私は、日蓮正宗に入ってから、功徳と言える物・事が幾つかある。
まず、体の面、精神の面から。
脂質異常症、高脂血症、いわゆる、血がドロドロ血、動脈硬化の元になる元凶の、
血液が物凄く以前は、凄い数値、それこそ80~100程度に収まっていなければ
いけなかったのが、それこそ毎回400~500位と怖ろしく高止まりし、
どんなに運動をしようが、散歩を毎日の日課として心掛けようが、駄目だった。
主治医の先生も、毎回呆れて、こんな人、こんな数値の人は、
当病院始まって以来このかた、見た事がないと匙を投げられて、
先生は、いつも検査結果の数値の異常な所に赤鉛筆で、こことばかりに、
赤丸で赤く印を付けて、これ、ここを早く、一刻も早く、
改善して下さい、と検査結果の紙を手渡された。
私は怯えながら、苦笑いと言うか、照れ笑いをする。
すると、「笑い事じゃないんですよ」と仰り、一喝される。
「もう、動脈硬化のとっくに適齢期、は迎えているんですよ。」
「長い間、このままいけば、心臓の心筋梗塞、脳だったら脳梗塞の一歩手前に必ず成りますヨ。」と仰った。
本当に、正に暗黒の時代・半生を十数年、過ごしていた。どんな運動も、
叶わず、どうしていいか解らなくて半ば諦めていた。
不眠症も困難を極めていて、長年、同じ薬、睡眠導入剤を服用しても、どんどん効かなくなって行き、
しかし、お医者さんは、増薬してと言っても大変に慎重であり、薬は増やさない主義。
医者を替えてもっと薬を増量してくれる所を探そうか、とか、ろくな考えが浮かばない。
全ては上記の症状も一緒くたに常に悩みの種。
それが、去年の十二月二十七日の普通車に轢かれる交通事故に遭い、
「大悪をこれば大善きたる」(御書七九六頁)の正に御金言通りの、
それがやがて厄落としの契機となって、詰まりは、全部が全部、
現実に目覚め気付く端緒を開く基(もとい)となり、
今年の二月にその全ての悩みは、悉く、立ち所に終焉を迎える事になる。
即ち、私は、今年二月八日に、勧誡式を受けて、創価の邪教とは訣別し、
日蓮正宗の信徒と晴れて成る事が出来た。
ここから、薄皮を剥いでゆくが如くに、病状・症状が軽減、軽くなっていって、
後には全快し、眠り薬が要らなくなる。
まず、三月に初めに血液検査を受け、主治医の先生は、検査用紙のデータを見せて、
「今回、今度は異常な事、点は全く在りませんでした。」と淡々と仰った。
私はキョトンとして、当然、何の因果か、今回もどうせ碌な結果じゃないと思ったので、
「私は、一応、色々な所に出歩く機会が増えて、
それが寧ろ好結果につながったのですかね?」と言って、
先生の言葉を待った。先生は、
「いい傾向だと思いますよ。この調子を、ずっと維持して行ってくださいね」と仰り、
あっさりと、検査結果の発表は終わった。何だか、期待もしていなかったのに、
福徳、功徳の果実だけは確実に頂いたので、むしろ不思議と言うか、
自分自身の話だとは、到底思えず、暫く、診察室から出た廊下で、
しみじみとその検査結果の紙をじっくりと眺めて、
改めて、本当に本当だア、と小さな声で、
片手で皆も見ているのに、小さくガッツポーズをしている私がそこにいた。
――――――――――――――――――――
それから、又もや奇跡と言うか、不思議な事に遭遇する。
私が寝る前の薬と称した、あの睡眠導入剤を飲んでも、
頑固に布団に入っても何時まで経ってもいつまでたっても、ちっとも睡魔が訪れない。
毎日が不安で不安でしょうがなく、丁度、徳永英明にこんな歌がある。
