*炎なかくぐりぬけきて川に浮く死骸に乗っかり夜の明けを待つ
*ズロースもつけず黒焦げの人は女か乳房たらして泣きわめく行く
*目玉飛びでて盲(めしひ)となりし学童はかさなり死にぬ橋のたもとに
*子と母か繋ぐ手の指離れざる二ッの死骸水槽より出ず
この歌は広島で被爆した正田篠枝さんという人の、原爆の惨害を詠った歌集『さんげ』に収められていた歌である。しかも、昭和22年、GHQの検閲が厳しく誰も原爆のことを公にできない時代、見つかれば重刑もあり得たなかで、文字通り命がけで詠いあげた歌である。
昭和54年2月から55年12月にかけて講談社から刊行された『昭和萬葉集』に上記の歌は収められている。この歌集は、1052万首のなかから5万首に絞り込んで編集されている。
今日、広島において「広島平和記念式典」が営まれる。昭和20年8月9日の新聞は「熱線による焼夷力・垂直爆風壓が強烈・対策は壕と防空服装」「敵の非人道・断乎報復・新型爆弾に対策を確立」…と報じられた。
*日本には原爆ベトナムには枯葉剤イラクにクライスラーを落とせしアメリカ 長岡市・渡辺康一氏詠む
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