私がSさんの家まで送って行った時、「あなたは、僕にとって神様みたいな人
だったのに、もうダメだ」とSさんが言った。それは、彼女が、私と個人的に逢
いたいと言ったのを私が断ったことに対しての言葉だった。
私は障害者地域作業所に勤めている。そこには二十代から七十代までの心
身に障害を持った人達が通所している。Sさんはその利用者のなかのひとりで、
六十歳になったばかりの男性だった。
彼は私にとって数人利用者のうちのひとりであり、他の人達と違った扱いを
した記憶はないし、実際にないはずである。けれど、彼は言う。「あなたの
一言があったから、こんなに元気になれたのに」と。
でも、本当に私には彼に何を言ったのか記憶にない。何を言ったのか教えて欲
しいと言っても、彼は教えてはくれない。しかたがないので、恨めしそうな目
をしている彼を自宅のドアの前に残し、その日、私はそのまま戦場へと戻った
のだった。
地域作業所には、多くの人達が関わっている。利用者の父母や、ボランティ
ア。しかもボランティアのなかでさえ、その立場はさまざまだったりする。
多くの人達が関われば関わるほど、各々の考え方や方針をひとつにするのは
難しい。結局、一番声の大きな人の考え方で運営方針が決まってしまったりす
るのが、ここ地域作業所なのだ。
例えば、私個人的には、件のSさんと外でお茶をして話をすることぐらい、
したって構わないと思っている。また、家に遊びに来たいという利用者にした
って、来てくれても困らないし、食事をしましょうよ、と誘ってくれる利用者
の奥様とも、出掛けたっていいじゃないか、と思う。
でも、だめなのだ。職員は、基本的には個人的に利用者と関わってはいけな
いことになっている。それは、皆、平等でなければいけない利用者に差別が生
じるからという理由からだ。いったい本当の平等ってなんだろう・・・・。
勤務時間を終えても、利用者と職員が「故人」対「個人」で向き合えること
はないなんて。人によって違いが生じたっていいじゃない。ひとりひとりの障
害が違うように、各々望むことだって違うのだから。
ただひとつ言えることは、利用者の人達のことを好きにならなければ、お世話
なんてできないということ。いくら「仕事だから」と割り切ったとしても、
同性であれ異性であれ、嫌いな人間の排泄介助までするのは、しんどい。みん
なのことを同じように好きなのに変わりはないのだ。
本当の福祉は、プライベートに踏み込んだ時から始まる、と私は思っている。
それぞれのニーズにあったことを提供できなければ、本当の福祉にはならない
と思う。でも、待てよ。私は本当は「福祉」などという堅苦しいことをしたい
訳ではないのかもしれない。きっと好きな人達が喜ぶ顔がみたいだけなのだ、
ただ単に。
S さんに、私は言った。「sさんと外で会えるのは、きっと私が今の職場を
辞めたあとだね」と。
毎日、奥さんにガミガミ言われ、愚痴ばかりこぼされるSさんにとって、親子
ほども年の離れた私と会話することが、何よりのストレス解消であり、リハビリ
であるとするなら、いつかその願いを叶えてあげられたらいいのにな、と私は
つくづく思う。
◎入院中の娘に利用者からの手紙
○ ○○さん土日くみんさいがあるので
はやく△△の家にきてくださいね。
まっています。
あした△△にきてくださいね。
○ ○○さんはやく△△の家にきてくださいね。
わたしもさみしいので△△の家でいっしよに
わたしと○○さんでいっしょに
やりましようね。
はやく○○さんにあいたいです。
上記は、いずれも二十歳以上の利用者からの娘に対する激励の手紙です。
娘(長女)の妹は、ヘルパーの資格を取得して様々な介護を経験していた。
ある人からは、続けて来て欲しいとその娘さんからも懇願されたり、何もし
なくてもいいから一緒にいて欲しいと言われたり人それぞれに介助の内容、
要望は違っていた。結婚後も暫くどうしてもと言う人の介助を続けていたが
妊娠のためその仕事を辞めることになり、介助継続が出来ないことの納得を
得るのに大変苦労していた。
妹も、長女の勤務先での催しにはよく出かけていた。ヘルパーの仕事に
携わったのは、その影響からかもしれない。確認はしていないが。今、その
妹は6ヶ月の女の子と楽しく暮らし、その成長振りを毎日、メールでコメント