『眠れない夜』徳永英明 作詞作曲
(一番)
『ぼやけた空と太陽が人々を飲み込む、
だから僕は駆けて行く 街の流れと逆に。
自由と言う言葉を書いたカバンを抱え、
現実社会を超える夢を見てほほ笑む。
ビルの谷間を歩く 暗い目をした子供がいる。
もう笑えない、誰も愛せなくなる。
ああ、今夜も又僕は、眠れない!ああ、今夜も又僕は、眠れない。
心の迷いが枕元に 差出人のない叫び』
(二番)
『雲の切れ間にのぞく 青い空が見える。
僕を奇跡に誘う 予感を教えてる。
白と黒の都会に素敵な色を降り注ぐ、
だけど人々は傘を差し歩き始めた。
ああ、今夜も又僕は、眠れない!ああ、今夜も又僕は、眠れない。
時計の針だけが真夜中に眠れない夜を刻んでいる。
ああ、今夜も又僕は眠れない ああ、今夜も又ぼくは眠れない
ああ、今夜も又僕は…、ああ、今夜も又僕は……………(以下、繰り返し、リフレイン)』
とまあ、こんな暗い歌を徳永さんは淡々と、だが情感たっぷりに
(これを両立させるのが意外と難しい)
この歌を歌い上げ、締めくくる。この歌を最初に聴いた高校生の頃は、
面白がって聞いていたが、まさか自分がこの曲の主人公となり果て、
身につまされる事となるとは、無邪気で何の心配事も特にはその時点で感じていなかったから、
まあ、恐怖体験、その当時からの自分にとっては大ごとであり、大事件であり、一大事。
今から考えると、当人には悲劇でも、不眠症の治った今改めて考え直すと、
やっぱりこれは、一人相撲の、悲劇じゃなくて、喜劇じゃないかと、
新手の詐欺に引っかかって、ていうか、
振り込め詐欺の手口にまんまと引っかかった孤独な老人、御高齢な御仁を偲ばせるような…。
お人好しの人は、騙されても騙されても、尚疑わずに、
今もなお、信じ切り、相手の(泥棒強盗団たちの)心配をしてやり、
尚、今も可哀想にと信じ続けている。それが、当のご本人が本当は最も可哀想な筈が、
悲劇なんだけれども、喜劇の役者のような気もするのだ。
――――何とも言えぬ感慨がある。
自分の、不眠症の克服法は、只一つ、
日蓮正宗の相伝の、正しい御本尊様に対境、只単に境智冥合し、正しいお経本に則り、
読経唱題を唱和する、只、これだけを毎日毎日、繰り返して行った。これのみに限る。
すると、不思議にも、いつの間にか、忙しさにかまけて、寝る前の薬を飲むのも忘れて、
正に飲み忘れる(心身共に薬物が癖になった体質にはこれが重要)状態と共に、
それが毎日繰り返されて行って、既にお経を、お題目をする前から、もう次第に睡魔が襲い始め、
読経唱題を終える頃には、もうすっかり眠気が起こり、
布団へ就くまでの数時間余りを、ゆっくり、その日によって、
すぐ寝てしまう時もままあるかも知れぬが、過ごして時間をやり過ごす。
この貴重な時間に、本を読んだり、読みかけの新聞を読んだり、テレビを見たり、
ラジオを聴いたり、音楽を聴いたりと、自由に、余暇、自由時間を過ごすと、別にこんなことをせずとも、
着々と眠りへのいざないが起こり、あくびが出て、いざ、就寝。
あとは、子供時代のように、前後不覚の、バタンキューの、朝まで直行便の、夢の世界へといざなわれる。
こんな事は、今まで、夢で夢見る程、全く考えられなかった。
今は、必ず布団に就くと眠れる確信から、逆に夜寝るのが遅くなってしまい、
悪い習慣だと、思うので、改めたいと、
御本尊様にご相談、お願いしようかと(まだ願掛けはしてはいない)今、思っている。
