百歳に向かってもう一度歩いて世界一周

平成7年1月1日より歩いて世界一周に挑戦して居ますので引き続き続けますのでご照覧あれ!

田単火牛

2013年01月26日 17時07分30秒 | 十八史略

 

歩 い て 世 界 一 周  1月26日(土) 雪

 

日 数「日」

総歩数(歩)

総距離(m)

平均歩数(歩)

今  日

 

17,186

12,030

 

今  月

26

425,724

298,007

16,374

今  年

26

425,724

298,007

16,374

2005年から

2,9537

41,744,443

29,221,110

14,117

70歳の誕生日から

6,489

123,694,579

86,586,205

19,062

ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランス.イギリスを経てアイスランドのレイキャビックに向かう、後 721,753m      

                  

 

 田単身づから版鍤を操(と)り、士卒と功を分ち、妻妾は行伍に編す。城中を収めて牛千余を得たり。絳(こうしょう)の衣を為(つく)り、五彩の龍文を画き、兵刃を其の角に束ね、脂(あぶら)を灌(そそ)いで葦を尾に束ね、其の端を焼き、城に数十穴を鑿(うが)ち、夜、牛を縦(はな)ち、壮士其の後に随う。牛尾熱し、怒(いか)って燕軍に奔(はし)る。触るる所盡く死傷す。而して城中鼓譟(こそう)して之に従う。声天地に振う。燕軍敗走す。七十余城、皆復齊と為る。襄王を莒に迎う。單を封じて安平君と為す。

 

 田単は自ら板やすきを取って士卒と仕事を分担し、妻妾までも隊伍に組み入れた。城中の牛を集め千余頭に赤い着物を作り、五色の龍の絵を画いて着せ、角には刃物を結び、尾に油を染み込ませた葦を結わえて、夜に火をつけ、城から放った。兵士が後について打って出た。牛は尻尾が焼けて、怒り狂い触れればたちまち死傷し、兵士も太鼓ろ打ち、鬨の声を挙げて、牛の後から攻め立てた。その声は天地も揺るがすほどで燕軍はたちまち敗走し、七十余城は斉に戻った。田単は襄王を莒に迎え、単を安平君として、土地を与えた。

 田単火牛に似た話がある。源平盛衰記に拠れば、木曽義仲軍は加賀国と越中国の国境の倶利加羅峠で平家軍を狭い谷間に誘い込んで、牛の角に火の付いた松明をくくりつけて敵陣に放して平家の軍勢10万をたった5千の兵で打ち破った。この戦いで源平の勢力は逆転、義仲は入洛を果し、平家一門は都落ちすることなった。

                           

 事になっているが、田単は角には刃物を結び、尾に油を染み込ませた葦を結わえて、夜に火をつけ、城から放った。兵士が後について打って出た。牛は尻尾が焼けて、怒り狂い触れればたちまち死傷し、兵士も太鼓ろ打ち、鬨の声を挙げて、牛の後から攻め立てたのだが、義仲は牛の角に火をつけたことになっているが、果たして生きてる牛の角にどうやって火をつけたのだろうか。角に火がついた牛は敵陣目がけて突進して行くだろうか?。疑問だ。

 

 

 

 

 

 

 


第5回常任理事会

2013年01月25日 22時46分38秒 | 育英基金

 歩 い て 世 界 一 周  1月25日(金) 雪のち晴

 

日 数「日」

総歩数(歩)

総距離(m)

平均歩数(歩)

今  日

 

16,267

11,387

 

今  月

25

408,538

285,977

16,345

今  年

25

408,538

285,977

16,345

2005年から

2,9536

41,727,257

29,209,080

14,116

70歳の誕生日から

6,488

123,677,393

86,574,175

19,062

ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランス.イギリスを経てアイスランドのレイキャビックに向かう、後 733,783m

日中友好育英基金の第5回常任理事会を木島平村の渡辺食堂で開いた。栗岩理事が家庭の事情で欠席になったことを報告して議事に入る。

 初めに、「24年を省みて」を議題に年間の反省を報告、当初、順調に前進するかに見えた事業計画が、唐伯虎に絡む問題と尖閣諸島問題がブレーキになって、事業計画が期待通りの成果を上げることが出来なかったが、岳北日中との合併による人材の補強で辛うじて中国学童の作品展の開催だけは達成できる段階となった。と反省し、〇近隣友好協会への呼びかけ〇一般会員に加え、法人へのPR強化〇学童や語学研修者間の文通斡旋〇会員相互の交流推進などいくつかの懸案を残しているので、次年度の最優先課題として推進することを提案、了承された。

 

 次いで、飯山市教育長に 面会して、作品展の成果を報告して各校の選抜作品の中国への贈呈を提案して、協力方を要請する案を協議、決定する。

 本日の最重要課題である「役員規定に”会長職”を追加して、その候補者を内定することを協議、満場一致でY氏を推戴することを決定した。

 最後に木島平スキー場で開催される2月23日の日中スキー交流会に協力して、地元「からす踊り」を提案して、主催者側に検討を依頼する案を決めて閉会。

 6時よりY氏を交えて懇親会に入る。呑むほどに酔うほどに、核心の会長就任を懇請する。Y氏は首長の席を離れて今は一介の村民、忘れ去られた古兵、気力も衰え、先頭に立って指揮する意欲も無い、と吐露してこの提案を拒否。要請する側と拒否するY氏との間のやりとりは火花を散らしたが、「一会員としてなら協力する」との言質を得たので、「有難うございます。外部との折衝の折には都合つけてご同道を」とお願いして引き下がる。

