Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。日蓮正宗とは一切関係なく私個人の見解です。

今日は通院日。その後、ツタヤみどり書房桑野店で、そろばんの本の購入←君子豹変す、その後アマゾンはキャンセル致した・全く物欲とはコワい

2024年03月05日 14時02分57秒 | 筆記具系・文房具・文系器具・文理系・そろばん・ソロバン・算盤・理系・理数科目

 今日は通院日であった。その遠距離移動で、自転車で桑野ベニマルまで行き、その後、病院のシャトルバスで往復して来た。診察も受けた。
 私は実は昨日の夜から、或る買い物をしたくて仕方なかった。それは、今まで習ったそろばんの復習がてら、「ワンタッチそろばん」、トモエそろばんの、ハードケース付きの六千円余りのが、もう、これが欲しくて堪らなかった。
 そうして、昨日昼から、私は、最初は、四千円台の、両端が丸みを帯びた、やはり23桁のソフトケース付きのそろばんが最初目に留まった。しかし、うちには既に、それら、御破算で願います時、人差し指を使って珠を払うそろばんは、腐る程あると言って良かった。
 けれども、我が家にも、ボタンを押せば、珠が払われる、「ワンタッチそろばん」が、一万五千円で当時、二十年以上前に、郡山市中町の、今はその店は無き、「やまのいカルチャーセンター」で売っていたのを、私は買い求めた。その後の、私は、それを使いこなすのが、高すぎる値段のせいか、余り飾って置くだけで、出番がない。
 そこで、六千円前半で、トモエのワンタッチそろばんならば、使い勝手が非常に良い。壊す心配もなく、安心して使えそうだ。
 その、四千円台の、角が丸みを持った、旧来のトモエのそろばんは、「グレートそろばん」というそうだが、そちらにも目が行ったが、これは、うちにある沢山のそろばんと性能上、そうは変らない。うちにあるスタンダードなそろばんと同等なのである。
 そこで、それらに悩み、今日の深夜午前中まで起きていて、その時、近所のコンビニへ、幾らかお金を足してアマゾンカードを買い、その、「ワンタッチそろばん」を買い求めた。又アマゾンである。
 その後、今日は病院の通院日でもあり、午前三時四時に寝たのでは、昼頃起き出してしまう事を見越して、もう、これは起きていようと、じっとコタツにあたたまりながら、早めに朝ごはんを済ませて、朝の勤行も爽やかに、颯爽と私は自転車で病院への道を急いだ。午前中の朝の事である。
 そうして、先ほども言った、シャトルバスで、桑野ベニマルへと帰って来た。
 その後、ツタヤみどり書房桑野店に寄り、店員さんに、「そろばんの本ありませんか?」と聞くと、「え?!」と最初は驚くも、淡々と、その道に詳しい店員さんに案内された。
 そこには、かなりの数で、プラスチックの青や赤、透明な、いかにも毒々しいプラスチック製のそろばんと、それをおまけに添付した教材とが、幅を利かせて、御試し用のような形で、その売り場には十何セットもあった。
 その時店員さんは、それしかない訳じゃないが、もう、一冊ずつしかないが、持って来るから、ここに居て下さい、と言い、その場で待っていると、上記の写真画像のそろばん本二冊と、もう一冊は、明らかに小学生の為の本であった。
 私は勿論、子供用だろうが、大人用だろうが、どちらでも構わない、と店員さんには最初に言い渡していた。それで、その、小学生のドリル?どんな題名だったか忘れたが、その「小学生」の文字が大書きされた本を見てみると、三桁のアップした、同じようなページが続く、何ともワンパターンな気がして、余り興味が湧かなかった。
 その後、この写真画像の、絵でわかるそろばん(堀野晃著)と、珠算能力検定・珠算検定試験問題集1級・準1級・2級・3級、この二冊が非常に気に入り、購入した。
 こうしてみると、私は、そろばん本体は結局、おそらくは郡山市内では、こうしたアマゾン辺りではないと手には入りにくいと思う。しかし、郡山市内でも、こうして立派に、そろばんの本、書籍が手に入るのは、ひとえにツタヤみどり書房桑野店の品揃えの凄さ、立派さであろう。
 その場で、本を開いて実地に見分して買える幸せ。これらの思いに今は個人的に勝手に私は非常に包まれている。郡山は本当に良い街だと思う。

