▲スタートを待つ横山航太、小山貴大、水谷翔(左から)
翌24日のU23ロードレース(10周x14㎞)、小山は「勝ってきます!」と宣言してスタートラインに向かった。このレース、シマノレーシングからはU23最終年で優勝候補の一角・横山航太、小山と同学年のスプリンター水谷翔も出場している。
横山は、スプリントも上りもこなせるオールラウンダー的な脚を持つ。「自分に向いているコース。優勝だけを狙っていた」という横山は上りで集団を絞り込んで、小人数スプリントに持ち込むレースプランを組み立てていた。
水谷にとっては決して得意とはいえないコースだが、上り区間こそこなせれば勝機を見出せる。ゴールスプリントで有利なように、ただ一人エアロヘルメットをかぶってスタートした。もちろん、この3人の中で絶対的なエースは決められていない。
レースは大方の予想通り、周回ごとに人数が絞られるサバイバルな展開に。シマノレーシングの3人はライバル選手をマークしながら冷静に周回を重ねていたが、後半、レースが活性化すると水谷がその犠牲となり、8周目にリタイア。昨年11月の幕張クリテリウムを制したスプリンターは、「自分向きのコースなら勝てるのに…」と悔しがった。
▲トレーニング段階から身体に不安を抱えていた水谷翔であったがレース前半の動きにしっかりと対応、チームの勝利に貢献した
■小山のアタックが、横山の勝利を引き寄せる
横山は、集中して冷静にレースを進めた。自ら動いて人数を絞る場面もあれば、7周目にできた3人の逃げも慌てることなく追いかけた。小山も力強い走りで横山に付き従っていた。
▲互いにフォローしながらレースを冷静に進める横山航太と小山貴大。
ラスト2周、逃げの3人が崩壊して野本空(明治大学)単独になる一方、数10秒差で追う追走集団の中で横山は警戒していたスプリンター岡本隼(愛三工業レーシングチーム)を引き離すことに成功。さらに自分に有利な状況を作り上げ、最終ラップに入った。
この時点でもう一人、自らの勝利のチャンスを切り開こうとしている男がいた。小山だ。最終ラップの1つ目の上り、誰もが疲れ切っている状況で「自分が勝つつもりだった」とアタックする。残念ながら、これは小山自身の勝利にはつながらなかったが、横山にとっては「最高のタイミング」だった。
小山を追いかけて飛び出した山本大喜(鹿屋体育大学)に、横山が反応。2人は小山をかわして、単独先頭の野本に追いつき、横山の狙い通り先頭3人の少人数の展開になった。
そこからのラスト数km、ライバル2人の攻撃を封じ込めた横山は、「試走から決めていた通り、ギリギリまで待って」残り150mでスプリントを開始。見るからに脚のかかりが違う加速でゴールラインを駆け抜け、チャンピオンジャージをつかみ取った。
▲『思い描いた通り』という横山航太はスプリントで爆発力を見せ勝利を手に
▲野寺監督と勝利を分かち合う
もう一人のヒーロー、小山は5位でゴールした後、コース脇に倒れ込んだ。彼のこういう姿は珍しくはないものの、コース上ですべての力を出し尽くし、ゴール後には立つ力すら残ってないのも、プロとしてのあるべき姿かもしれない。
「横山くんが感謝してたよ」と声をかけても、うれしそうな反応を見せなかったのは、疲れていたからだけではなく、本当に自分が勝ちたかったからだろう。「来年は僕が勝ちます」と力強く宣言した。
▲ゴール後倒れこむ小山貴大、すべてを出し尽くし来年のチャンピオンとなることを誓った
▲2017U23ロード王者に輝いた横山航太
■エリート・ロードレース、入部、木村、湊の思い
U23の選手たちの活躍は、翌25日のエリートの選手たちにも大きな刺激となった。男子エリート・ロードレース(15周x14㎞)にシマノレーシングはここ数年で最多の6人が出場。野寺監督は、キャプテンの入部正太朗、昨年3位の木村圭佑をエースに指名しつつも、残る秋丸湧哉、湊諒、西村大輝、秋田拓磨にも勝利を狙うチャンスを与えた。
チーム最年長27歳の入部だが、今年は一回り強くなった印象を見せている。先日のツール・ド・熊野でのステージ優勝もそうだが、ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)の堺ステージの個人TTで12位に入ったように、ベースの走力もアップしている。調整のために出場した金曜日の個人TTも、TTバイクでの練習時間が少ない中で7位に入り、しっかりUCIポイントをもぎとった。