 【協力する】との言質を土産に宴会はお開き。次年度への前進が望める体制が出来上がったと大満足。

 

 


風蕭蕭として易水寒し

2013年01月24日 17時30分07秒 | 十八史略

 歩 い て 世 界 一 周  1月24日(木) 快晴

 

日 数「日」

総歩数(歩)

総距離(m)

平均歩数(歩)

今  日

 

17,226

12,086

 

今  月

24

392,271

274,590

16,345

今  年

24

392,271

274,590

16,345

2005年から

2,9535

41,710,990

29,197,693

14,115

70歳の誕生日から

6,487

123,661,126

86,562,788

19,063

ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランス.イギリスを経てアイスランドのレイキャビックに向かう、後 745,170m

              
                  風蕭蕭分易水寒

荊 軻 入 秦

燕の恵王の後、武成王・孝王ありて、王喜に至る。喜の太子丹、秦に質たり。秦王政礼せず。怒りて亡げ帰る。秦を怨みて之に報ぜんと欲す。秦の将軍樊於期、罪を得て亡げて燕に之く。丹受けて之を舎す。丹衛人荊軻の賢なるを聞き、辞を卑くし礼を厚くして之を請ふ。奉養至らざる無し。軻を遣はさんと欲す。軻樊将軍の首及び燕の督亢の地図を得て、以つて秦に献ぜんと請 。丹於期を殺すに忍びず。

軻自ら意を以つて之に諷して曰はく、「願はくは将軍の首を得て、以つて秦王に献ぜん。必ず喜びて臣を見ん。臣左手に其の袖を把り、右手に其の胸をサさば、則ち将軍の仇報いられて燕の恥雪がれん。」

於期慨然として遂に自刎す。丹奔り往きて伏し哭す。乃ち函を以つて其の首を盛り、又嘗て天下の利匕首を求め、薬を以つて之をニラぎ、以つて人に試みるに、血縷の如くにして立ちどころに死す。乃ち装して軻を遣る。行きて易水に至る。

歌ひて曰はく、風蕭蕭として易水寒く 壮士一たび去りて復た還らずと 時に白虹日を貫く。燕人之を畏る。

  軻咸陽に至る。秦王政大いに喜びて之を見る。軻図を奉じて進む。

図窮まりて匕首見る。王の袖を把りて之をサすに、未だ身に及ばず。王驚き起ちて袖を絶つ。軻之を逐ひ、柱を環りて走る。秦の法に群臣の殿上に侍する者は、尺寸の兵を操るを得ず。左右手を以つて之を搏つ。且つ曰はく、「  王剣を負へと。」遂に剣を抜きて其の左股を断つ。軻匕首を引きて王にナゲウつ。中らず。遂に体解して以つて徇ふ。

秦王大いに怒り益々兵を発して燕を伐つ。喜、丹を斬りて以て献ず。後三年,秦の兵、喜を虜にす。遂に燕を滅ぼして郡と為す。

 昨年6月、緑化協力訪中団に加わって訪中して、最後の仕上げで易県を訪れた際の晩餐会で、茂木団長先生はお年にもにも関わらず、音吐朗々「風蕭蕭として易水寒く 壮士一たび去りて復た還らず」と吟詠した。中国をして緑化事業を大成させた歓喜の雄叫びを肚から叫んでいる男の雄姿だった。陪席して感動で狂喜したのを覚えてる。 


古本 十八史略新鈔が来た

2013年01月23日 17時03分39秒 | 十八史略

 歩 い て 世 界 一 周  1月23(水) 曇り

 

日 数「日」

総歩数(歩)

総距離(m)

平均歩数(歩)

今  日

 

17,835

12,485

 

今  月

23

375,005

262,504

16,305

今  年

23

375,005

262,504

16,305

2005年から

2,9534

41,693,724

29,185,607

14,114

70歳の誕生日から

6,486

123,643,860

86,550,702

19,063

ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランス.イギリスを経てアイスランドのレイキャビックに向かう、後 757,256m

                         
                         
    昔習った十八史略新鈔が来た

 夕方のウォーキングから戻ると十八史略新鈔が来ていた。封を切るのももどかしく、古本を確認した。芝商で勉強したあの懐かしい漢文の教科書だ。背に[1B 14 佐藤和道」とインクで書いてあって、裏表紙には【二甲 佐藤和道」と筆字だ書いてある。若しかすると、戦時中でABCが禁止されて、甲組に変ったのかもしれない。定価金五拾五銭も懐かしい。