兎に角、日蓮正宗の、正真の御本尊様に祈願を真っ直ぐしていく生活を続けていく内に、
これが最良の健康法、
正にこれが噂に聞く、真理が判らぬ武士達には望んでも得られなかった、
”法華経の兵法”なのだと最近になって気付き、
寿海寺の皆さんに聞くと、ある人が、聞きしに勝る「それは初心の功徳と言う」と仰られていて、
「成程、心得た」、と当意即妙、膝を打ち鳴らした。
うちの母も、当初、まだらボケと言うのか、時に錯乱状態とまでは行かないが、
時々おかしな事を言う事があったが、普段は全く正常なのである。
現在はその回数も、当初の(創価学会の信心をし続けていた頃と比べて)頃とは少しずつ、
変化を起こしつつある。
現実にあり得ぬ、うちの奥の部屋に、女が十人以上いた、とか、泥棒がうちに来て皆持って行く、
と言う被害妄想、物盗られ妄想がキツイ時が段々減って来た。
まだこのまだらボケは頑固で、中々症状が取れにくいが、不思議と私が朝一の、
五座の長い勤行を声高らかにして、
夕べの祈り、三座の祈りの勤行を朗詠する事にこの数か月欠かさず続けた結果、
それが、その声が仏事を為したのか、
母が「最近は、余り泥棒が来なくなったわね」と言うようになった。
当然、一日、朝な夕な、私の場合、朝、一回一時間以上、夕、一回やはり時間をかけて小一時間弱、
結果として、声を出して必死で祈る訳だから、防犯の意味合いもあるし、
その部屋の見張りは万全を期している訳だから、
母も断然、息子の私の声に守られ、「声、仏事を為す」(大聖人様)の通りに、
まさしく霊験あらたかな、御本尊様の功徳に守られて、勿体なくも、
我が家は家内安全、無病息災の祈りの恩恵に常日頃、浴し、包まれているのである。
まだ母自身が物を失くした時などは、警察官僚と弁護士の二足の草鞋を履く、
努力家の祖父(母の父上、父君)の影響である、
人を見たら泥棒と思え、という警察独特の思考回路の悪弊・悪影響を娘の母も持ち合わせたお陰で、
時々今でも物がないとすぐ人のせいにして、しかし、私のせいと、
私が疑われないのが不幸中の幸い。
と言っても、私の部屋は年中開けっ放し、
台所まで所狭しと私の電化製品、ライト電灯、こたつのテーブル、ラジオ類、
本などの書籍類、筆記用具、パソコン等が
投げ出すように置いてあり、占領してあるので、全て母の手の内にあるようなもので、
秘密や隠し事などは一切なく、
疑いも一切起こらず、無頓着の私の性格も幸いしてか、
私に疑いが向かった事はかつてから無く、実の息子である為、信用信頼が高く、
後は私の大事な仏間の仏壇仏具位が私の精神生活の重要重大な位置を占めている。
母は、台所にまで、私の物が一杯溢れているのが少し不満と言うか、
男子厨房に入るべからずの古い考えの人なので、ガッカリ感は少し私自身に抱きつつ、
その点を抜きにすれば、母の安心感は、私との生活に於いては、少しは安息が約束されており、
偉大なるマンネリ生活ともいえる。
うちには後期高齢者医療制度の、介護保険も関わる、
地域包括支援センターの担当職員も時々訪れるが、
仲良くつつましく私ら親子一家が暮らす様子を見ていてくれて、見守ってくれている。
最近は余り心配事もなく、少し没交渉気味だが、
時々電話で連絡を取り合ったりして互いに連携し相談し、鉄壁の信頼関係が保たれている。
後、特筆すべきは、話が、もう長くなってしまったが
母の喉の詰まりが消えた事。これが大きい。
以前、一家で日蓮正宗に入信する前は、数か月に一度、酷い時は一週間に一度は、
