Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。日蓮正宗とは一切関係なく私個人の見解です。

先月の割かし高めの買物~辞書の話から、話は軽減税率の国会議論にまで及ぶ

2017年07月17日 18時41分47秒 | 読書・本を読む事への楽しみ誘い。日蓮正宗御本。その他一般著作物電子書籍・辞書類
雑然としているが、シャープの電子辞書。それでも三万円台の物よりも割安感がある、一万数千円のもの。四月辺りは、本体3000円+税、で、岩波国語辞典第七版を買った。
シャープ電子辞書「ブレイン」付属の辞書の、国語辞書は大辞林と英和・和英、ブリタニカ百科事典、漢和辞典、各国語会話フレーズ(単語音声付き)のコンパクトな一台。先月に買った。電子辞書入門編には持って来い。しかし、三万円台の電子辞書は、もっと本格的であり、何十冊もの辞書や百科事典、薬の辞典、医学辞典、趣味の辞書やら沢山の書籍類が何十万円分が一台に入っている。私はそんなには必要がないと思い、これにしたが、私が買ったこの機種はその電気店では一番人気だったが、何といっても、入門編には安いに越したことはない。これでも高い方だ。画面はモノクロであり、高い物はカラーだ。まあ、うんと使ってみて、物足りなくなったら、高級機種も候補には上がるが、今は要らない。お金が勿体ない。
写真右のCDはビートルズの最近発売された「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」の2CDアニバーサリー・エディション。一枚目は昔と同じ内容だが、中身の音が、2017年リミックスにより、加工され、だいぶ音質が変わっている。二枚目は、新たな未発表音源とリミックス2017の既成の曲の新曲。二枚とも、かなりレアで、ファンもそうでなくとも、このCDはお薦めだ。しかし、この今年六月発売のこのCDは、結局多く売れたのか、判別できないが、まあ、ビートルズも商売の上手い事うまい事。定価3,600円+税。


電子辞書を開いた所。隣の「思い出の愛唱歌」という本は、ブックオフで二百円で購入。私は現在、ハーモニカを勉強しているが、その教科書・教則本に記載されている音符じゃなくて、音符も勿論使うが、数字譜と言って、ハーモニカのドレミファの音階を数字で表している。その数字譜がこの本にも付いているので重宝する。おそらく、ハーモニカだけじゃなく、多分、大正琴にも使えるのではないかと睨んでいる。

電子辞書は、紙の辞書を引くのと、余り時間的には変わらない。今では、紙よりも、電子辞書を使う事が多くなったが、紙の辞書もいい。紙の辞書の良さも味わい堪能し、実感する。今の時代は、どちらも利活用できればそれでいい。
 
NHKラジオ第二放送の、確かあれは、木曜日だったか、夜の八時半からの、「カルチャーラジオ」では、今現在、先々週位から、「辞書」について専門家の方が、論じて語っている。辞書の歴史、辞書の種類、「大言海」という革新的な辞書が、我が国における最初の本格的な辞書の始まりであり、それが現在現代の、中型大辞典の、広辞苑、大辞林、大辞泉、等や、小回りの利く、ハンディーな国語辞典の、岩国こと、岩波国語辞典第七版、三省堂の新明解国語辞典等に繋がってゆく事を、その学者の方は熱を帯びて語っている。今や電子辞書の時代で、否、それを飛び越えて、インターネットでパソコン・携帯スマートフォン等の登場により、今では紙の辞書はおろか電子辞書も出る幕が無く、コンピューターにより、ヤフーやグーグル等の検索エンジンが辞書の引き方、使用環境を変えたと仰っていた。

兎に角、現代は、辞書の、特に紙の辞書の危機であり、紙の辞書が将来、無くなる可能性にもその辞書研究専門家の方は言及する。おそらく、人々は、紙の辞書をページを繰ってめくって単語・言葉の意味を調べる行為が無くなるのではないか、そこまで氏は考えを及ぼす。何でもパソコン、スマホ、という簡単便利な生活に慣れてしまった現代人の失った代償は大きい。

今の子供は、ラジオの付け方、そもそもラジオを持って居らず、ラジオがどこで売っているのかもわからない。だから、ラジオは付けた事もないので、テレビスマホパソコン以外はわからない。辞書も同じなのか?

今の子供は、しかし、必要に迫られれば、自然に何事も覚えるのが若くて速いのだから、習得は出来ると思う。これは若者だけじゃなく、高齢者でもおんなじだが、体でも頭(脳)でもそうだが、どんなに年を取っても、若くても、機能を使わないから衰えてしまう。余り大事にし過ぎるのも考え物で、常日頃から、頭も心も体も、機械や道具類も、億劫がったり勿体ない等と思わずに思い切って使う事。大事にして守りに入り、使わないから、腰痛にもなり、肩こりにもなり、ボケてしまい、機械類も故障したり錆びて動かなくなってしまうようになる。恐れずにどんどん使え。

