2月23日を語呂合わせで富士山の日と条例制定した川勝平太。
昨日の県議会で自民党県議からなぜこの日にこだわったのか、単なる語呂合わせでいいのか、などと問われた川勝は、語呂合わせは服の日やフグの日などと同じ日本の文化の一端だとして批判をかわした。
これも馬鹿にしたような言い訳だが、問題はこの日を民意に背いてまで小中高校の休日にしようとする知事の執念だ。
県教委が行ったパブリックコメントで寄せられた意見の8割以上が休日化否定的であったにもかかわらず県教委定例会に諮ることを決めるなど、知事の意向が大きく影響しているようだが、なぜそこまでこだわるのか。
そもそも2月23日は皇太子さまの誕生日でいずれは休日になる予定の日だ。
日教組の推薦と支援を受け当選した川勝平太にはこの日を富士山の日として先に定着させたい(特に子供たちに)という深い思いがあるのだろうか。
富士の国などと称し日本国と一線を画するような発言もそういうところからきているのかもしれない。
そんな川勝が日本の文化などというのは詭弁に思える。
中国上海万博への3776人訪中団派遣というのも、公益性に疑問があるだけにご機嫌取りにしか感じられない。
とはいっても、川勝が次の天皇の即位まで知事でいるとは考えられないので、一過性のはやり病ので終わるであろう。
いくら強引に作為を弄するとも、日本人にとっては伝統と歴史においてどちらが尊重されるべきかはおのずとはっきりしてくるものだ。