帰りにはま寿司に寄り、「まぐろ丼」を購入した。いつもと同じく美味であった。

以上。よしなに。wainai

※編集後記、閑話休題、それはさておき。

 私はこの欄にて、そろばんを六千円で買う、と訴えたものだが、その後、その件で話すと本日の病院の女医先生は本当に楽しみにしている風で、反対された訳じゃなかった。
 しかし、この件を、たまたま、私のA福祉相談室・相談員の長、経営者の人にこの事を言うと、先月に、電子キーボード・ピアノを買ったばかりであり、それはない。それは無駄遣いだから止めよ、との言を承った。
 そういえば、そうかも知れぬ。無駄遣いである、正に。これ以上の無駄遣いがあろうか。しかし、厳しい言葉である。否、私への親心、恩情なのかも知れぬ。
 それに、考えてみれば、そのアマゾンのマーケットプレイスの担当業者も、私をじらすように、意地悪く、いつまで待てど暮らせども、幾ら待っても、いつ確かめても、長い事人を待たせて、発送には至らない。
 これは足元を見られているな、と思い、この縁は無かった事にしようと、私は、今なら間に合うと、ネット上でキャンセルした。
 そうしたら、すぐにキャンセルを受け付けてくれた。
 今日から三日後の、木曜日到着と謳っていたって、ちっとも、私には荷物を送り届けようとの、そういった歓迎する態度でもその業者も、又、アマゾンも熱意が無かった事が明らかとなったので、ここであと腐れなく手を打てて、本当に良かったと思う。
 今日買った本は、ムダになったかも知れない。しかし、いつでも、そろばんを練習をする時間を作って、その本から学んでもいいんだし(今はとてもピアノの事で頭が一杯で、余計な事は幾ら多趣味な私でも持て余してしまうが)、自分自身としては、一応、一旦、もう終わった事、ピリオドを打った事と捉えて一向に構わないというスタンスである。
 正に「君子、豹変す」である。「朝令暮改」とは読者の皆様、どうか受け取らないで欲しい。(どちらも意味は近似していて同じなのだが、若干ニュアンスが違う)。
 私は、今回の事を通じて、より一層、ピアノ熱に燃えて、独学で頑張ろうとも思っている。
 今日の通院時にも、診察で、私の担当の女医先生にも、私が大人のピアノ教室をこれから習うのを辞めた事を伝えて言うと、独学でもちゃんと出来るよ、と仰って下さった先生。
 その言葉を信じて、ちょっと昨日今日から横道に逸れそうになったが、これからは、今言ったように、「ピアノ道」に邁進しなければ、との大願成就を願う気持ちで一杯である。
 その、私の福祉の相談員長さんも、私の邪魔をしようとして仰られた訳じゃないのは百も承知だ。私のお金使いが荒いのを、敢えて親心で御忠告下さっている。
 その御気持ちを、私は私なりに大事にしなければならない。
 有難く、その御言葉、御意に従い、服したい。
 全く、物欲とは、コワい。仏法仏教の「百八煩悩」というそのものである。
 あと、貪瞋痴(とんじんち)の三毒の、むさぼりの貪。
 この世は魔、ばかりという事が如実に分かった、今日一日である。
 
