友岡雅弥さんは、執筆者プロフィールにも書いてあるように、音楽は、ロック、hip-hop、民族音楽など、J-Pop以外は何でも聴かれるとのこと。
上方落語や沖縄民謡にも詳しいようです。
SALT OF THE EARTH というカテゴリーでは、それらの興味深い蘊蓄が語られています。
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。
カテゴリー: SALT OF THE EARTH
「地の塩」という意味で、マタイによる福音書の第5章13節にでてきます。
(中略)
このタイトルのもとに書くエセーは、歴史のなかで、また社会のなかで、多くの人々の記憶に刻まれずにいる、「片隅」の出来事、エピソー ド、人物を紹介しようという、小さな試みです。
Salt36 - 日本産の漆(ほとんど岩手産)が最高品質というけど
2018年9月17日 投稿
友岡雅弥
よく岩手県の野田村に行くんですけど(野田村の「ふるさと住民票」もってます)、行き方は2パターンあり、
(1)新幹線二戸駅から、340号線→281号線か、
(2)盛岡から東北道→八戸道。
後者の場合は、途中、浄法寺(地区)を通るんです。
浄法寺(寺の名前ではなく、地名)は、漆の産地で、日本国内で出来る漆のうち、7割がここで作られているのです。
ただし、日本国内で使われている漆(だいたい50トンぐらい)の9割以上が中国や東南アジア産。
日光東照宮や、平泉中尊寺の最近の補修で使った漆が外国産で質が悪い(ウルシオールの含有量が少ない)と言って、文化庁が「文化財の補修には日本産の漆を使うように」という話(2015年2月通達)になってるんですが、
ここで、「やはり中国産は粗悪だ」という話に、短絡的につなげたらあかんのです。
思考においては、いつも回り道をしたほうがいいかもです。回り道をしないのは、「思考」ではなく「感情」であり、「反応」だと思います。
ベンヤミンがいうように、近道はいつも「市場」へと繋がっています。
「迷宮は、目的地に着くのがまだ早すぎる者にとっては正道である。この目的地とは市場である」(「セントラル・パーク」浅野健二郎編訳、 久保哲司訳)
では、迷路を少し通ってみましょう。
まず、木なんですが、ウルシの木は、中国が原産で、それが、日本に移植された(なんと縄文時代)。
だから、遺伝的には、同じ。
違いは、採取法なんです。
日本製の漆は、漆掻き(ウルシの採取法)に特別な方法をとっています。
「殺し掻き」と言います。
ウルシの木にウルシカンナで傷を付ける。
その時、出てきたフレッシュな漆をその場で採取するのです。
そして、同じ木の違う場所を傷つける。その場で採取する。
木の傷の一ヶ所から一度しか採取しません。そして、あちこち傷をつけていくのです。(いたー!)
これで、だいたい半年ぐらいで、木が弱るので、もうその木は切り倒すのです。だいたい200グラム取ったら切り倒すのです。良質のウルシは採れますが、木はかわいそうですね。
中国では、「養生掻き」と言って、掻いたら少し休ませて、また掻く。休ませて掻く。切り倒さないのです。
だから、どうしても、出てくる樹液の質が落ちます。
そもそも、考え方が違うのです。
木を大事にするか、ウルシ・漆の品質を重視するか。(基本的に、第1次産業産品としての段階には「ウルシ」を、工芸品として使われる、使われた段階を「漆」にしてます。例外もいくつかありますが、あまり気にしないでください。迷路に迷います)
それから、次の迷路。
中国からの輸入が増えて、漆の質が落ちて、文化財の漆が劣化したんだ、とかいう話でもありません。
もともと、漆は輸入が多かったんです。
漆製品が、多く作られるようになり、「漆製品」の英語が、'japan'(ちょうど、「陶器」が'china'であるように)と言われるようになったのは、元禄以降ですが、すでにその頃から、中国産の輸入漆が使われ出し、幕末・明治期には、9割が輸入漆だったわけです(今と変わりません)。
ただ、大部分が、日常漆器に使われた。
東照宮とか、中尊寺などの国宝と、日常漆器とでは、劣化に対する「しきい値」が違いますよね。
日用品ならば、すこしはげてもそう問題はない。そして、何百年も使うということでもない。
でも国宝の場合は違います。
もう一度、復習してみますね。
中国産ウルシと日本産ウルシは、考え方が違い、日本産漆は、少し採ったら原木を切り倒すという、貴重品として生産されていた。
だから、使う対象も、貴重品に対してであった。
昔からたくさん輸入されていた中国産ウルシは、日用品に多く使われていた。
まあ言えば、日常漆器ならばまったく問題ない中国産ウルシが、文化財修復に使われたことが問題なわけで、ある意味、文化庁の責任だとも言えなくもないです。
ここで、国産ウルシの採取について、もう少し細かく述べます。
ウルシの採取法は、ウルシの木が成木になったとき、木の表面を「掻く(ひっかく)」のですが、へたに尖った刃物とかで傷を付けると、ウルシが出なくなる。
ウルシは、ウルシの木の表面が傷ついたときに、木が自らを保護するために出す樹液なんです。
でも、あまりに、深く傷つけるとだめなんです。
それで、独特のカンナ(先に述べた「ウルシカンナ」で掻くのですが、そのカンナを作る職人さんが、日本全国で二人しかいないのです。
しかもその二人というのは、青森県田子町の鍛冶屋さん、中畑文利さんとお連れ合いの和子さん、ご夫妻です。日本全国に中畑さんご夫妻しかいないのです!
結婚して40年。お二人で、漆掻きカンナを作ってきました。でも、今、文利さんは慢性骨髄性白血病で、緑内障も患い、視野が狭くなってきています。
木に対する微妙な「傷のつけ方」は、漆掻き職人さんのクセにもよるので、カンナは完全に、オーダーメイドです。
また、漆掻き職人さんにも技術が必要なので、実際、文化財を全部国産にできるだけの、 漆掻き職人さんもいません。
そういう現状があるのです。
国産漆が少ない!と叫ぶ前に、まず、そこをなんとかしなければなりません。
二戸市では、なんと、漆掻き職人さんを、正規の市職員として採用する制度を作り、 今、6人が採用されました。
10年以上で、一人前となります。
「文化財は、劣った中国製ではなく、国産漆で」とか、机上の空論を言う前に、カンナはどうする、二戸市の漆掻き職人育成事業に、助成をしよう、とか、当面は、中国の一部製品にも「殺し掻き」のウルシを作ってもらって送ってもらおう、とかいう、
ほんとの、現実策、具体策を考えないとあかんのです。
そのためには、現場でものをみんとあかんのです。
いろんなことに通じると思います。
【解説】
ここで、「やはり中国産は粗悪だ」という話に、短絡的につなげたらあかんのです。
思考においては、いつも回り道をしたほうがいいかもです。回り道をしないのは、「思考」ではなく「感情」であり、「反応」だと思います。
今回の話は、勉強になりました。
ほんとうに、いろんなことに通じる話だと思いました。
友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。
獅子風蓮