付き写真を送り続けてきている。
だったのに、もうダメだ」とSさんが言った。それは、彼女が、私と個人的に逢
いたいと言ったのを私が断ったことに対しての言葉だった。
私は障害者地域作業所に勤めている。そこには二十代から七十代までの心
身に障害を持った人達が通所している。Sさんはその利用者のなかのひとりで、
六十歳になったばかりの男性だった。
彼は私にとって数人利用者のうちのひとりであり、他の人達と違った扱いを
した記憶はないし、実際にないはずである。けれど、彼は言う。「あなたの
一言があったから、こんなに元気になれたのに」と。
でも、本当に私には彼に何を言ったのか記憶にない。何を言ったのか教えて欲
しいと言っても、彼は教えてはくれない。しかたがないので、恨めしそうな目
をしている彼を自宅のドアの前に残し、その日、私はそのまま戦場へと戻った
のだった。
地域作業所には、多くの人達が関わっている。利用者の父母や、ボランティ
ア。しかもボランティアのなかでさえ、その立場はさまざまだったりする。
多くの人達が関われば関わるほど、各々の考え方や方針をひとつにするのは
難しい。結局、一番声の大きな人の考え方で運営方針が決まってしまったりす
るのが、ここ地域作業所なのだ。
例えば、私個人的には、件のSさんと外でお茶をして話をすることぐらい、
したって構わないと思っている。また、家に遊びに来たいという利用者にした
って、来てくれても困らないし、食事をしましょうよ、と誘ってくれる利用者
の奥様とも、出掛けたっていいじゃないか、と思う。
でも、だめなのだ。職員は、基本的には個人的に利用者と関わってはいけな
いことになっている。それは、皆、平等でなければいけない利用者に差別が生
じるからという理由からだ。いったい本当の平等ってなんだろう・・・・。
勤務時間を終えても、利用者と職員が「故人」対「個人」で向き合えること
はないなんて。人によって違いが生じたっていいじゃない。ひとりひとりの障
害が違うように、各々望むことだって違うのだから。
ただひとつ言えることは、利用者の人達のことを好きにならなければ、お世話
なんてできないということ。いくら「仕事だから」と割り切ったとしても、
同性であれ異性であれ、嫌いな人間の排泄介助までするのは、しんどい。みん
なのことを同じように好きなのに変わりはないのだ。
本当の福祉は、プライベートに踏み込んだ時から始まる、と私は思っている。
それぞれのニーズにあったことを提供できなければ、本当の福祉にはならない
と思う。でも、待てよ。私は本当は「福祉」などという堅苦しいことをしたい
訳ではないのかもしれない。きっと好きな人達が喜ぶ顔がみたいだけなのだ、
ただ単に。
S さんに、私は言った。「sさんと外で会えるのは、きっと私が今の職場を
辞めたあとだね」と。
毎日、奥さんにガミガミ言われ、愚痴ばかりこぼされるSさんにとって、親子
ほども年の離れた私と会話することが、何よりのストレス解消であり、リハビリ
であるとするなら、いつかその願いを叶えてあげられたらいいのにな、と私は
つくづく思う。
◎入院中の娘に利用者からの手紙
○ ○○さん土日くみんさいがあるので
はやく△△の家にきてくださいね。
まっています。
あした△△にきてくださいね。
○ ○○さんはやく△△の家にきてくださいね。
わたしもさみしいので△△の家でいっしよに
わたしと○○さんでいっしょに
やりましようね。
はやく○○さんにあいたいです。
上記は、いずれも二十歳以上の利用者からの娘に対する激励の手紙です。
娘(長女)の妹は、ヘルパーの資格を取得して様々な介護を経験していた。
ある人からは、続けて来て欲しいとその娘さんからも懇願されたり、何もし
なくてもいいから一緒にいて欲しいと言われたり人それぞれに介助の内容、
要望は違っていた。結婚後も暫くどうしてもと言う人の介助を続けていたが
妊娠のためその仕事を辞めることになり、介助継続が出来ないことの納得を
得るのに大変苦労していた。
妹も、長女の勤務先での催しにはよく出かけていた。ヘルパーの仕事に
携わったのは、その影響からかもしれない。確認はしていないが。今、その
妹は6ヶ月の女の子と楽しく暮らし、その成長振りを毎日、メールでコメント
付き写真を送り続けてきている。