どこの街でもよく見かける何の変哲もないごく普通のオフィス・ビルですが、建てられたのが昭和6年(1931)ですから驚きます。この時期(昭和初期)は、既存の歴史主義と新しいモダンデザインが同時進行し、あらゆる様式が入り混じった折衷系のデザインのビルがあふれていました。やがてはコンクリートとガラスでおおわれた真っ白なインター・ナショナルスタイルに席巻されるのですが、近三ビルはそのはざまで花開いた当時としては斬新なデザインのビルでした。
設計者は村野藤吾で、それまでの歴史様式から箱型のインター・ナショナルスタイルに舵を切りつつも、軒にコーニス(軒蛇腹)を張り出し、壁は白く塗らず濃い茶色のタイルを貼り、縦長の窓を並べています。細部の仕上げは歴史様式から学んだ味わいを残し、無味乾燥なインター・ナショナルスタイルからは一線を画したデザインは、現在も古さを感じさせません。
戦後建築界は機能一点張りのモダニズム建築独占状態になりますが、歴史様式の持つ味わいにこだわった村野の作品は、それらとはひと味違った数々の名作を世に送り出しています。
■近三ビル(旧森五ビル)/中央区日本橋室町4-1-21
竣工:昭和6年(1931)
設計:村野藤吾
施工:竹中工務店
構造:RC造8階
撮影:2017/08/11
※東京都選定歴史的建造物