私を知る

自覚を中心に悟りのヒントを書いています。自覚とは「私」に意識を向け、一切は「私」の考えであることを自覚していくことです。

幸せという不自由に気づく

2015年04月01日 23時19分01秒 | 悟り
◇幸せという不自由に気づく◇

多くの方が感じる幸福感は、実はとっても不自由な状況です。
幸せは、多数の条件で縛られたとても窮屈な状況なのです。

どういうことかと言いますと、まず幸福感を感じるためには、感覚的に少なくとも不快でない必要がある訳なのです。
つまり、寒くて死にそうだとか、お腹が減って死にそうだとか、何処かが痛くて、あるいは苦しくて死にそうだという状況では幸せとはほど遠いのです。
通常の場合、衣食住等の基礎的な環境がある程度整っていてこそ、幸福感が得られるのです。

私たち人間は貪欲ですから、ある程度感覚的な面で不自由がなくとも、多くの人はそれだけでは満たされません。
自分のいる状況に対して、より厳しい条件を設け、それを満たそうとします。
多くの場合、その条件は、何かを獲得することによりクリアされるものとなっています。
学歴、仕事、お金、恋人、家庭、家等のモノ類などなどです。

大きな幸福感や喜びを得ようとすると、際限なしに条件の数は増えていき、限りなく窮屈になっていきます。

これが、みなさんが求めている幸福の姿です。

そのことに気づいて頂きたいと思います。


中には、自分は、真の幸福である愛や平和、世界の調和を求めているのであって、一般の人と自分を一緒にしないでほしいと言う方がおられるだろうと思います。
いや自分は、何も求めていない、ただあるがままでいいんだ、そこにこそ真の幸福があるんだと言う方もおられるのだろうと思います。

しかし、愛や平和や調和、そして「あるがまま」も考えであり、囚われであり、条件付けなのです。

そうすると、幸せって何だろうと思う方がおられるかもしれません。

幸せって、何なのでしょうね。(^^)

ぜひ、考えてみて頂きたいと思います。(^^)


コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。

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コメント (11)
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