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-不定期連載小説-
○余命-友よ
小高い丘の上に立つその建物は、街のどこからも見ることができる。
地上12階、地下3階の建物は、まるで守り神の館のように、その丘に聳えていた。
人々は何かといえばその建物を目指し、時には安心と安堵を手にし、時には不安と失望を与えられた。
その建物の名称を[風花市立風花総合病院]という。
風花市では最も大きな病院であり、市民の心の拠り所でもある。
地方病院が財政悪化と医師不足の中で疲弊し、閉鎖を余儀なくされていく中で、この病院は安定した経営と優秀な医師を確保することに成功していた。
地方の公立病院としては特異な存在で、各地からの見学・研修の申し込みが、引きも切らずもたらされる。
ここの消化器外科医に徳永秀英という医師がいる。
消化器外科医としては医学界でも知られた存在で、特に胃腸癌のスペシャリストでもある。
胃腸癌の腹腔鏡手術を早くから会得し、その技術は世界的に評価されていた。
今風にいえば『スーパードクター』というところだろうか。
この病院の副院長でもある。
しかしそんな権威も、私にとっては幼なじみの悪友だ。
散々悪戯もし、不良のまねごともした。
私は朝9時に受け付けを済ますと、外科の待合所で順番を待っていた。
やがて案内板が柔らかなチャイムと共に、私の受付番号を表示した。
腕時計を見る。9時半を示している。
待たされるのが30分なら上出来だ。
私は読んでいた雑誌をラックに戻すと、表示された第二診察室へ向かった。
中へ入る。
「よう」
「おう」
私たちはいつものように挨拶を交わした。
診察用の丸い椅子に腰掛けた。
ふと意外なほど薬の臭いがしないことに気がついた。
子供の頃は病院=消毒薬の臭いだった。
子供の頃は不安と恐怖の象徴だった臭いも、無いとなると妙に違和感を感じるものだ。
「で、どうなんだ?」
私は単刀直入に切り出した。
実は先週私はこの病院で検査を受けていた。
レントゲン・バリウム検査・CT・胃カメラ・血液検査等々、一日かけて検査を終えた。
「胃癌だな」
特別気負うでもなく、徳永はあっさりと告げた。
ガン告知というともっと大げさで重々しいものを想像するだろうが、実際はあっさりしたものだ。
もちろん相手が女性だったり、思春期の子供だったりすれば、もっと気を遣うのだろうが。
相手が気心の知れた私だったというのもあるだろう。
親友を相手に隠すような奴じゃない。
私にしてもさほどのショックは受けていない。
意外なほど冷静に対処できていた。
まだ事の重大さを認識していないのかも知れないが、そうではないかという確信的な疑念を持っていたのも事実だ。
「そうか。やっぱりな」
私は呟いた。
私が癌を確信するに至った原因は、言うまでもなく数々襲ってきた身体の異変だった。
吐き気・食欲減退・胃部の痛み・めまい・だるさ・味覚異常・突然の心臓動悸等々。
これだけ揃えば、ただ事じゃないくらい想像がつく。
「それで手術すれば何とかなりそうか?」
「とりあえず出口付近に癌が固まってるから、切らなきゃ満足に食事ができない」
「切るって、どの程度だ」
「現時点では2/3を予定している。必要なら胆嚢も取ることになる」
「それで食事なんかできるのか?」
胃がほとんど無くなるのに食事が出来るってことが、想像し難かった。
「ああ。もちろん消化能力はかなり落ちるし、食べられる物も制限されるけどな。基本的に食事は出来る」
「それで、俺の癌は、どこまで進んでるんだ?」
正直食事が出来るかどうかは、現時点でどうでも良かった。
これこそが最大の関心事だった。
徳永はじっと私の顔を見つめた後、おもむろに言った。
「進行癌の第四期。つまり末期だな。しかも肝臓と肺に転移している。多分リンパ節にも」
さすがに私もとっさに声が出なかった。
「つまり?」
「このままだと、あと1年持つかどうかだ」
「1年・・・・」