必ずノドが詰まり、掃除機を使って柄(え)を口と喉に突っ込み、
吸い取って自分で治す(無理やり)という荒療治をしていたのが、キッパリ、
創価の勤行を毎日やっても治らなかった症状がすっかり取れて無くなり治った。
あれは、あの症状は、ズバリ、創価の罰、現罰、怖ろしい現証、
業罰に外ならないと、今ではハッキリとその因果の理法、因果応報の、
今となっては日蓮正宗に全てを賭け、捧げた結果が、家族諸共(もろとも)、
素晴らしい福運に恵まれた、果報者、となり、
立派なご本尊を御安置した結果が、これだけの余りある福徳。
どんなに創価ニセ本尊で幾ら祈って願っても願い続けても怖ろしい罰の現証の数々。
当初はそれとは罰とは気づかず、創価は日蓮仏教の本流、
仏意仏勅の団体だと信じ込まされ、
当の本人(母は除く)、私は本気でそう思い、
虚しく一座の、方便自我偈を欠かしながら尻切れトンボのような、
欠陥だらけの経本で呪いのような祈りにもならぬ悲しい祈祷を続けた。
正真の、本物で立派な日蓮正宗の、
日蓮正宗第六十八世御法主日如上人猊下様の有難い御本尊様を御下附頂き、
目出度く境智冥合して合掌端座し、
朝の勤行夜の勤行、五座三座を、私が続けて祈り続ける内、
時には最近では母も勤行の読経唱題を何十年ぶりかで行い、祈りを捧げている。
時々炊事洗濯掃除で忙しい母は、ちゃっかり唱題行のみの時もあるが。
今は一緒に何不自由なく、勤行を親子で行えるのは、創価のまやかしの五分間三分間勤行では考えられない話だ。
今は、貧しくも幸せな境涯であり、福徳、功徳と言うものが、只単純に、
こんなにいいもの、恵まれたものとは、と実際、現実的に生まれて実証され初めて気付かされ、分かった。
今度は、この功徳を、今も謗法の罪障で苦しむ、創価学会や顕正会、神社神道、キリスト、イスラム、霊波之光、手かざし、天理教、霊友会、立正佼成会、オウム教団、伝統宗教と言われるが、その実、鎌倉の日蓮大聖人時代から間違い、国の混乱・他国侵逼難、僭称増上慢、等の難や悪事が露見していた当時の最大の原因元凶の、邪宗の、真言宗や浄土教系や禅宗、律などの既成仏教教団、言わば、既成・新興宗教を問わず、人々を塗炭の苦しみの底に堕とし込む、悪徳宗教を信じ、奉じ、熱心でなくとも、法事や神事などで、初詣でで、クリスマス等の行事でも、形式的でも、それに荷担する者は、一切が謗法であり、その悩み苦しみから救う義理が、この日蓮大聖人の教えの一端を少しでも知った者には、人情に篤く、仏法・仏教・仏様の慈悲の観点からも、そのみ教えを、皆に、分けて与えて、救う救い切る義務・大義がある。そう言う道理だから、慈悲の折伏行・唱題行に日々精進邁進していかねばならない。お題目を、立派に確実に上げ続けた者が、正に実証を示し切れる。
御祈念
皆様の幸せを、祈らずには居られません。世界よ、この世の一切の苦を和らげ滅し、
悩み迷いある者を日蓮正宗の、正しい師により正しく教え、導き、化儀、化導しつつ、福徳薫らせ、
平和の時空を、最上の仏国土を、この世に現出せしめ給え。
この世の誰もが、その暮らしに見合って、笑って楽しく安楽に真面目に努めて日々を暮らせるよう、
常楽我浄を目指し衆生所遊楽のこの世の楽園を現世に於いて現出し為さしめ給え。
御遺命の、世界広宣流布の大願成就を、我らの現在、現実、現世のこの御代に於いて、
必ずや果たし実現し為さしめ給え。
南無妙法蓮華経。
私の御祈願。我を日本国の為の有為な人材と成らしめ給え。
