お酒の種類によって、酔い心地が異なることを調べた研究者の文書の引用を、当ブログ「赤ワインの効能」で報告したことがある。
コロナ自粛で已む無く、独りしみじみお酒と向き合う夜が増えてみると、酔い心地の違いをより深く探りたくもなる。
ワインと日本酒は度数がほぼ伯仲(15度前後)していることもあり、酔い心地を比較するには恰好な対象だ。学術的なことは一切知らないが、体感を頼りに整理してみた。
アルコール(エタノール)の薬理作用そのものは、お酒の種類によって変わらない。となると、酔い心地に影響を与えるものはA.原料に由来する微量物質とB.発酵に伴って生成される微量物質ということになる。ブドウの果実と米との成分の違いがA、醸造に利用する発酵菌の産生物質の違いがBである。A+Bの組成の微妙な違いが、それぞれのお酒の味覚と酔い心地の差異として感じられる。
これらアルコール(エタノール)以外の化合物すなわち各種有機酸やタンニン・フェノールそしてフーゼル油・アセトンなど諸々の微量成分を総合してコンジナー(congener)というらしい。コンジナーの構成の違いが、酔い心地の違いを決定づけているようだ。
日本酒を飲んだときの昔の人の表現に「五臓六腑に沁み渡る」という言葉がある。これは日本酒が内臓に沁み入る性質のお酒であることを端的に言い表している。この感覚は、現代の私たちも実感している。
これは日本酒が、真っ先に脳と神経に作用して沁み渡る感覚を惹起するからで、内蔵そのものから発する感覚ではない。日本酒は神経への作用が比較的強いのではないかと思う。
対するワインは、このような内臓に沁み渡る感覚が生じない。私の個人的な経験では、ワインは内臓よりも筋肉に沁み入る感覚がある。「四肢に沁み渡る」酒と言って好いかもしれない。毛細血管の隅々まで血流が良くなる感覚を、飲むたびに実感する。赤ワインは、血管を拡張する作用が、明らかに日本酒に勝っていると思う。白ワインにはこの作用はなく、また日本酒のような沁み渡る感じもしない。ポリフェノールの作用に因るものかと思う。
赤ワインを飲むと、筋肉の緊張がほぐされ、疲労による張りは和らぐ。そしてその効果が持続する。素人考えだが、筋肉に溜まった疲労物質(乳酸)を中和するアルカリ性が日本酒に勝っているからではないか。私は日本酒党だが、この酒は飲めば呑むほど体を酸性に傾かせる。悪酔いの危険がある。
酔って陶然という境地では、ワインに軍配を挙げざるを得ない。
調理では、肉を柔らかくする目的で予め赤ワインに浸漬することがあるが、あれは上記作用と関係があるのだろう。
とにかく、赤ワインの成分に筋繊維をほぐす特別の力があることは、ビーフシチュー好きならよく理解しているだろう。
ワインと対照的に、日本酒には魚肉の生臭みを消す作用と魚介の身をふっくらと柔らかくする効果がある。この効能の高さは独占的で他のどの酒にも勝る効能である。これは日本酒に含まれる微量成分の最も重要な働きであろう。この日本酒と醤油・わさびが、魚介を生で食べる文化を生んだと思う。
魚介の臭みというものは、新鮮であっても味覚・嗅覚の敵で、これを取り除くのは、人類にとって永く難題であったはずだ。私はかつてベルギーのオーステンド海岸の屋台店で、ツブ貝の香草煮を食べたとき、つくづく醤油と清酒の国に生まれて良かったと感じた。そのツブ貝は、私の味覚からすると、満足には程遠いものだった。日本酒と醤油という、魚介の臭み抜きに最も効果の高い調味料があればこそ、私たちは日々美味しく魚介を食べて暮らすことができる。先人の知恵には感謝のほかはない。
改めて強調するが、日本酒の最大の効能は、魚の消臭作用であろう。煮魚料理は酒で煮るといっても過言ではない。生魚をかくも大量に消費することができるのは、日本酒があるからとしか思えない。刺身を美味しく食べられるのも、酒を小さな猪口で飲みながら、消臭しているからである。くさやの干物とか鮒寿司などは、日本酒があってこその肴だ。果実が原料のワイン、特に赤ワインは魚を嫌う。辛うじてビール・白ワインで何とか魚を食べることができるが、日本酒の特性には足元にも及ばない。
だが日本酒には、一定量を超えると、飲み手に熟柿臭い息を吐かせる欠陥がある。体の酸性化を助長する日本酒の最大の欠点はこれだろう。熟柿臭で日本酒が好きになれない人は多い。子供や女性は特にこれが嫌いだ。昔に比べると、今の日本酒は随分改善されているようだが。
魚介類の臭みを消すのに抜群の効果をもつ日本酒の微量成分が、体内の何モノかと反応して、柿の熟したような嫌な臭いの呼気を発生させるのは、まことに皮肉な現象である。果実原料のワインには体の酸性化を防ぐ作用があるから、ワインは特別女性に好まれる。
日本酒にはもう一つ欠点がある。これは私だけなく、他の人も指摘するのだが、日本酒には、酔いが醒める時に一種独特の冷え感を発生させる作用があるようだ。温まった体がゾクゾクっとするのは、好い心地ではない。私には若い頃から一貫してこの反応がある。白ワインではこのようなことはない。
冗長な談義を続けてしまったが、最後に結論で締め括る。
醸造酒3種①ワイン、②清酒、③ビールの酔い心地をランクづけするなら、
①は金、②は銀、③は銅である。異論もあるだろうが、私の多年に亘る官能検査の結果では、この順位が揺るがない。
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