 要するに、昨日今日の事を私なりに整理・要約すると、

 夜も眠れぬ程、そろばんの世界に夢中になる。→
 その後、コンビニまで自転車走らせ、アマゾンカードを買う。→
 そして、遂にアマゾンで算盤をポチッた。→
 その後、私はぶっ通しで一日昼まで眠る事を恐れ、夜を明かす。→
 その後、病院に通院。自転車とシャトルバス併用→
 それから帰りに本屋に寄り、そろばん本を買う。→
 そうやって無事我が家に帰り、その買い物の件、事を、私の事を唯一心配する相談員の長にTELした。→
 結果、私の負けで、お金を勿体なく使うな、との指令→誰も背けない。→
 色々考えた挙げ句、今なら間に合うと、アマゾンでキャンセル申請→
 見事、キャンセルに成功→
 お金は無事もどって来て、それら邪魔な物欲から発した欲望から解放される。→仏法上の罪からも解放、私って解脱者?!→
 まだ、人生、信心駆け出しの私で、成仏の端緒にもついていない事を、この時の私には知る由もなかった。(結句・結果・結論)

 その事を、御宝前の、御本尊様の前で、沈思黙考、読経・勤行唱題を心置きなく行い、懺悔して、又、明日へと希望を持って歩き出そう、との私の快い気持ち思いが今はその心の大勢を占める、に至る。

以上。再度、よしなに。長文失礼。wainai

※編集後記、追記
 その後、今現在の私は、この、相談室の長の人の意見は採らず、私は、自分の想いを果たすべく、算盤を再度購入する事にした。当初の私の想いの方が優った形となった。
 
以上。よしなに。再度再度。長文失礼。wainai

日蓮正宗、朝の勤行の作法。大体のあらまし。お鈴(りん)の打ち方など

2024年03月04日 10時29分56秒 | 日蓮正宗無量山寿海寺・菩提寺・末寺・お寺・僧俗一同・僧俗一致
日蓮正宗、朝の勤行の作法。大体のあらまし。お鈴(りん)の打ち方など 日蓮正宗の朝の勤行に於いての、大体のあらましをお伝えするべく、お鈴の打ち方、勤行の五座の意義、作法を伝えています。詳しく知りたい方は、日蓮正宗寺院末寺の御住職様に直接お聞きに御参詣なさるのが一番だと思います。これが日蓮正宗の伝統法義であります故。以上。よしなに。wainai 

※編集後記 
ユーチューブ読者、視聴者様の仰る通り、三如是ではなく、十如是を三回くりかえす、で間違いありません。私が言い足りませんでした。すいません。それから、私の作法には間違いがあり、乱暴そうにも見える所も、早く伝えたいと焦った為かとも思います。これも失礼致しました。以上。再度、よしなに。wainai

戸田城聖全集質問会編、教義に関する質問。その後音楽談義、折伏談義

2024年03月02日 13時33分27秒 | 朗読版・折伏破権門理邪教破折日蓮正宗御本読上げ勉強趣味(楽器演奏)動画特集
戸田城聖全集質問会編、教義に関する質問。その後音楽談義、折伏談義 戸田城聖全集の質問会編、教義に関する質問、について。その後の音楽談義と、折伏談義。特に折伏の話では、今から七年位前、私が入信した年に行われた、寿海寺と妙観講さんとの共同折伏戦での、面白かった活動秘話を思い出し、懐かしむ。妙観講さんの折伏は、本物だと感じた。以上。よしなに。wainai 

本編:ツタヤみどり書房桑野店へ

2024年03月01日 22時04分00秒 | 音楽楽器演奏・歌・楽典楽譜・ギター・ハーモニカ・カリンバ・ピアノ・カホン等
日付が間違えているのは御愛嬌。

 それから私は、夜のお寺の行事を終え、郡山市亀田にある、「ツタヤみどり書房桑野店」へ行った。
 そこで、ピアノの本を何冊か見ていたが、どれも一長一短があり、中々買うのを躊躇していた。
 しかし、私は事前に、そこの書店に、今日、お寺に行く前に実は、ピアノの本を買い求めようと、昨日のアマゾンでよく下調べして予約していた。
 それが、上の、「できるゼロからはじめるピアノ超入門」(リットーミュージック)という、DVDが付いた本だった。
 これを買い求めようと、買い物の列に並ぶと、皆、手に手に、パンの袋を手にした人達に出くわした。
 私はその人達がどこから来たのか目をやると、或る一角の台の上で、パンが袋に入って、何袋も安く売りだしていた。
 その値段は550円で税込みであり、いずみがもり、という、ツタヤの敷地内にあるパン屋さんであった。
 そこの店が、残った余りものなのだけれども、とても美味しそうなパンばかりであり、私はいっぺんに魅了されて、一袋買った。
 そうして、私は家に、雨に濡れながらではあったが、帰り道を急いで、無事に我が家にたどり着いたのであった。
 以上。よしなに。wainai