我を福島県、郡山市に於いて、有為な人材と成らしめ給え。
我を我が今生のあらん限りの生命を救われし大恩、恩義ある、
日蓮正宗無量山寿海寺の為に有為なる人材と成らしめ給え。
我が家、我が家族を守り給え、
家内安全、交通安全、無病息災。
我、我が家族、並びに全人類が、
生老病死、一切の苦悩から救い出だされ給え。
少しの些細な事に、ぶれず、迷わず、ためらわず、そこで立ち止まらず、
紛動されずに大道を歩めるように為さしめ給え。
我を、我が至宝、我が故郷、おん命の大事、
日蓮大聖人が、一世一代の御魂魄を後世へ血脈相承、法水写瓶、
唯授一人の為にお遺し留め置かれた、御歴代の御正師により、
厳護されて来た、三大秘法の戒壇の大御本尊様の御前に捧げ尽くし、
大事なるこの身命を滅尽し尽くし、心を砕き、
我が御命題、死身弘法、勇猛精進、渇仰於仏の境智冥合の意気、盛んにして、
世法仏法に則り、この世を自由闊達に議論出来る太平の世に感謝しつつ、
我ら日本国の立憲、自由、民主主義を死守しつつ、かくの如くの大精神を、
大いに未だ独裁に悩む未開の国共にも大いに広め、大いに感化を与えさせ給え。
願わくば、我、大なる望みなるが故の、
我を江戸の末期、明治の御代を切り開く端緒となりし先駆けとなりし浪士にして、
浪人武士、日本国、世界に冠たる人格者、修行者にして、
勇者武者剣豪・国法の番人、日本国の大恩人・坂本竜馬の如くに為さしめ、
竜馬の再誕と謳われるよう、相互いに敵対し合う者たちを、
必ずや無事、見事に、和睦和合一致せしめ、
万国世界を挺身し長じて、世の為人の為となる有為なる人材為らしめ、
万書に通じ、万人の鑑となり、我が身を骨身を惜しまず、刻苦勉励しつつ、
必ずや遍く輝く皇国の栄冠、我が心の王座を占めせしめ、勝利を納めつつ、
理想を必ずや実現せしめる人材と成りて、以って、人の情けには涙し、
感謝の念を常に抱き、仏様の御恩、人様の御恩のみならず、
自然天地万物、森羅万象、畜生等の恩を決して忘れず、
それら多くの者達に慈悲の心・思いを致し、慈悲を自らも実践し、
必定、御仏前にて、汗を流し、苦を苦とも決して思わず、
楽は楽として悟り、人を愛し、決して怒らず、意の赴くまま、
我が己心の、心を師とせざれの御金言を忠実に守り、
常に宗祖日蓮大聖人様の御遺徳、御志を忠実に忠義を尽くし、
衷心から大切に護持し、御守りしつつ、
心に念じつつ、それらを人にも勧め、
それら人々と共に泣き、共に喜び、共に笑い、共に思い、
貧しい時には共に同じき物を分け合いつつ同じ釜の飯を共に食し、
むやみに貧を嘆かず、富に騒がず、常に分相応であり、
無い物を嘆かず、有る物を尊び喜び、
現実を冷静に直視し、常に冷静沈着を、不言実行を鑑み、
時には有言実行、報告連絡相談を必ず特に目上に、目下に心掛け、
宇高・生徒指標「和敬信愛、進取究明、質実剛健、自律自治」の、
下野の国、野州、我が第二、第三の故郷、
宇都宮の青春の庭で教わりし、
永遠の理(ことわり)を永久に過(あやま)たず忘れず、
灯(ともしび)を高らかに掲げ、妙法の旗をなびかせ、
決戦血戦戦場で見事に勝利し、仏法の冷厳・確実なる実証を示し、
必ずや我が志を成就為さしめる為、我を鍛え努め励み尊び導き給え。
願わくは、これらの思い、願い、一切が、虚妄に帰す事無く、
現実の上で、事の一念三千、大願成就し、実証されん事を。
南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
合掌。恐々謹言。