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コンカヴェナトル2014




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コンカヴェナトルの前肢の尺骨には、羽軸こぶquill knob状の構造があり、羽毛のような繊維状構造があったと考えられている。なぜ前肢のこの部位に、長い羽毛などの繊維状構造が発達したのだろうか?
 二足歩行の獣脚類にとって前肢は自由に動かせる部分であり、よってディスプレイ用の装飾構造を備えるのに適した部分だから、あるいはオヴィラプトル類のように抱卵のために腕に長い羽毛をもつことが有利だったから、といった生態学的な説明は古生物学でよくなされる。これらは目的論あるいは機能論的な説明である。また、ヴェロキラプトルの場合は、祖先のパラヴェス類が樹上性で小型の滑空動物だったから、その名残りである、とも考えられる。これは歴史的な説明である。しかし実際にこれらの恐竜の体の中で、前肢のこの部分に特に長い羽毛が生える理由、つまり機械論的なメカニズムについては、推測するしかないだろう。ある特定の動物の系統に特異的な形態形成の機構について、重要な手がかりを与えてくれるのは進化発生学である。

つい最近、東北大学の田村教授のグループによる非常に興味深い研究が報告されたので、簡単に紹介したい。鳥類に特徴的な形態とゲノムを結びつけようという試みである。
 現在では多くの生物について全ゲノム情報が蓄積しつつある。鳥類については、つい最近まで3種の鳥(ニワトリ、シチメンチョウ、フィンチ)の情報しかなかったが、最近、中国のゲノム研究機関BGIによって45種の鳥類の全ゲノム配列が決定された。これは大変な仕事で、哺乳類でもまだ二十数種のゲノム情報しかないという。そこで研究チームは、これら48種の鳥類で保存されていて、かつ鳥類以外の9種の脊椎動物にはないゲノム配列を抽出した。つまり鳥類に共通していて、かつ特徴的なゲノム配列を取得したわけである。多数のゲノム配列が得られたが、その多く(70%以上)はエクソンやイントロンではなく、遺伝子間配列であった。つまり遺伝子そのものではなく、遺伝子の発現を制御するエンハンサーなどの制御領域(シスエレメント)が多いということである。
 次に、そのうち100個のゲノム配列の近傍にある遺伝子を探索した。ゲノム配列の上流、下流10kb以内で直近の遺伝子を同定した。次いで、その100種の遺伝子について、ニワトリ胚を用いたin situ発現スクリーニングを行った。つまり100種類のプローブを作り、in situ hybridizationでニワトリ胚での遺伝子発現パターンを観察するわけである。田村研の主な興味は四肢の発生にあるので、その中から四肢の原基(肢芽)で発現し、特異的なパターンを示すものを選択した。さらに、それらの中で、マウス胚やヤモリ胚の肢芽には発現しない遺伝子、つまりニワトリ胚に特異的なものを探すと、4種類の遺伝子が得られた。
 そのうち1個の遺伝子Sim1は、マウスなどでは体節や腎臓などで発現することが知られている。Sim1は、マウス胚やヤモリ胚の肢芽には発現しないが、ニワトリ胚では肢芽の後縁の、風切り羽の生える位置に特異的に発現していた。Sim1の発現する部位では、羽毛原基で発現するShhやBMP4といった遺伝子の発現がみられた。(ただしShhやBMP4は羽毛原基のできる場所なら全身どこでも発現するものである。)そしてSim1の近傍のゲノム配列は、48種の鳥類の間では非常によく保存されていた。カメ、ワニでもある程度の相同性がみられた。その他の脊椎動物では、アライン(なるべく相同性が高い部分が一致するように並べること)できないくらい似ていなかった。ワニなどの主竜類で前兆がみられることから、この配列はトランスポゾンのように突然挿入されたものではなく、祖先の主竜類で徐々に獲得されてきたものだろう、という。
 羽毛の起源を論じる際に、ワニの四肢にある大きめのウロコが云々という話がされてきた。カメ、ワニのゲノム配列にもある程度兆しがあるということは、これがあながち無関係ではないことを意味するかもしれず、大変興味深いことである。現生動物の中で鳥類に特徴的なゲノム配列ということは、その中に恐竜に特徴的なゲノム配列が多数含まれているはずである。その意味でも、このラインのプロジェクトは注目に値する。少なくとも風切り羽をもっていた獣脚類では、この部分にSim1の発現があり、特別な羽毛が生える位置を指定することができたのだろう。コンカヴェナトル胚の前肢芽にもSim1の発現があった可能性は高い。

参考
田村宏治「鳥類を特徴づける形態と発生機構とゲノム配列」第37回日本分子生物学会年会、2014. 11. 26

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