興味はあったが、少々敷居の高かった“能”。「初心者の方にもよくわかる」といううたい文句にもつられアゼリア大正ホールに出かけた。
桂春蝶さんは襲名披露落語会で聴いて以来何度か高座を見る機会があった。独演会など意欲的に落語に取り組んでいる。あと5年もすれば中堅どこのいい話し手になるように思う。そろそろ、先代の父・春蝶を持ち出さずに演じていけば良いのではないかと思う。
客の前で演じてこそ落語家としての力がついていく。今日の“八五郎出世”笑って、泣かせる噺というむずかし構図である。はちゃめちゃな中に建前でない純な心を垣間見せなければならない。演者の表現力が試される。まだまだこなれていないと思ったがチャレンジ精神を忘れずに場数を踏んでいってほしい。
狂言の小笠原匡の舞台は、大阪能楽会館での“萬狂言”の公演で拝見した。あいさつや解説などの時と演ずる時の声の違いには前回同様感心した。
能の“土蜘蛛”はラストで独武者らの追っ手に対して、土蜘蛛が千筋の糸を繰り出して反撃する場面など派手なアクションもあり初心者にも親しみやすい演目といわれている。能楽師の山本章弘さんのざっくばらんとした解説のおかげもあり、「能って?」というものがおぼろげながらわかった。近寄り難いものではないという感じがしたので、今度は能舞台で見てみたいと強く思った。
狂言はたくさん見ているので言葉が聞き取れるのだが、能も同じ時代の言葉のはずだが不慣れのためか聞き取れない。こればかりは聞き慣れる以外に手はない。
大学生の頃、英語、スペイン語、イタリア語で歌われたレコードをよく聞いていたが、何度も何度も繰り返し聞いているうちに単語が明瞭に分かれて聞こえてくるという体験をした。それと同じだろう。
土蜘蛛が投げた“千筋の糸”は職人の完全手作りみたいで、頑張っても一日に数個しかできないみたいで貴重なものらしい。
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客の前で演じてこそ落語家としての力がついていく。今日の“八五郎出世”笑って、泣かせる噺というむずかし構図である。はちゃめちゃな中に建前でない純な心を垣間見せなければならない。演者の表現力が試される。まだまだこなれていないと思ったがチャレンジ精神を忘れずに場数を踏んでいってほしい。
狂言の小笠原匡の舞台は、大阪能楽会館での“萬狂言”の公演で拝見した。あいさつや解説などの時と演ずる時の声の違いには前回同様感心した。
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狂言はたくさん見ているので言葉が聞き取れるのだが、能も同じ時代の言葉のはずだが不慣れのためか聞き取れない。こればかりは聞き慣れる以外に手はない。
大学生の頃、英語、スペイン語、イタリア語で歌われたレコードをよく聞いていたが、何度も何度も繰り返し聞いているうちに単語が明瞭に分かれて聞こえてくるという体験をした。それと同じだろう。
土蜘蛛が投げた“千筋の糸”は職人の完全手作りみたいで、頑張っても一日に数個しかできないみたいで貴重なものらしい。