「もちろん個人差はあるが、五年生存率で言うと、数%もないだろう」
「絶望的か・・・」
言葉としては聞いていても、実際に余命告知されると、その衝撃は大きかった。
ここで初めて実感した自分が居た。
1年しか時間が無いのに、手術するということに違和感を感じたが、必要だと言うことは理解できた。
延命のためではなく、残された時間を生きるために。
「それはちょっと違うな。全く何の希望も無いかというと、そうでもない」
「気休めは言うな」
「まあ聞け。癌はまだまだ未知の部分が多い病気でな、初期で見つかっても亡くなることもあれば、末期が完治することもある。
進行プロセスはある程度把握できるが、実は治癒に関するプロセスは未知の部分が多いんだ。俺も25年医者をしてるが、未だに理由も原因も不明なまま、末期癌が治癒する症例に出会うことがある。裏を返せばまだまだ余白が多いということだ。
つまり今後治療技術が劇的に進歩する可能性を持っている。希望はあるってことさ。少しは気休めになっただろ?」
「結局分らないってことだろ?確かに気休めだな。だが有り難く聞いておくよ」
私は急に喉の渇きを覚えた。
「それで痛みなんかは、いつ頃から出てくるんだ?」
「そう遠くないな。今でも既にあるだろ」
「まあな。動けるのはいつまでだ?」
「人それぞれだが、痛みを取り除きながら、動くことはできる。徐々に制限されてはいくが」
「手術は、いつになる」
「2週間後で、どうだ?実は手術室にもう予約をいれてある」
私は頷いた。拒む理由もない。
「肝臓や肺もか?」
「やるとしても一度には無理だな。とりあえず抗ガン剤投与と放射線治療で様子をみながらだ」
私にはやらないと言ったように聞こえた。
「入院に関する説明があるから、とりあえず外で待っててくれ。看護師に呼ばれるから」
「ああ」
「体調が悪くなったら、いつでも来いよ。他の先生でも分るようにしておくから。とりあえず吐き気止めと、痛み止めを出しておく」
「分った」
それで私は診察室を出て、再び待合所の椅子に座った。
すぐに看護師に呼ばれて、私は処置室と書かれた部屋へ入った。
体重・身長を測定し、血圧を測り、体温を測る。
次いで入院に関するレクチャーをざっと受けた。
私は冷静な積りでいたが、どうやら少なからずショックを受けていたらしい。
看護師の説明がほとんど耳に入ってこなかった。
手術の前日に入院するのだけは理解できた。
入院手順が書かれたパンフレットに来院日時と時間を記入してくれる。
それから肺活量を計るように言われ、外科のある2階から1階へ降りた。
心電図・肺活量測定とプレートに書かれた部屋で受付をする。
マウスピースみたいな物を咥えて、息を吐き出した。
思わずむせる。確かに肺も犯されているらしい。
再度試して、今度は何とかこらえた。
思いの外低い値だったが、何とか手術には影響のないレベルらしい。
何のためなのか疑問に思ったが、全身麻酔をすると呼吸量が落ちるので必要なのだと、説明を受けた。
支払いを済ませて駐車場へ行き、車に乗り込んで一息ついた。
自販機で買ってきたお茶を半分ほど一気に流し込む。
そのままシートに座り、何を見るともなく前方に視線を投げ、しばらく放心していた。
我に返ると今度は、家族にどう話そうかと考えた。
差し当たって、それが一番の難問だった。正直目の前で泣かれると辛い。
だがそれは避けられそうもなかった。
重い心を引き摺りながら、私は車のキーを捻った。
つづく・・・(次があるかどうかは、気分次第!あしからず)
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○胃癌の情報サイト
『胃がん.com』
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ガンのコミュニケーションサイト
『カルテポスト』
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