しかし、全日本では2015年28位、2016年16位と過去2年悔しい思いをしてきた。これを反省し、「気合が入りすぎて、空回りしていた。今年は楽しんで走りたい」とリラックスしてスタートラインに並んだ。
一方の木村にとっては、不安要素を抱えて迎えた全日本選手権だった。昨年はTOJで好走し、それを全日本3位という結果に結びつけて一躍注目を集める存在になった。しかし、今年のTOJではキレを欠き、伊豆ステージで無念のリタイア。野寺監督は続く熊野を欠場させ、再調整を指示した。その間、体重を2~3kg落とし、自転車のポジションも見直した。2週間前のJPT那須ロードレースではサバイバルな展開で4位に入り、ようやく復調の兆しが見えた。
木村も、入部と同じく全日本の個人TTに出場。これは、昨年の全日本でTTの後にロードレースを走って3位に入ったいい流れを再現するため。本人曰く「ゲン担ぎみたいなものですよ」。そして、レース当日の朝を迎えたが、緊張からか「昨日はよく眠れなかった」という。
チームの中でこの2人に続く存在が、地元・青森出身の湊。レース前には「優勝狙ってますよ」と自らの勝利にこだわっていた。長距離レースは湊の得意とするところ。同じ210㎞で争われるツール・ド・おきなわでは、2015年11位、2016年5位、そして昨年の全日本(伊豆大島、154.7㎞)は12位に入っており、この日も「最後までは残れると思います」と自信を見せていた。体重管理に苦しむことも多いが、この日に向け体も絞り込んできた。
何よりも湊にとって、高校時代から走り込んでる階上町のコース。沿道には家族や地元の人が詰めかけ、シマノブルーに染められた湊諒のバナーも数多く風になびいていた。その応援の前でアシストとして評価されるよりも、勝って喜びを分かち合いたいというモチベーションが高まっていた。
■「失うものがない」西村のアタック
▲エスケープを試みた西村大輝、失うものは無いと同時に、大きなものを手に入れる為に攻め続けた
レースは波乱含みの幕開けだった。1周目、昨年の全日本王者・初山翔(ブリヂストンアンカー)や吉田隼人(マトリックスパワータグ)らエース級の選手が集団落車に巻き込まれ、リタイア。これらのチームは、早くも苦境に立たされた。
シマノレーシング勢は運よく落車は免れたものの、入部が足止めされて、後方に取り残された。数10秒のビハインドを負ったものの、何とか翌周にはメイン集団に復帰。その後は、入部にとって「定位置」とも言える集団最後尾でレースを進めた。
今年は、全日本選手権としては初めてチームカーの随行が認められた。しかし、無線は使えないため、ハンドルを握る野寺監督と選手たちが活発にコミュニケーションをとれるわけではない。
野寺監督は、集団復帰のために脚を使った入部のコンディションを気にかけたていが、レース後に話を聞くと「全然余裕でしたよ」と、まったくの杞憂だった。
レースは散発的にアタックが起こるも、決定的な逃げは決まらない。3年ぶりに全日本選手権に出場した別府史之(トレック・セガフレード)は、単独参戦ながら自ら先頭に立って集団をコントロールし、周囲を威圧していた。シマノレーシングの秋丸、秋田、湊らは代わる代わる他チームの動きをマークしていた。
5周目後半には「僕には失うものがない」という西村が単独アタック。ジュニア時代はアジア選手権など数々のタイトルを獲得した西村だが、2014~15年は腰の故障で手術を繰り返し、自転車にまったく乗れない時期もあった。引退という言葉も、何度も頭をよぎった。昨年ようやく復帰し、今年がエリート1年目の全日本。入部や木村らと違って、たとえ成績を残せなくても責められる立場ではない。文字通り、失うものはないアタックだ。
ここで他の選手が合流して、レース後半まで逃げ続けることができれば、西村自身のチャンスも広がるし、チームにとっても有利な展開が予想できる。しかし、このアタックに反応する選手はなく、西村は7周目に集団に戻った。
■レース終盤に最多の人数を残したシマノレーシング
レースが距離を消化するにつれて集団はみるみる小さくなり、遅れる選手たちはチームカーにもどんどん抜かれていく。しかし、シマノレーシングの選手たちは一人も脱落することなく、粘りの走りを続けていた。
9周目、ようやく4人の逃げが飛び出し、最大2分20秒ののリードを築く。追いかける集団のペースも上がり、シマノレーシングからもついに秋田が脱落した。
