獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

友岡さんとの思い出(10)

2023-06-20 01:03:31 | 友岡雅弥

@Shukubo_hobo 宿坊の掲示板ほぼbotより、引用させていただきました。


【友岡さんとの思い出10】
私が友岡さんからFacebook(Fb)の友達申請とメッセージをもらったのは、2018年の1月。会合で最後にお会いしてから約1年後だった。
その時のやり取りは次の通りである。
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2018/01/17
友岡さん:友岡です。復活しました(まだ体の調子は、査問の後遺症でPTSDでますが)。 再度、友人として、お付き合い願います。
2018/01/18
お互いに通話したり、オンラインのステータスやメッセージの既読状況を確認したりできるようになりました。
私:お世話になってます。あれ?、以前、私、友岡さんにFbをブロックされたのですが(すごくショックだったんですが)、覚えていらっしゃいます?^^
友岡さん:ごめんなさいね。申し訳有りません。
私:あんまり、面白いタイムラインはありませんけれども、よろしくお願い致します。
その後も会合では普通にお付き合いしてましたので、不思議ですよね。^^ 知人からは、不安定なところがあって薬も飲んでいらっしゃると伺いました。また、ネコ好きのネコキャラ(気分屋さん)といった話もありましたので、そのように理解していました。不躾なこと申し上げてますが、ご容赦ください。
友岡さん:いえいえ。あの時は、とても不安定でしたね。
といっても、今は、7回の査問を受けて、さらに、不安定になりましたが、東北に行って、バランス取れるようになりました。
7回、合計17時間でしたね。
私:査問って、噂では色んなところで見聞きしていますが、本当にあるんですね。(以下省略)
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友岡さんは、以前、私をブロックしておきながら、友達申請してきた理由はなんだろうか?理由はいくつかあるかもしれないが、少なくともご本人が書いていたまま、私が友人として付き合える人物だとわかったのだろう。

 


解説

友岡さんは、創価学会内の信頼できる相手に、査問のことや学会の不当なしうちを話したかったのでしょう。


獅子風蓮


友岡さんとの思い出(9)

2023-06-19 01:59:17 | 友岡雅弥

@Shukubo_hobo 宿坊の掲示板ほぼbotより、引用させていただきました。

 


【友岡さんとの思い出9】
2009~2016年にかけての関西学術部の若手の会合で、私は、友岡さんの講義を25回ほど聴いた。たしか2016年12月、友岡さんが出席した最後の講義の時、友岡さんの様子がおかしかった。元気がなく、声がかすれてきちんと出ておらず、ろれつが十分に回っていなかった。
「友岡さんどうしたのだろう?」「体調悪いのだろうか?」と気にしている参加メンバーもいた。私は、友岡さんは心理的に不安定なところがあり、薬も飲んでいるというから、薬の副作用なのかな(?)とも思った。後日わかったことだが、友岡さんは組織内で査問を受けていて、その後遺症でそうなったようだ。
2016年を最後に、友岡さんは学会の会合に出られなくなった。人づてに聴いたのは(正確は表現や内容は忘れたが)、資金の不正使用のため処分され、役職解任、会合への参加(招待)禁止、ということではなかったかと思う。
その後しばらく経ってから、友岡さんからFacebookの友達申請が来た。

 


解説

友岡さんの晩年の姿をとらえた、貴重な証言です。


獅子風蓮


友岡さんとの思い出(8)

2023-06-18 01:54:43 | 友岡雅弥

@Shukubo_hobo 宿坊の掲示板ほぼbotより、引用させていただきました。

 


【友岡さんとの思い出8】
大聖人は「智者にわが義破られずば用いじ」と言われている。常に真理を求め、より優れた思想を探求する姿勢は大事だ。
ただ、学会教学や、ましてや大聖人の教学を変更しようとするならば、十分な根拠と慎重さが必要である。友岡さんは、少なくとも私が述べた2つの重要命題について甚だ論理薄弱であり誤っており、また、慎重さを欠いていた。そのようなことでは、大聖人の時代に沢山いた迷惑の学者・法師が持論を展開したのと同様なことになってしまう。自らの持論に合わせるために仏法を都合よく利用する摧尊入卑になってしまう。さらに、正論を無下に拒絶していては、学者のブレインストーミングだと弁解する余地すらなく、謗法者になりかねない。
そいうこともあったので、後で友岡さんの証言を引用するが、あくまで友岡さんの意見であるから、それを目にする人は各自で真偽を考えながら受け止めるべきだ。
友岡さんは天才的な人であり、そういうタイプの人は、しばしば風変わりな振る舞いがあったり、奇人・変人であったりするものだ。そのために、友岡さんから嫌な思いをさせられたり、快く思わないメンバーが少なからずいたことは事実である。
一方で、その数以上に、友岡さんに救われた人は多いと思う。友岡さんが、数多くの個人相談や指導や激励や講義をしてきたことも事実である。

 


解説

友岡さんは天才的な人であり、そういうタイプの人は、しばしば風変わりな振る舞いがあったり、奇人・変人であったりするものだ。そのために、友岡さんから嫌な思いをさせられたり、快く思わないメンバーが少なからずいたことは事実である。
一方で、その数以上に、友岡さんに救われた人は多いと思う。友岡さんが、数多くの個人相談や指導や激励や講義をしてきたことも事実である。

なるほど、友岡さんって天才肌の人なのですね。

生前に、お会いしたかったです。

 


獅子風蓮


友岡さんとの思い出(7)

