刈谷市郷土資料館(旧亀城小学校)の前の通りを東へ向かうと、通り沿いに昔ながらの商店が残る銀座、新栄町に出ます。
この界隈は名鉄刈谷市駅から北に500mほどの距離で、戦前から刈谷市の中心として栄えた地域ですが、現在市の中心はJRと名鉄の刈谷駅周辺に移っていて、刈谷市駅周辺はちょっとさびれた旧市街の風情が漂います。
そんな新栄町の古い商店街の一角に残る、上天温泉と同じ1920年代に建てられた湯刈谷浴場を訪れました。市内で唯一残る現役の銭湯ということでしたが、10月8日訪問時は完全に閉店状態で、玄関の上にあった温泉マークと刈谷浴場の屋号はペンキで塗りつぶされていました。
刈谷浴場は銭湯界では知る人ぞ知る超有名な銭湯らしく、ネットで検索すると銭湯マニアの方々の訪問記が多数ヒットしますが、少なくとも昨年(2011年)の5月頃までは営業していたようです。
在りし日の刈谷浴場の姿→http://blogs.yahoo.co.jp/nao104to3ko/4355936.html
刈谷浴場は上天温泉と同様、当時としては珍しい最新の鉄筋コンクリート造の銭湯ですが、現在の建物は大幅な増改築を受けており、竣工時の面影はほとんどありません。
特徴的な無国籍風デザインのファサードも昭和27年に増築されたもので、竣工時の外壁はほとんど隠されて上部が少し見えるだけになっています。
ところで刈谷市内で大正末~昭和初の4年の間に2軒のRC造の銭湯が建てられたのは果たして偶然でしょうか?
刈谷浴場に関しては設計者は不明ですが、上天温泉を設計した大中肇がどこかでかかわっていたと考えるのが自然なような気がします。
今となっては、竣工当時の刈谷浴場が見られないのは非常に残念です!
◆旧刈谷浴場(旧田鶴の湯)/愛知県刈谷市新栄町6丁目6
竣工:大正12年(1923)
構造:鉄筋コンクリート造地上1階
撮影:2012/10/08
■昭和27年(1952)に増築された木造のファサード部分は、銭湯らしい豆タイル貼りの無国籍風デザイン
■タイルがかなり崩落しており建物の行く末が案じられます。脇のドアのタイル模様はどこかイスラム風?
■温泉マークの透かし彫りが入った欄間風の窓
■タイル貼りのファサードの奥に竣工時の鉄筋コンクリート造の建物が残っています
■竣工時の外壁に残る幾何学模様の装飾