毎月一回の近江歴史探訪を四年も累ねながら、未だに多賀大社を訪れていないのは、聊か気が引けるものがあった。理由は単純、米原駅から1時間足らずの、いつでも参拝できる交通の便にある。いつでも出来ると思っていることは、なかなか出来ない。年賀の賑わいが去った今、急遽出かけてみる気になった。
米原駅で近江鉄道に乗り換え、多賀大社前駅に初めて降りた。冬の遠州が快晴の日の江州の空は、概ね雪雲に覆われる。伊吹山や比良山脈も姿を隠し、当然気温は低く風も冷たい。参道を歩くこと10分で、多賀大社に着いた。
6日ともなると、参道にも境内にも参詣人の姿は少なく、閑散としていた。参道の店で、フナずし、ハスずし、モロコ・イサザの佃煮を買う。滋賀に通うようになって覚えた味だ。
多賀大社は、国生み神話の伊邪那岐命、伊邪那美命を祭神として祀っている関係で、伊勢の天照大御神を親神とする神社とされている。こうなると、何をか言わんや、事新しく調べることも考える気持ちも薄れる。ただ畏むばかりだ。
有力神社の例に漏れず、中世以降の神仏習合時代から多賀信仰は盛んであったらしい。正月三が日の初詣客の多さがそれを示している。
戦国時代には、織田信長、武田信玄、豊臣秀吉、徳川家康らの崇敬を受けたとも伝わる。特に秀吉の寄進によって、社殿が整ったらしい。母の病気の快癒を願ってのことだったという。
帰途の車窓から見る伊吹山は、午後からの強風で雲が吹き払われ、雪を戴いた頭を屹然と擡げていた。
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