本日もお寺の後、ツタヤみどり書房桑野店へ

2024年03月01日 21時27分29秒 | 日蓮正宗無量山寿海寺・菩提寺・末寺・お寺・僧俗一同・僧俗一致
 本日、我が菩提寺、日蓮正宗無量山寿海寺での、夕べの「御経日」にあたり、夕方六時前には既に、お寺に着いていた。
 そこで、私は自前の、音楽のメトロノームを持って行き、事前にそれを儀式が始まる前に、自分でお題目を唱えていた。
 最初は、H田講頭さんが珍し気に見に来たが、しばらくすると、私の所にまた来て、こう言った。
 「それは、邪宗的なお題目の様だ。全然、言葉が一音一音、な・ん・みょう・ほう・れん・げ・きょう、との、言葉が貴方の場合、聞こえていない。それに、早口で言われたら分からない…。」
 と言うので、そっかー。でも、総本山では、こんなもんじゃないよ。もっと早いよ。と言うと、講頭さんは、
 「しかし、総本山の音声(おんじょう)の、発音は、バッチリ、しっかりとした音声であり、こんなに濁ったような、発音じゃない」と私に言われた。
 成程、人様から御忠告を受けると、自分の至らなさが判る。そこは盲点だった。
 それで、講頭さんは、早口でやる前に、御経文、御題目がハッキリ聞こえるようになってから、早くやるようにした方が良い、今のでは、何を言ってるのかがさっぱり分からない、と。
 私にとっては、こういった、私の至らぬ点を指摘して下さる方は、大歓迎である。今の今まで、全く分からずに、井の中の蛙、であったからだ。
 そうして、メトロノームを持って行ったのは良いが、余りに早い、一分間に168から180位のスピードでは、そう言われても当たり前だと思った。
 今度からは、一分間、60前後で、御題目の声がハッキリしっかり発音するように、家でもお寺でも、従おう気を付けようと思い致した。
 実際に、私のお寺の、或るお方がいた。その方は、朝の四時前に起きて、一時間をかけて、ゆっくりゆったりみっちりと、その一時間を、妙法蓮華経の、御経を唱える。それから、また時間をかけて、御題目の、唱題にとりかかる、と言う言葉を、総本山へ行った時の帰り道で、私は小耳に挟んだのであった。
 それからしたら、私など、何と味も素っ気もない、短い特急電車のような勤行唱題であろうか。
 総本山の読経唱題は、確かに速い。しかし、それも、前述の講頭さんの言う通り、音律に乱れは一切ない、むしろ小気味良い。自由闊達な、時間厳守の、戒律を重んじたが如くの、御題目だ。あれを目指すには、私はまだまだ、アマチュアであろう。
 幸い、私のお寺の御住職様は、初心者にもやさしく、ゆっくりと勤行唱題を唱えて下さっている。
 これを以前、栃木から来ているKさんに聞くと、これは、我が菩提寺の慣習であり、先代からも、ずっと引き継がれて来た伝統と言っても良いという。
 しかし、そのKさんが仰るのは、Kさんが、墓前に弔い、御住職様も読経唱題された時の、御住職様の読経は、とても速かった、と言う。
 とにかく、御住職様の御題目は、ちゃんと、対機説法になっており、その場の皆の経験に基づいた、かなりの熟達した、慈悲の行いなのである。
 そうして、私は今日は、御先祖様、主に父親の卒塔婆を立てて、回向を願い祈った。今日は、本当に、お寺に来て良かった。
 私は大変に有難いお寺にいるんだなあ、と思い致した一日であった。

 その後、私はツタヤみどり書房へ行ったのだが、それは後の記事に続く。
 以上。よしなに。wainai