大野威研究室ブログ

おもにアメリカの自動車産業、雇用問題、労働問題、労使関係、経済状況について、最近気になったことを不定期で書いています。

新自由主義と労働組合: ミシガン州でユニオンショップが禁止へ

2012年12月11日 | 日記
 今日、ハーバード大学で Peter A. Hall と Michèle Lamont 両氏による新自由主義が文化、価値観、アイデンティティーにどのような変化をもたらしたかをテーマとした講演があった。
 新自由主義というと政治や経済の変化が注目されがちだが、それは人々の考え方にも大きな影響を与えている。今日の講演では、新自由主義(1980年以降)による「政府はとにかく非効率であり、民間そして個々人の創意(起業精神)こそが活用、重視されなければならない」という考え方から、利己主義や自己責任論が強くなっていることがデータを使って示された。「自己責任論の強まり」はことさら新しい指摘ではないが、興味深かったのは自己責任の中身である。アメリカでは勤労といった努力の価値が失われ、失業などの問題は、労働者の努力に報いない企業や社会の問題というより、起業精神の不足(たとえば社会の変化に合わせて新しい知識を身につけられなかった個人の失敗)とみなされるようになってきたと言うのである。さらにHall氏は、こうした傾向と労働組合の退潮、格差問題との関連なども指摘し、興味深かかった。
 余談となるが、ハーバード大学には非常に多くの研究所があり、それぞれの研究所が毎週1回のペースでこうした講演会を開いている。そしてハーバード大学の研究者、学生は、こうした講演をつうじて著名な政治家、実業家、学者と交流することができるようになっている(講演参加者の規模は多くてもせいぜい50人ぐらい。2-30人ぐらいの参加のことが多い)。3兆円の基金を持ち、1年の学費が300万円を超えるアメリカのトップ私大だからできることである(注)。日本にも同様の仕組みがあればいいとは思うが、資金的にも時間的にも現在の日本の大学にはとても真似できない(単なる創意の不足ではないw)。

 関連して大きなニュースをひとつ。今日、ミシガン州で、公務員と民間労働者にユニオンショップ(組合加入の義務づけ)とエイジェンシーショップ(組合への費用の支払の義務づけ)を禁止する法律が成立した。アメリカでは、ミシガン州を含め24の州がユニオンショップを禁止している。しかし、そのほとんどの州は、組合に入らない労働者も、労働組合が会社と交渉することによって賃上げなどの利益を得ていることから、会社との交渉費用(組合費相当)を労働組合に支払う義務(エイジェンシーショップ)を定めている。しかし、今回、ミシガン州は、エイジェンシーショップも禁止とした。
 ミシガン州は、自動車産業の中心地でアメリカで5番目に組合組織率が高い州だが、労働組合や民主党の力が弱まっているように思われる。ミシガン州では、共和党が州議会の上院と下院で過半数を握り、知事も共和党である。今年の大統領選挙ではオバマ氏がミシガン州を制したが、同時におこなわれた州憲法修正案(ユニオンショップの保障の追加)の住民投票は57%対42%で否決されるなど、民主党や労働組合への支持の弱まりを示す事例にはこと欠かない。今日の講演との関連をいろいろ考えさせられる出来事だった。
 補足をひとつ。アメリカは多様な社会である。労働組合や民主党は、製造業の衰退によってミシガン州など中西部の工業地帯で支持を弱めているが、ヒスパニック系の移民が多く人口が増えている南部の一部州では逆に支持を増やしつつある。共和党が移民に厳しい姿勢を取り続ける限り、この傾向はかわりそうにない。現在は共和党の牙城(レッドステーツ)とされるテキサス州も、このままヒスパニック系住民の増加が続けば、将来は民主党の牙城(ブルーステーツ)にかわるだろうとも言われている。

(注1) ハーバード大学では、世帯収入が6万ドル以下(約500万円以下)の場合、学費は無料になる。また世帯収入が18万ドル以下(約1500万円以下)の場合、学費は世帯収入の10%となる(つまり50万円から150万円)。なおアメリカの大学には、入学金という制度はない。  <1ドル=80円で計算>