私は、まだ現段階では、紙の辞書はなくならないと、単純に思っている。紙の本の需要はまだあり、電子媒体の虚しさ、電子液晶画面のブルーライトがすぐに目が悪くなる、紙の安心感等々、これから紙媒体を失って気付く事が多々あり、そう簡単なものではない。

ともかく、紙媒体が無くなると言う危機意識も大事で、貴重な提言だが、それよりも、もっと紙媒体の利点・有利な点、優秀さを懇々と人々に説き、出版文化を、宣揚し、鼓舞し、そうして応援して、協調してゆく、旗振り役を、ラジオ講座の氏のような方や、出版業界が音頭を取り、市民国民を動かしてゆく事だ。
 
 それには、正に自民党は余り乗り気ではなく、公明は片手落ちの、消費税率を10パーセントにする法案における軽減税率の話。軽減税率を「8パーセントに据え置き」案。そうじゃなく、折角、軽減税率を食料品や出版物にも及ぼすならば、税負担を「5パーセント」なり「3パーセント」なり、思い切って「0%」に下げる事はできないものなのかねえ。軽減税率なんだから、それ位やってくれても文句は出ないでしょう。
 私は民主党政権時代の国会中継で、当時の野党自民党議員が、公明議員と一緒になって、時の民主党の首相に直訴し、「いっそ、軽減税率を、食品書籍に限り、0%にしたらいいんじゃないのか。それは今の民主党政権じゃできない相談なんですかね」と語っていたのを聞いた覚えがある。
 借金財政だからと、今の財務省がいつも増税増税と危機意識を煽る。計算が出来ても、実際に増税しても、いつも帳尻合わせが上手くゆかないのは、財務省の無策の責任では?!机上の空論のお役人によるお役所仕事の為せる業か。
 政権を一旦握れば、実際に頭の固い国会議員には、良い政治、国民が助かり喜ぶ政治、それが出来ないのだねえ。国民が財布のひもを固く締め、国民が警戒するような政治しかできない今の自公。憲法改正を論議するよりも大事な話。今の国会議員の、情けない話だよ。

海について~「海の日」に寄せて

2017年07月17日 11時36分23秒 | 人生訓・人生論・人の生き様・年末年始賀正・正月祝・祝誕生日・記念日・祝祭日旗日
今日、七月十七日は「海の日」。日本の祝日は、七月は海の日、八月は山の日、と盛り沢山だ。
 今、NHKラジオ第一放送では、作家の落合恵子さんが、海の日の特集・ワイド番組をやっている。キャロルキング(Carole King)の「君の友達(You've Got A Friend)」で始まった放送は、途中、なかにし礼氏を迎え、なかにしさんは惜しくも帰られて、今は落合さんが一人でマイクに向かっている。
 海の日は、以前は確か七月二十日辺りが祝日だったと思うが、自公の悪徳政治家が、ハッピーマンデーなる悪法により、今のような日曜月曜連休にしてしまった。
 夏を感じさせる祝日であり、お題の「好きな海はありますか?」であるが、海は、同じような質問を、小学生の頃、私が福島に引っ越して来た時の郡山市立小学校の担任の秋山芳子先生という女性の熟年の、大変感謝して居る、厳しくも暖かく優しい、給食の食育・体育音楽の授業・普通教科の学業・生活面に於いても人生の指導の万般の、最初の入り口を教わった、お世話になった先生がしていたのを思い出す。みんなが好きな海、港はどこですか、行った事のある場所で、好きな海や港を言ってみなさい、と夏のある一日に仰った。
 クラスメートの生徒の皆は、いわきの海、仙台港、新潟の海、北海道の海、福島は会津や郡山に面した猪苗代湖、とか色々海と港の話題が出た。
 私は、最後の締めくくりに先生の質問に答える形で、「僕は神奈川県は横浜市にある、横浜港の海が好きだ」と答えた。
 秋山先生は、さすがは○○(私の名前)。そう言えば、○○は神奈川から越して来たんだねえ。横浜港と言えば、日本一の(当時)大港湾都市、日本を代表する港でしたね、と感慨深そうに、感心して、「みんなも、○○君(私)に良く話を聞いて勉強するんだよ」と興味深そうに仰られた。
 私は、自分の生まれ故郷の、神奈川県は、横浜の港と海を、皆は知らないし、その当時誰も行った事が無いのは勿論、誰もが私の話を固唾を飲んで見守り、聞いていた。
 先生が、「その海と港には、何があり、どういう風だったか」と仰るので、
 私は、
 「横浜港は磯の香りがしたが、やはり油のようなにおいがしていたような気がする。山下公園には、マリンタワーがあったり、公園があったりした。別の場所で、私が最後に見た時は、何か工事中のような、多くの作業員の働いている姿を見た。大きな船も泊まっていた。閑散としてはいても、人が沢山いた。山下公園は穴場で、人はまばらであった。帰りは歩いたが最後、バスに乗って、横浜駅まで行き、当時の自宅のあった東急東横線で川崎の元住吉駅まで帰った。毎回、横浜港はよく立ち寄るので、物珍しくもない。帰りのバスでは、横浜スタジアムのライトが光っていたので、うちに帰ってきたら、父が見ていた、やっぱり丁度テレビで読売ジャイアンツ、対、横浜大洋ホエールズ(当時。現横浜DNAベイスターズ)の試合が生中継されていた。きっとそこより南の、横浜市金沢区の方に行けば、確か日産の自動車工場かなにかあると聞いたので、車を海外に輸出する為に、外国船に積んでいる場面も見られるのではないか。云々。」
というような事を話した。
 先生も生徒一同も、日本の当時の高度成長期の時代の後にも、まだ経済大国だった日本の屋台骨を支えていた港の話を聞けて、大変興奮しているようだった。
 授業の後、クラスの成績の良かった生徒が決まって私の所に集まり、もっと話の続きを聞きたいと言ったので、二言、三言、話をした。
 その時も、そこにいた人たちが、いわきや仙台の海や港の話をした人も集まって来たので、私もそれらの土地の話を同時に聞いた。
 その当時、私は仙台にも、いわきにも行った事が無かった(小学生後半で、母と初めて、我が家の商売の関係で、下調べの為に、いわき市に初めてその土地を訪問した。)。
 皆は、横浜港だなんて凄いね、と言ったが、見た事はないけど、いわきや仙台の港や海も凄いんだろうね、是非とも行って見てみたいね、と私は言った。
 仙台は、その後、中学一年生の時の学習旅行の時、松島へ行った時に途中を通った。どこまで行っても街並みが続き、物凄く仙台市の市街地が大きく拡がっていたので、大体、大都会、都市の規模が仙台駅前を見ないでも、伺えた。
 いわきも、初めて行った時、あれは夏だったが、南国のような、良い街だと心から思えた。
 いわきの海は、大人になった、平成の頃の、今から十年近く前になるのか、生まれて初めて行って、この目で見た。「いわきららみゅー」と言う場所の、海であった。バス停から、海へ一直線に母と一緒にテクテク歩いた。
 あの場所は、その後の、二〇一一年(平成二十三年)三月十一日(金曜日)の、福島・茨城・宮城・岩手の津波で大きな被害を及ぼした、東日本大震災では大災害の被害を被った場所。今は、その時の記憶も薄まり、またあの日の賑わいを取り戻しているのではないかと期待して思うが。
 
