うちの母と創価学会員時代、同時衛星中継(同中)へ行き、池田のスピーチを聞いた。
その中で、池田大作は、「我々は拝み屋ではないッ」と声を荒げて言っていた。
うちに帰ってきて、母にその事で思い出して、「池田(先生)も創価学会も、拝み屋じゃないんだって」と私が言ったら、母は吹き出して大声で笑いだし、「私は自分らは拝み屋だと言ってるのかと思ったよ」と言った。
私も、いっその事、創価学会は拝み屋です、とはっきり名乗った方が、面白く、真実味を増したのに、と思うが、幾ら新興宗教でも、自分からそんなギャグ・ジョークは言わないよなあ、とも思う。
実際は、創価学会は新興宗教の拝み屋です。新興宗教は新興宗教の値打ちしかない。八百年の伝統を誇る日蓮正宗には足元にも及ばない。その差は歴然としてある。
戒壇の大御本尊様を拝謁できないのが、何よりの創価には越えられない壁。故に、大御本尊様を否定するまでに至る。まさに宗教ごっこのままごとのような教えが今の創価の現実。
創価は、仏法僧の三宝に迷う、救われない哀れな拝み屋、素人集団に過ぎない。