プロ2年目の秋田にとっても、これが初めてのエリートでの全日本。今年はオフの沖縄合宿で右ヒザを痛めて苦しい出足となったが、5月の美山ロードレースでプロ初勝利を挙げるなど着実に力をつけている。しかし、この日はここで「脚が止まってしまった」と力尽き、悔しいリタイアとなった。
▲前半に前方で展開し続けた秋田拓磨
11周目、ここまで集団最後尾につけていた入部がついに動き、6人の追走集団を形成して、先頭4人を捕まえる。しかし、集団もすぐ後ろに迫っており、再合流。もはや集団には25人しか残っていないが、シマノレーシングは5人を残し、野寺監督の目論見通り、いや期待を上回る粘りを見せていた。そして、序盤から精力的に集団を引いていた別府は、この集団から姿を消していた。
■自らも勝利を目指し、チームに貢献した秋丸
ここからのレース展開は、力勝負だけでなく、駆け引きやチームプレイといった作戦的な要素がより重要になってきた。
ラスト3周に入る直前、今度は湊が動く。鈴木龍(ブリヂストンアンカー)、森本誠(イナーメ信濃山形)とアタックし、ここに土井雪広(マトリックスパワータグ)と畑中勇介(チーム右京)が合流。先頭は5人になった。
そしてラスト2周に差し掛かろうという場面で、畑中が単独アタック。この動きに湊はついていく脚はあったというが、土井と顔を見合せ「まだ早いかな」と見送ってしまった。この時点で、残り約30㎞。畑中がゴールまで独走できると予想するのは、難しかった。
▲長丁場で常に先頭に位置し展開した湊諒、地元開催のこのレースで勝利を目指し続けた
木村らと一緒にこの集団を追いかけていた入部が、単独で湊らと合流した時にはすでに畑中は発射した後だった。入部は、一人で畑中を追いかけ始める。
後ろの集団もバラバラになっていて、入部のすぐ後方には湊ら4人。約30秒後方には木村ら5人。さらに30秒後方に西村、秋丸らの6人。いったん遅れていた別府もこの集団まで戻ってきている。
秋丸は西村を前の集団に復帰させると、ここで仕事を終えた。2年前にシマノレーシングに加入したときは入部に次ぐ実力を見せていた秋丸だったが、昨年は同い年の木村の台頭により、その影に隠れる存在となった。
この日は、それでも自分の可能性にかけて走った。ゴール後、「僕自身も優勝を目指してやった。それが、チームに少しでも役に立ったかなと思うけど、選手として成績を出せなかった悔しさがある」と唇を噛んだ。
「性格的に僕はアシストが向いていると思いますよ」と、つぶやいた秋丸だったが、冒頭の言葉にもあるように「アシスト」のつらさをよく知っているのも秋丸だ。それでも多くの有力選手が脱落した完走20人のサバイバルレースで、17位フィニッシュは胸を張っていい成績であることは、チームメイトもレースを見ていたすべての人もわかっているはずだ。
▲この全日本にかけていたという秋丸湧哉、チーム内ではアシストとして常に重要な存在となりながら自らも17位でレースをフィニッシュした
■入部、西村が表彰台を目指してアタック
一人先頭を突っ走る畑中の走りは強力だった。3年前までシマノレーシングのエースとして活躍した畑中はこれまで数々の勝利を挙げてきたが、全日本のタイトルだけはあと一歩のところで涙を飲んできた。しかし、この日見せた勇気あるアタックと力強い独走劇はシマノレーシングの後輩たちにとっても、大きな刺激になったに違いない。
2分近いリードを開いた畑中を、入部は単独で追うのを諦め、約10人となった集団に戻った。シマノレーシングはここに入部、木村、湊、西村と4人も残している。別府もこの集団まで復帰していた。
終わってから考えてみると、畑中がアタックした瞬間に別府が数10秒遅れていたのはある意味幸運だったかもしれない。別府の終盤の挽回劇を見るに、もし畑中の近くにいればアタックにも対応していたかもしれない。
畑中の独走勝利がほぼ確実になったラストラップ、表彰台に乗るチャンスをかけて入部は西村とともに飛び出す。後半に入り、何度も動いていた入部だったがまだ気力も体力も衰えていなかった。西村も故障明け、エリート1年目とは思えないポテンシャルで積極的な走りを見せた。これに別府が合流したが、下り区間でまさかの落車。バイク交換を行い、後ろの集団に戻った。
▲チームを統率する入部キャプテン、決して屈しない姿勢を貫く走りで勝利を目指した。勝利こそ勝ちえなかったもののチームを飛躍へ導いた