 私は、残念ながら、今まで、海水浴だけではない、観光地・景勝地、神奈川県の湘南の海へは行った事が一度もない。母などは、飽きる程、何度も何度も行ったと言う。それも江ノ島の場所で、しょっちゅう学校の遠足等で、親と行ったりして、学校でも、必ず、迷子になったと言う。あそこは、迷子になりに行く所だ、とも言う。
 それは流石に御免だが、私は、後年、夏も冬も、桑田佳祐氏のサザンオールスターズの音楽をよく聞くにつけ、その歌の場面にしょっちゅう出て来る、「茅ヶ崎」「江ノ島」「江ノ島の烏帽子岩」「鎌倉」等々の、神奈川県鎌倉、藤沢、江ノ島、茅ヶ崎、逗子、葉山、大船、大磯、平塚、近辺の、湘南の海には、お洒落であり、大変に憧れが、大いにある。これら地名の出て来る場所には、一度も行った事がないのは、恥だとも思うが、歌で聞くだけで、憧れているだけではなア、とも思うが、元々縁がないのかな。
 私も、小学二年生の時に、福島県郡山市に越して来たので、もう後、数年、川崎市に住んでいたならば、当然、遠足でも、家族旅行でも、湘南へは行っていた筈。残念だ。
 あと、湘南は、有名人、政治家・映画人芸能人歌手の、石原慎太郎や石原裕次郎の石原家や加山雄三等のヨット文化、船やサーフィン、エレキギター、小説にも音楽にも主役の土地となれる、海水浴のメッカ。慎太郎は一橋だが、他は慶應ボーイの、夏の日差しを一身に浴びた、明るく若くってオシャレな感じが物凄くカッコ良く、この私はいい年をして、たまらなくしびれるし、憧れる。
 湘南の夏の海は、人をジャガイモか里芋にして、芋の子を洗うようだと、余りに人でごった返していて、人の近づく所じゃない、とも言う。ああいった観光地に行けるって事は、若さが為せる業だ。自分は、目の前が湘南の海だったら、自然と海の家などで食事をしたりもするが、わざわざ東北地方・福島くんだりから、電車を乗り継いで、この暑いのに、行ってはいられない、それじゃまるで、アホだ。
 いわきの海も、先日、海開きをしたと、福島民報新聞一面に載っていた。
 正に、夏本番。この夏も、自分は、海なし県のような中通り地方・福島県郡山市に住む私は、毎年、海とは無縁の、しかししっかり、海の幸のお魚を食すことは大好きであり、新聞・テレビ等のコマ切れの映像等で、海の香りを伝える、ラジオのニュースや宣伝や番組等で、高みの見物を決め込み、人混みを敢えて避け、海を遠目にして眺めているのが常なのであった。チャンチャン。おしまい。以上。