獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

村木厚子『私は負けない』第一部 終章 その1

2023-05-14 01:57:50 | 冤罪

このたび、村木厚子さんの著書『私は負けない-「郵便不正事件」はこうして作られた』を読み、検察のひどいやり方に激しい憤りを感じました。
是非、広く読んでほしい内容だと思い、著書の一部を紹介したいと思います。

(目次)
□はじめに
第一部
□第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ
□第2章 164日間の勾留
□第3章 裁判で明らかにされた真相
□第4章 無罪判決、そして……
■終 章 信じられる司法制度を作るために
第二部
・第1章 支え合って進もう
  ◎夫・村木太郎インタビュー
・第2章 ウソの調書はこうして作られた
  ◎上村勉×村木厚子対談(進行…江川紹子)
・第3章 一人の無辜を罰するなかれ
  ◎周防正行監督インタビュー
・おわりに


■終 章 信じられる司法制度を作るために

 

法制審議会の委員に

こうして私自身の事件は一つの区切りを迎えましたが、これとは別に、私は、大きな役割を与えられることになりました。
職場復帰から半年ほどたった2011年4月、岡崎トミ子議員から「江田五月(えださつき)法務大臣が、あなたに会いたいと言っているから、私の事務所まで来て」と電話がありました。何事かと大急ぎで事務所まで行ってみると岡崎議員ご本人は不在。不思議に思いながらしばらく待つと法務大臣が秘書官だけを連れて入ってこられました。そして、法務大臣の諮問機関である法制審議会の特別部会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員になってほしい、と言われたのです。当初は迷いました。私の場合、たまたま巻き込まれただけで、刑事司法の分野については素人です。役人が自分の職務と関係のない他省の審議会の委員になるというのも異例です。でも、夫から「君の役割だ」と励まされ、制度の改革には実際に経験した者の声が必要だと思って、お引き受けしました。後で打ち合わせにこられた法務省の官房長は、「いやあ、僕らも村木さんを検察官研修の講師に呼ぶことまでは思いついたけど、さすがに審議会の委員にするというのは思いつきませんでしたよ」と笑っていました。
特別部会は、委員26人、幹事14人の大所帯。法学者、警察・検察関係者、裁判官、弁護士という刑事司法の専門家がほとんどです。その中に、経済団体、労働組合、犯罪被害者、マスコミを代表する形でそれぞれ1名、それに映画監督の周防正行(すおまさゆき)さんと私がいわば非専門家として加わっています。また、部会長も本田勝彦さんで財界出身の方です。このメンバーの中で、刑事裁判の被告人だったり、拘置所に長期間入ったことのあるのはおそらく私だけだろうと思 います。

 

