標津町で国道244号に入り、オホーツクの小清水原生花園を目指しました。
十勝の原生花園は花が終わっていましたが、オホーツク海沿いの原生花園は、花の季節に間に合う筈です。
この記事を書きながら、それにしてもな~と苦笑い。
今から50年前の20歳代の頃、私は春夏秋冬の休日を山で過ごしましたが、北海道の山は、7月上旬から高山植物が咲き始めます。
今の季節、十勝平野で花が終わるのは当然なのです。
ああぁ、今頃そんなことに気づくなんて!
国道244を走り始めると、道路に下向きの赤白矢印が見え始めました。
これは、積雪時に路肩の位置を示す標識です。道路が雪で覆われる季節、車はこれを目印に、路肩を外さないように走ります。
稚内辺りの、ブリザード吹き荒れる冬道を思い出します。
国道244号は標津町伊茶仁で左折し、海に別れを告げると、左右に広大な牧草地が広がりました。
正面に斜里岳やサマッケヌプリ山などが見えてきました。
あの山塊の右が知床連山です。
牧草地の中に、牧草を円筒形に梱包したロールベールが点々と見えます。
刈り取った牧草をポリエチレンで円筒形にラップし、その中で牧草を発酵させるのです。
昔はサイロを使ってサイレージを作りましたが、近年この方法が普及し、新たな景観を見せるようになりました。
眼前に山稜が近づいてきました。
そして両側にシラカババ林が広がります。
忠類川に沿って、根北峠を越えました。
何時かは忘れましたが、花の百名山を訪ねて羅臼岳に登った記憶があります。
その時は羅臼からウトロに抜ける知床峠を越えたので、根北峠を越えるのは今回が初めてです。
根北峠は標高487mで、国道はかなり手前から高度を上げますから、いつ峠か分からない内に、分水嶺を超えて北見支庁に入りました。
車の姿はなく、国道244を貸し切り状態で走っていると突然、コンクリート製の構造物が現れました。
ブレーキを踏み、少し通り過ぎてからバックし、「なんじゃこりゃ」
掲げられた解説に、
「第一幾品川橋梁(越川橋梁)
この橋は旧国鉄根北線の為に昭和14年に着工した10連アーチ橋で・・・
根北線は越川橋梁まで線路が延びず、昭和45年に廃線となりました。
橋梁は当時のコンクリート技術と戦時下の過酷な労働を伝える歴史遺産として貴重なものです」
と記されていました。
橋は全長147m、高さ20mだったそうです。
牧場を象徴するサイロ、丘を越える鉄路、
時の移ろいとともに消えてゆきます。
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(損傷を受け、修正に時間を要します)
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