獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

友岡雅弥さんの「地の塩」その18)思考の近道は危険、回り道をしたほうがいい

2024-06-07 01:10:34 | 友岡雅弥

友岡雅弥さんは、執筆者プロフィールにも書いてあるように、音楽は、ロック、hip-hop、民族音楽など、J-Pop以外は何でも聴かれるとのこと。
上方落語や沖縄民謡にも詳しいようです。
SALT OF THE EARTH というカテゴリーでは、それらの興味深い蘊蓄が語られています。
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。


カテゴリー: SALT OF THE EARTH

「地の塩」という意味で、マタイによる福音書の第5章13節にでてきます。
(中略)
このタイトルのもとに書くエセーは、歴史のなかで、また社会のなかで、多くの人々の記憶に刻まれずにいる、「片隅」の出来事、エピソー ド、人物を紹介しようという、小さな試みです。

 


Salt36 - 日本産の漆(ほとんど岩手産)が最高品質というけど

2018年9月17日 投稿
友岡雅弥

よく岩手県の野田村に行くんですけど(野田村の「ふるさと住民票」もってます)、行き方は2パターンあり、

(1)新幹線二戸駅から、340号線→281号線か、
(2)盛岡から東北道→八戸道。

後者の場合は、途中、浄法寺(地区)を通るんです。

浄法寺(寺の名前ではなく、地名)は、漆の産地で、日本国内で出来る漆のうち、7割がここで作られているのです。

ただし、日本国内で使われている漆(だいたい50トンぐらい)の9割以上が中国や東南アジア産。

日光東照宮や、平泉中尊寺の最近の補修で使った漆が外国産で質が悪い(ウルシオールの含有量が少ない)と言って、文化庁が「文化財の補修には日本産の漆を使うように」という話(2015年2月通達)になってるんですが、

ここで、「やはり中国産は粗悪だ」という話に、短絡的につなげたらあかんのです。

思考においては、いつも回り道をしたほうがいいかもです。回り道をしないのは、「思考」ではなく「感情」であり、「反応」だと思います。

ベンヤミンがいうように、近道はいつも「市場」へと繋がっています。

「迷宮は、目的地に着くのがまだ早すぎる者にとっては正道である。この目的地とは市場である」(「セントラル・パーク」浅野健二郎編訳、 久保哲司訳)

 

では、迷路を少し通ってみましょう。

まず、木なんですが、ウルシの木は、中国が原産で、それが、日本に移植された(なんと縄文時代)。
だから、遺伝的には、同じ。

違いは、採取法なんです。

 

日本製の漆は、漆掻き(ウルシの採取法)に特別な方法をとっています。
「殺し掻き」と言います。

ウルシの木にウルシカンナで傷を付ける。

その時、出てきたフレッシュな漆をその場で採取するのです。

そして、同じ木の違う場所を傷つける。その場で採取する。

木の傷の一ヶ所から一度しか採取しません。そして、あちこち傷をつけていくのです。(いたー!)

これで、だいたい半年ぐらいで、木が弱るので、もうその木は切り倒すのです。だいたい200グラム取ったら切り倒すのです。良質のウルシは採れますが、木はかわいそうですね。

中国では、「養生掻き」と言って、掻いたら少し休ませて、また掻く。休ませて掻く。切り倒さないのです。

だから、どうしても、出てくる樹液の質が落ちます。

そもそも、考え方が違うのです。

木を大事にするか、ウルシ・漆の品質を重視するか。(基本的に、第1次産業産品としての段階には「ウルシ」を、工芸品として使われる、使われた段階を「漆」にしてます。例外もいくつかありますが、あまり気にしないでください。迷路に迷います)

 

それから、次の迷路。

中国からの輸入が増えて、漆の質が落ちて、文化財の漆が劣化したんだ、とかいう話でもありません。

もともと、漆は輸入が多かったんです。

漆製品が、多く作られるようになり、「漆製品」の英語が、'japan'(ちょうど、「陶器」が'china'であるように)と言われるようになったのは、元禄以降ですが、すでにその頃から、中国産の輸入漆が使われ出し、幕末・明治期には、9割が輸入漆だったわけです(今と変わりません)。

ただ、大部分が、日常漆器に使われた。
東照宮とか、中尊寺などの国宝と、日常漆器とでは、劣化に対する「しきい値」が違いますよね。

日用品ならば、すこしはげてもそう問題はない。そして、何百年も使うということでもない。
でも国宝の場合は違います。

もう一度、復習してみますね。

中国産ウルシと日本産ウルシは、考え方が違い、日本産漆は、少し採ったら原木を切り倒すという、貴重品として生産されていた。

だから、使う対象も、貴重品に対してであった。

昔からたくさん輸入されていた中国産ウルシは、日用品に多く使われていた。

まあ言えば、日常漆器ならばまったく問題ない中国産ウルシが、文化財修復に使われたことが問題なわけで、ある意味、文化庁の責任だとも言えなくもないです。

ここで、国産ウルシの採取について、もう少し細かく述べます。

ウルシの採取法は、ウルシの木が成木になったとき、木の表面を「掻く(ひっかく)」のですが、へたに尖った刃物とかで傷を付けると、ウルシが出なくなる。

ウルシは、ウルシの木の表面が傷ついたときに、木が自らを保護するために出す樹液なんです。

でも、あまりに、深く傷つけるとだめなんです。

それで、独特のカンナ(先に述べた「ウルシカンナ」で掻くのですが、そのカンナを作る職人さんが、日本全国で二人しかいないのです。

しかもその二人というのは、青森県田子町の鍛冶屋さん、中畑文利さんとお連れ合いの和子さん、ご夫妻です。日本全国に中畑さんご夫妻しかいないのです!

結婚して40年。お二人で、漆掻きカンナを作ってきました。でも、今、文利さんは慢性骨髄性白血病で、緑内障も患い、視野が狭くなってきています。

木に対する微妙な「傷のつけ方」は、漆掻き職人さんのクセにもよるので、カンナは完全に、オーダーメイドです。

また、漆掻き職人さんにも技術が必要なので、実際、文化財を全部国産にできるだけの、 漆掻き職人さんもいません。

そういう現状があるのです。

国産漆が少ない!と叫ぶ前に、まず、そこをなんとかしなければなりません。

二戸市では、なんと、漆掻き職人さんを、正規の市職員として採用する制度を作り、 今、6人が採用されました。
10年以上で、一人前となります。

 

「文化財は、劣った中国製ではなく、国産漆で」とか、机上の空論を言う前に、カンナはどうする、二戸市の漆掻き職人育成事業に、助成をしよう、とか、当面は、中国の一部製品にも「殺し掻き」のウルシを作ってもらって送ってもらおう、とかいう、
ほんとの、現実策、具体策を考えないとあかんのです。

そのためには、現場でものをみんとあかんのです。
いろんなことに通じると思います。

 


解説
ここで、「やはり中国産は粗悪だ」という話に、短絡的につなげたらあかんのです。
思考においては、いつも回り道をしたほうがいいかもです。回り道をしないのは、「思考」ではなく「感情」であり、「反応」だと思います。

今回の話は、勉強になりました。
ほんとうに、いろんなことに通じる話だと思いました。

 

友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。

 


獅子風蓮