可視化と全面的な証拠開示を

議論の一番の焦点はやはり可視化の問題でした。これについては、原則、すべての事件、全過程を録音・録画すべきであるという意見がある一方で、録音・録画にきわめて消極的な意見もありました。証拠開示、身柄拘束についても、今の制度を変えるべきかどうかで激しい議論がありました。また、通信傍受の拡大、刑の減免制度の導入などの証拠収集手段の強化策や、犯罪被害者や証人を保護する方策など様々なテーマで幅広い議論が行われました。この分野の知識のまったくない私の「素朴な疑問や意見に専門家の方々が忍耐強く答えてくださったことに心から感謝しています。
会議は、11年6月29日に始まり、17回の議論を重ねたところで、「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」と題する中間報告の案が提示されました。これを見て、私はがっかりしました。それは、可視化について、次の二つの案が書かれていたからです。
①裁判員制度対象事件の身柄事件を対象とし、一定の例外事由を定めつつ、原則として、被疑者取調べの全過程について録音・録画を義務付ける。
②録音・録画の対象とする範囲は、取調官の一定の裁量に委ねるものとする。
可視化とは、取り調べの全過程を録音・録画などにより記録して、後で検証することができるようにすることです。①は可視化の制度化に反対はしないが、始めるならもっとも限定的で小さな制度で、という人たちの意見であり、②は可視化の制度化には反対する人たちの意見です。原則としてすべての事件で可視化を行うべきだという人や、できるだけ広い範囲の事件で行ってほしいという人の意見は、そこには反映されていませんでした。
さすがに、この当初の案には反対が相次いだため、①案は「一定の例外事由を定めつつ、原則として、被疑者取調べの全過程について録音・録画を義務付ける(対象事件については、裁判員制度対象事件の身柄事件を念頭に置いて……〔作業分科会での検討を踏まえ〕 更に当部会でその範囲の在り方についての検討を加えることとする)」と改められました。
そもそも裁判員裁判の対象となる事件は、起訴された全事件のうち3パーセントほどです。
裁判員裁判対象事件だけで可視化をしようとすれば、私の事件も、4人を誤認逮捕し2人に虚偽の自白をさせてしまったPC遠隔操作事件も対象になりません。このように、録音・録画が「例外的」になる状況では、調書や取り調べへの過度な依存を是正することにはなりません。
まして、対象範囲を取調官の裁量に委ねるのでは、捜査する側が記録したい場面だけを記録することになり、不正な取り調べの抑止力になるという可視化の効果は発揮できないでしょう。すべての警察や検察庁に必要なだけ録画機器を揃えるのは、財政上の負担が大きいという意見もありますが、それなら、制度導入当初は録音のみでもよい、としたらどうでしょう。録音なら簡単にできます。参考人の事情聴取も録音をすればいい。そして、徐々に録画の設備を整えていけばいいと思います。
もう一つ、検察官による取り調べの録音・録画をまず先行して制度化するという代替案も法制審の中で出されています。検察官の作成した供述調書は、いわゆる二号書面ということで、「特信性」があれば証拠として採用されるのでとりわけ重要です。このとき、録音や録画が残されていないと、片方で被告人や証人が「ひどい取り調べで、不本意な調書を作られた」と言い、片や検察官が「いやいや、ちゃんと取り調べた」と言った場合、裁判官はどうやって判断するのか、ということになります。取り調べは密室で行われ、何の証拠もありません。まさか、どちらの人相が悪そうか、で判断するとは思いませんが、こうしたケースで、常に正しく判断できていると断言できる裁判官はいるでしょうか。これまで、裁判官は公務員である検事の方を信じる可能性が圧倒的に高かった、と言われます。 その結果、裁判所が判断を間違えてしまったケースもあるのではないでしょうか。
やはり録音・録画は、できるだけ広い範囲の事件で、取り調べの全過程について行う必要があると思います。「あるべき姿は、全事件、全過程」という考え方を出発点に議論を進めてほしいと切に願っています。
冤罪は、警察官や検察官が作ろうとして作ってしまうわけではなく、正義感をもってまじめに役割を果たそうとした結果でもあります。そういうまじめな人たちですから、いったん制度ができれば、それに最適な取り調べ技術を習得するなど、捜査の能力はむしろ高まると、私は信じています。
それから、証拠開示の問題があります。私の事件では、フロッピーのプロパティなど、いくつかの客観証拠が、無罪を裏付けてくれました。郵便不正事件は証明書の偽造事件ですから、その証明書を作った際のフロッピーはもっとも基本的な客観証拠です。でも、今の刑事司法制度では、このフロッピーを検察がなかったものにしてしまうことができます。
弁護団が、フロッピーが存在し、これを捜査機関が押収しているということを知るすべはありません。そして今回のように持ち主に返されてしまった場合は、仮に弁護団が証拠請求しても「存在しない」として開示されません。結局フロッピーは証拠として裁判に提出されませんでした。たまたま今回は、うっかり紛れ込んだ一通の捜査報告書が私を救ってくれたのです。検察は、被告人に有利な証拠を出さないことができるのです。
口利き依頼を受けたとされる日に、石井一議員がゴルフに行っていたことを示す客観証拠も、検察は自ら開示しようとはせず、弁護団の追及にあって、しぶしぶ出してきました。証拠改竄にしても、前田元検事の証言によれば、検察側のストーリーと矛盾する証拠を弁護側に渡したくない、ということが出発点でした。
検察に都合の悪い証拠が隠されたりすることなく、そうした証拠が弁護側に公正に開示されるような仕組みが必要だと思います。

 


解説
議論の一番の焦点はやはり可視化の問題でした。これについては、原則、すべての事件、全過程を録音・録画すべきであるという意見がある一方で、録音・録画にきわめて消極的な意見もありました。

冤罪を防ぐためには、私もすべての事件・全過程を録音・録画すべきだと思います。

獅子風蓮