2023-06-17 01:46:55 | 友岡雅弥

@Shukubo_hobo 宿坊の掲示板ほぼbotより、引用させていただきました。


【友岡さんとの思い出7】
教学について、友岡さんのもうひとつのおかしな主張について書く。友岡さんは、仏教が宿業を説くことを嫌悪していた。「今のお前の不幸は過去世の悪業のせいだ!自業自得だ!」として今現在苦しんでいる人を貶めるだけで救おうとしない無慈悲なものの考え方を非難したかったのだろう。私も、宿業論を振りかざした無慈悲は違うと思う。
だが、友岡さんには行き過ぎがあった。いわく「三世の生命を貫くカルマの因果論は本来の仏法ではなく、仏法は縁起論である。佐渡御書に『経文を見候へば烏の黒きも鷺の白きも先業のつよくそみけるなるべし』と大聖人は従来の宿業論を挙げて『是は常の因果の定れる法なり』とされているが、続いて大聖人は『日蓮は此因果にはあらず』と因果論を否定されているのである」と。
しかし、この友岡さんの理屈は全くおかしい。そもそも法華経二十八品は三世の生命の因果が説かれているのである。例えば、釈尊が、三千塵点劫の昔に大通智勝仏の王子であったとか、末法の未来世に地涌の菩薩が出現するなどである。大聖人の立場も仏法も、その法華経を土台に構築されている。
また、佐渡御書の『日蓮は此因果にはあらず』のくだりでは、直後に『法華経の行者を過去に軽易せし故に・・・大難に値るなり』と、大聖人は三世の因果と宿業を述べておられるのであり、それを否定などされていない。基本的な国語力のレベルで友岡さんは佐渡御書の解釈を間違えていた。
どうしてそのようなはかない誤りをするのか私はいぶかしく思った。そして、組織内で、人気者で信用のある友岡さんがこうした持論を展開しているので、メンバーが悪影響を受けることを心配した。
そこで、友岡さんがFacebookでこのことを書いているのを見て、私は丁寧に疑問点を提示して反論をした。でも、友岡さんは反発して全く聴く耳をもつことはなかった。Facebookでのこの私の友岡さんの意見への書き込みが、後に私が友岡さんからブロックされた理由のひとつだと思う(直接的には移民問題についての意見だが)。

 


解説
友岡さんは、仏教が宿業を説くことを嫌悪していた。「今のお前の不幸は過去世の悪業のせいだ!自業自得だ!」として今現在苦しんでいる人を貶めるだけで救おうとしない無慈悲なものの考え方を非難したかったのだろう。私も、宿業論を振りかざした無慈悲は違うと思う。

ここは、私も同意します。

大聖人は三世の因果と宿業を述べておられるのであり、それを否定などされていない。基本的な国語力のレベルで友岡さんは佐渡御書の解釈を間違えていた。

この指摘は、阪大博士さんの方が正しいような気がする。
そこを指摘されて阪大博士さんをブロックするなんて、友岡さんも大人げないな。


獅子風蓮


友岡さんとの思い出(6)

2023-06-16 01:11:16 | 友岡雅弥

@Shukubo_hobo 宿坊の掲示板ほぼbotより、引用させていただきました。


【友岡さんとの思い出6】
友岡さんは、教学について素晴らしい見識がある一方、おかしな主張もあった。知る限り2つの点で全くおかしいと私は思っていた。
ひとつは、「鳩摩羅什の妙法蓮華経二十八品の成立は、学会教学で教えてきたことは事実と異なる。安楽行品や普賢品は本来の法華経の教えでないものが後世に混入したもので、差別思想が入っている。安楽行品は権威主義的であり、また、自分はハンセン病差別被害者の支援も行っているが、歴史的に普賢品の癩病(ハンセン病)の記述がその差別の根拠となった。自分の生涯の目標のひとつは、法華経からこの二品を除くことである。」といった友岡さんの主張である。
私はこれを聴いてとんでもないことだと思った。たとえ近年の文献学的に安楽行品と普賢品の成立に疑義があったとしても、日蓮大聖人はこの二品を含めて法華経は一字一句全て真実であるとされ、それを身読して日蓮仏法の教学を体系づけその力用と功徳をあらわされたのである。いわば、法華経二十八品は大聖人によって再解釈され全て真実と証明されたのであり、そこを基盤に今日も教学を考えなくてはならない。大聖人は安楽行品の摂受が関わる矛盾についてご存知であり、御書で言及して解決されている。悪いことに友岡さんは安楽行品の内容も誤解しながら語っていた。また、普賢品で癩病が出るのは妙法の力用と真実をあらわすためであり、差別のためではない。法華経が悪いのではなく、その解釈を誤った後世の者が悪いのである。もし友岡さんがこの二品を法華経や学会教学から排除したいと考えるのならば、道理に基づいた根拠が必要であり、大聖人を超えて身口意の三業をもって証明して新しい仏法を体系づけなくてはならない。しかし、そういうことはまったくなかったのである。
この教学についての誤りは重大であり、友岡さんの立場で色んな人に語っていたことは甚だしく問題があったと言えよう。

 

 


解説
「鳩摩羅什の妙法蓮華経二十八品の成立は、学会教学で教えてきたことは事実と異なる。安楽行品や普賢品は本来の法華経の教えでないものが後世に混入したもので、差別思想が入っている。安楽行品は権威主義的であり、また、自分はハンセン病差別被害者の支援も行っているが、歴史的に普賢品の癩病(ハンセン病)の記述がその差別の根拠となった。自分の生涯の目標のひとつは、法華経からこの二品を除くことである。」といった友岡さんの主張

これを阪大博士さんは、誤りだと指摘しています。
教学力のない私には、判断ができません。
今後の課題としたいと思います。


獅子風蓮