いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

鶏のいた夏 (第19編)

2005年07月15日 12時30分24秒 | 娘のエッセイ
 夏の初めの頃、家の近くにある○○商店街では毎年福引が行われる。
ある年のこと。その福引所で「ひよこ」を無料でくれるという噂が流れた。その噂

を聞いた少女は、その可愛いひよこが欲しくて、福引所へと急いだ。「ひよこ、下
さい」と言うと、男の人は小さなひよこを少女に一羽、渡してくれた。

 ひよこは、少女の手の中で温かかった。レモンイエローのふわふわした羽を少
女の掌に押しつけるようにして、「ピヨピヨ」と頼りなげに鳴いていた。

 近所の男の子もひよこを貰ったのだが、数日後、そのひよこを踏んで殺してしま
ったという話を母親から聞く。

少女は少年の残酷さを知った。

 少女のひよこは、すくすくと元気に育っていった。「雄だろうか、雌だろうか?」
と楽しみにする少女は、なんて世間知らずだったのだろう。

当然のことながら、成長したひよこの頭には、小さな鶏冠がいつの間にか揺れ
ていた。

 そして、朝早い時間に大きな声で鳴くようになった頃、少女は両親から鶏を手
放すように言われた。その当時、少女の家の近くには、鶏を何羽か飼っている

家があったのだ。「あの家なら、きっと飼ってくれるに違いない」。母親の言葉に
少女は頷き、鳥を抱えてその家を訪れた。少女の鶏はこうして貰われていった。
鶏の頭の鶏冠は、もうすっかり大人の鶏のものになっていた。

 少女の鶏が殺され、貰われていった家の食卓に上がったといことを、少女が
母親から聞かされたのは、それから一週間もしないころだった。少女は、大人の

無神経さと残酷さを知った。それと同時に、そんな家に鶏を渡さざるを得なかっ
た自分の無力さも知った。

 早く大人になりたいと思いつつも、綺麗な水晶玉のような心に傷をつけながら、
輝きを失っていく大人にはなりたくないと願っていた少女も、いつしか化粧と
スーツが似合う歳になった。

 いま、かっての少女は、無数の傷がついた水晶玉を「さめた目」でみつめて
いる。



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