 私は高等小学校を卒業して本所の石井TG商会に給仕として勤めて日給65銭の身であったし、神保町のアパート住まいだったから教科書は総べて古本で賄うように努めた。学校から教科書名の入ったガリ版刷りの半紙をもって一軒一軒廻って歩く。「イイ学校へ入ったね!秀才だ。」などと店員さんに煽てられてガリ版刷りを見て貰う。その店にあるものを買い、また隣の店へ行く。一日で揃わなけばまた休みの日に廻って行く。そのうちに大半は間に合ったもんだ。

 古本は判らない字や難しい漢字にはたいてい小さいな字で鉛筆書きがついて一々辞書を引かなくても済むので、初めから新しい教科書を買う手は無い。この古本にも【充】の脇に「アツ」【鞭】の脇に「ムチウチ」などと仮名がふってある。

 三皇の一人を「農伏羲氏」とずっと思って居たのがやはり私の思い違いで、太昊伏羲氏→炎帝農氏→黄帝軒轅氏だと判って納得した。

この教科書には「南宋滅亡」まで134頁まであるが、81頁の【赤壁之戦】辺りにはもう何も書かれて居ない所を見ると、これから先までは学習しなかったようだ。私たちは戦時中でしかも夜学生だったから【西漢】の「漢王伐楚」44頁辺りまでしか教わらなかったように思う。灯火管制の中、電灯に黒い布の筒が被せられているので、教科書は読めるが、黒板の字など全く見えない所での勉強で、「チンプンカンプン」というのが本音だったが、中国の歴史は映画や小説よりも面白くて興味があって力が入った。。

        折を見て思い出の語句を復唱して、ブログにも載せようと思って居る。


明るいメール

2013年01月22日 17時20分51秒 | パソコン

 

歩 い て 世 界 一 周  1月22(火) 小雨

 

日 数「日」

総歩数(歩)

総距離(m)

平均歩数(歩)

今  日

 

17,229

12,060

 

今  月

22

357,170

250,019

16,235

今  年

22

357,170

250,019

16,235

2005年から

2,953

41,675,889

29,173,122

14,113

70歳の誕生日から

6,485

123,626,025

86,538,218

19,063

ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランス.イギリスを経てアイスランドのレイキャビックに向かう、後 769,741m

 私は悪い癖で、毎日見なければならないメールの受信を1週間に一度ぐらいしか見ない。今日開いて見てアッと驚いた。

 〇 1月15日に「NHKラジオあさいちばん」の大久保彰絵さんからメールが来ていた。私は朝のウォーキングにはミュージックを聞きながら歩いてきたが、今年に入って【らじるらじる】に切り替えた。すると「あさいちばん」が出た。あれ!聞いたことのある名前だと思い、毎朝聞いて居ると、「明日からお休みなので故郷に帰ります。」と言うではないか。やっぱり私の【歩いて世界一周】の取材に来てくれたあの大久保さんだと気付いた。一週間後を見張らって番組宛にメールを送った。

 そのメールの返信が来ていたのだ。大久保さんは取材に来た時の事を鮮明に覚えられていて、入社して初めての経験で、仕事を続けて行く勇気や希望を持つことが出来たと感謝の言葉を掛けて下さったばかりか雪道のウォーキングに労いの言葉と、お体にくれぐれもと気遣う言葉まで掛けて呉れた。感謝あるのみ!

〇 1月16日には神奈川県生産性本部の宮崎専務から「生産性トップマネージメントクラブ朝食会に自民党副総裁の高村正彦氏が「日本の外交と安全」と題した講演の要旨を詳細に判り易くメールを送って下さった。

 高村副総裁の講演の要旨について、(宮崎専務は)自民党のスローガンは経済・外交・教育の再生だ。〇民主党は中国から日本の劣化・日米同盟の劣化を見抜かれた。〇米国の艦船が日本の安全の為に行動している時、いざ事が起きたら、米国は日本の為に働き、日本は米国の応援を後方でしか出来ないような憲法で、良いのか?自衛隊と言う表現は【国防軍】とする。〇TPPについては国益を考慮して最善の道をとる〇尖閣諸島の件については、日本の立場は領土問題は存在しないと言い、中国の見解とは違う。この件は他の問題と切り離して話合うべきだ〇両国は【戦略的互恵関係】を結んだが、現況は【互損関係】になっている〇日中両国ともに、経済・貿易の自由性は認識している〇世界の視る目は日本は6位以下に下がったことは無い。中国・韓国は中位、北朝鮮・イランは下位だ・・・

 私は憲法改正を除いて高村副総裁と大きな違いは無いが、先に両国首脳が署名した「戦略的互恵関係」の精神に立ち返って冷静な対応をして欲しいと願っている。メールを送って呉れた宮崎専務に敬意を表したい。感謝!

〇1月19日AM12:50 【教科書 十八史略新鈔】580円。入金確認後即商品発送の吉報入る。

〇1月19日 16:35 中国河北省承徳市 肖振鈴さんより「奨学金領収表」が送られて来たことについて、私がお礼のメールを送ったことで、「高主先生へ ご協力が出来てうれしいと思います。育英基金の皆さんによろしく 先生も寒いころにお身体にきをつけてください。」との返信が入っていた。

 メールを見て心が温まった。たのしい一日を送ることが出来た!