このたび、村木厚子さんの著書『私は負けない-「郵便不正事件」はこうして作られた』を読み、検察のひどいやり方に激しい憤りを感じました。
是非、広く読んでほしい内容だと思い、著書の一部を紹介したいと思います。
(目次)
□はじめに
第一部
□第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ
□第2章 164日間の勾留
■第3章 裁判で明らかにされた真相
□第4章 無罪判決、そして……
□終 章 信じられる司法制度を作るために
第二部
・第1章 支え合って進もう
◎夫・村木太郎インタビュー
・第2章 ウソの調書はこうして作られた
◎上村勉×村木厚子対談(進行…江川紹子)
・第3章 一人の無辜を罰するなかれ
◎周防正行監督インタビュー
・おわりに
「私は無罪です」
10年1月27日の初公判は、とても緊張しました。法廷に足を踏み入れたのは、その日が生まれて初めて。事前に、私はどこに座って、どこに出て、裁判長から何を聞かれて、どう答えればいいのか、ということを教えていただいていて、その手順でほとんど頭がいっぱいでした。意見陳述は事前に用意した書面を読み上げたのですが、本当にふわふわしていて、地に足がついていない感じでした。
起訴状に対する意見陳述では、「私は無罪です」と言いましたが、この表現も、弁護団と相談しました。マスコミなどに話をする時には、「無実」という言葉を使っていたのですが、裁判での勝ち負けは、必ずしも「無実」かどうか、ではない。裁判のルールで決められるのは、有罪か無罪か。だから法廷では、私もそのルールに従って主張をしていきましょう、ということにしました。
それに、「無実」だからといって無罪になるとは限らない。有罪判決が確定した人の「無実」がずいぶん後になってから判明して、再審でやっと無罪が認められた、というケースも、いくつもあります。「無実」だから必ず無罪が勝ち取れると思うと、最後にそうならなかった時に辛い。最後に決めるのは裁判官、そして、裁判官は神様ではないので、やはり不確実なところがあります。どういう結果が出ても自分が壊れてしまわないように、というのは、私としては大事なことでした。確実でないものにすがって、それがうまくいかないで絶望するのは避けたかったのです。
裁判の結果がどうであろうと、私が「無実」であることは変わらない。裁判所で闘う以上は、「無実」を社会に証明する方法として、「無罪」を目指す。でも、たとえ悪い結果が出たとしても、がっかりすることなく、最後まで闘う。そんな思いを込めて、「私は無罪です」と言った のです。
問題の証明書作成に関して、共謀も指示もしたことはなく、一切関わっていないと起訴事実を否認して、次のように述べました。
〈私は、これまで、公務員という自分の職業に誇りを持ち、また、公務員として国民から信頼を得ることを大切にして、仕事に従事してきました。そうした中で、与党であれ、野党であれ、有力議員といわれる方であれ、国会議員から依頼を受ければ法に反することも引き受ける、などということは、ありえません〉
このあたりまでは、緊張で体がふわふわしている状況が続きましたが、検察側の冒頭陳述を聞いているうちに、強い怒りが湧いてきました。逮捕された後の取り調べで國井検事が話していた最初のストーリーと、ほとんど寸分たがわぬ筋書きでした。あの後、フロッピーのプロパティの発見があって、検察側のストーリーでは日付が合わないということを公判前整理手続で指摘して、我々弁護団の主張も分かったわけです。それで、少しは方針を軌道修正するのかと思ったら、全然できていなかった。このまま、あのストーリーで突き進むのかと、憤りのあまりアドレナリンが出てきて、お陰でふわふわしていた気持ちが落ち着きました。このストーリーとこれから闘うのだと、敵の姿がはっきり見えたので、気持ちが定まったのです。
検察側冒頭陳述でも、私が上村さんに「指示」したという日時は「6月上旬」というだけで、特定されていませんでした。検察官の冒頭陳述が終わると、弘中弁護士がやおら立ちあがって釈明を求めました。
「6月上旬のいつの日のことか」
検察官は、「証拠上、特定できないものは記載していない」と言うだけで、日時をはっきりさせようとしませんでした。
弁護側の冒頭陳述では、私が法を逸脱して証明書の不正な発行に踏み切る理由はないこと、上村さんが自身の裁判の公判前整理手続で「独断で行った」と述べていることなどを挙げて、検察側のストーリーを厳しく批判しました。特に、フロッピーのプロパティから、証明書の作成日時は6月1日未明であり、「6月上旬」に私が指示したとする検察側主張は「破綻している」と断言しました。
【解説】
検察側の冒頭陳述を聞いているうちに、強い怒りが湧いてきました。逮捕された後の取り調べで國井検事が話していた最初のストーリーと、ほとんど寸分たがわぬ筋書きでした。あの後、フロッピーのプロパティの発見があって、検察側のストーリーでは日付が合わないということを公判前整理手続で指摘して、我々弁護団の主張も分かったわけです。それで、少しは方針を軌道修正するのかと思ったら、全然できていなかった。このまま、あのストーリーで突き進むのかと、憤りのあまりアドレナリンが出てきて、お陰でふわふわしていた気持ちが落ち着きました。このストーリーとこれから闘うのだと、敵の姿がはっきり見えたので、気持ちが定まったのです。
検察というのは、あくまで自分の誤りを認めない人たちの集まりなのですね。
獅子風蓮