■最終局面での木村のチームプレイ
その集団内で木村は、入部らを追走する選手が出ないように目を光らせていた。しかし、最後の上り区間で周りの選手が疲労しきっていると見た木村は、入部たちに合流しようと飛び出しを図る。先ほどアタックした湊も木村と同調しようとしたが、ここでは体が動かなかった。しかし、木村を追いかける力を残していた選手がまだ一人いた。昨年のU23ロード全日本王者・小林海(NIPPOヴィーニファンティーニ)だ。
木村にとっては、厄介な局面だった。現段階で入部、西村は2、3番手を走っている。しかし、自分が実力者の小林と一緒に追いつけば、最後に小林に2位を奪われる可能性もある。いくら自由に戦うことを許させれているとはいえ、チームメイトの足を引っ張る行為は許されない。
だから、木村は小林にだけ前を引かせ、その力を消耗させてから入部らに追いついた。そしてシマノ3人、NIPPO1人の状況になると、さらに波状攻撃を加えて小林の脚を削り取った。ゴール後に小林からクレームの言葉を浴びせられた木村だが、「チームメイトが前にいるんだから、引くわけにはいかない」と突っぱねた。情け容赦ない攻撃に見えるかもしれないが、これが最終局面により多くの選手を残したチーム力の差だった。結局、小林はシマノ勢の後方、11位フィニッシュに甘んじた。
■戦う集団として成長したシマノレーシング
しかし、まだレースは終わらない。先ほど落車した別府だったが、集団を引き連れてシマノ勢の後方に迫っていた。湊もこの中にいる。
入部はラスト1.5㎞で単独2位フィニッシュを目指し、最後のスパートをかける。しかし、残り数100mで集団が襲い掛かり、入部も飲み込まれる。
集団に捕まる前、木村は西村のリードアウトで、というよりも西村のスプリントを利用して自らのスプリントを開始した。だが残り150mで別府が追い抜き、2位争いの先頭を奪った。
▲独走勝利した畑中勇介選手も3年前までシマノレーシングで活動していた先輩、今後も越えるべき目標となる
▲2位争いのゴールスプリント、別府選手にかわされながらも3位に木村圭祐、5位に西村大輝が残り、9位に湊諒、10位に入部正太朗が入る
▲今シーズン思うよな走りができていなかった木村圭祐だが、全日本に向けしっかりとコンディションを合わせてきた
レースの様々な局面で脚を使い、ラスト半周で落車もした別府にまだそんな力が残っているのかと驚きも隠せなかったが、これがヨーロッパで10年以上プロ選手として活動している選手の底力なのだろう。そんな別府もチームに戻ればアシストなのだから、世界のレベルは計り知れない。
木村は3位、西村は5位、湊は9位、入部は10位と4人がUCIポイント圏内(10位以内)でフィニッシュした。いろいろな「たら、れば」を考えれば、もう少し上位に食い込むことができたかもしれない。しかし、これが一人一人が最後まで自分の戦いをあきらめず、ひとつでも上の順位を目指した結果だった。
タイトルにこそ手が届かなかったが、チームとして一番のインパクトを与えたのは間違いなくシマノレーシングだった。個々に勝利を目指す動きが、お互いをアシストする動きにもつながり、この日望みうる最高の形となって実を結んだ。
▲地元出身の湊諒が取材を受ける
木村は、2年連続の3位にも悔いはなかった。何よりもチームメイトがそろって上位に入ったこと、チームの力を示せたことがうれしかった。インタビュールームの外で別府に健闘を称えられた木村は「僕らの時代になってシマノが弱くなったと言われるのが悔しくて…」と言って、言葉を詰まらせた。その悔しさをもう一度晴らすため、来年こそは表彰台の頂点に立つと決意を新たにした。
▲勝利には届かなかったが集中力を出し尽くし2年連続で表彰台に乗った木村圭祐
あえて選手たちを競わせた野寺監督も「チーム内のライバル意識も大きく高まった」と、その成長に目を細めていた。この全日本選手権で戦う集団として一回り大きくなった若きシマノレーシング、その先に世界がある限り、戦いはまだまだ続いていく。
▲取材を待つ控室で別府史之選手と握手を交わす木村圭祐
▲最高のチーム、そしてもっとも近くにいるライバル達と共に更なる高みを目指すことを誓った
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Text&Photo&Movie:Tatsuya Mitsuishi