昨日の夕方、内閣改造を終えた安倍首相の記者会見の模様がNHKであった。政治家の言葉はできるだけ直接聞くことを心がけているが、途中で消してしまった。あまりにも言葉が空疎に聞こえたからだ。
特に、「一億総活躍社会」という表現には漠然とした違和感があった。キャッチフレーズだけでなく、担当相まで就任させたのには驚いた。「一億総・・・」という十把一絡げな言い方には悪いイメージがある。
1950年代後半からテレビが普及してきたとき、評論家の大宅壮一さんが「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いで『一億総白痴化』という言葉を使い流行語となった。
テレビっ子と言われた私はいたく後ろめたい気持ちをもったものだ。
それ以前にも太平洋戦争で本土決戦が差し迫った際の「一億玉砕」、敗戦後の「一億総懺悔」、高度経済成長以後には「一億総中流」といった語も生まれた。
この言葉を使われると私の心は白けてしまう。
3本の矢が的に当たったのか外れたのか、飛んでいる最中なのかという検証、弁明もなく「新・3本の矢」を放つという言葉遊びに付き合っておられないというのが今の気持ち。
女性活躍社会もしかり。その割には女性閣僚の数も増えず、留任もないとは。
特に、「一億総活躍社会」という表現には漠然とした違和感があった。キャッチフレーズだけでなく、担当相まで就任させたのには驚いた。「一億総・・・」という十把一絡げな言い方には悪いイメージがある。
1950年代後半からテレビが普及してきたとき、評論家の大宅壮一さんが「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると、人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味合いで『一億総白痴化』という言葉を使い流行語となった。
テレビっ子と言われた私はいたく後ろめたい気持ちをもったものだ。
それ以前にも太平洋戦争で本土決戦が差し迫った際の「一億玉砕」、敗戦後の「一億総懺悔」、高度経済成長以後には「一億総中流」といった語も生まれた。
この言葉を使われると私の心は白けてしまう。
3本の矢が的に当たったのか外れたのか、飛んでいる最中なのかという検証、弁明もなく「新・3本の矢」を放つという言葉遊びに付き合っておられないというのが今の気持ち。
女性活躍社会もしかり。その割には女性閣僚の数も増えず、留任もないとは。
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