goo

メガロサウルスの特徴(前編)


先日の地球ドラマチック「イギリス恐竜図鑑(1)」の中で、メガロサウルスの標本を並べるシーンがあった。歯骨と上顎骨が置いてあるところに、前上顎骨を並べていた。オックスフォード大学自然史博物館には、確かにこれらの骨の展示があるらしいが、結論からいうとこの前上顎骨はメガロサウルスではないはずである。歴史的にどこかの時点でメガロサウルスとされたが、後に除外された標本と思われる。また上顎骨もバックランドのオリジナル(シンタイプ)にはなく、後から追加されたものである。それでは現在、どの標本までがメガロサウルスなのだろうか。そして何がメガロサウルスの特徴なのだろうか。
 「メガロサウルスは、初めて学問的に記載された恐竜なんだよ。」とウンチクを語りたいお父さんも、子供に「特徴は何なの?」と訊かれて一言も答えられないようでは困るのではないか。「ええと、断片的だから‥‥大きな頭には鋭い歯があって、前肢は短くて後肢は長くて‥」「それは一般的な獣脚類の特徴だよ!」「‥‥」

 英語版Wikipedia には100個もの参考文献があるが、Benson (2010) の論文を中心に読めば大体のことは分かる。これは、断片的な化石が多数ある場合に、どこまでを同じ種類とすればよいのかという、難しい問題の1つの例である。メガロサウルス自体よりもむしろ、そういう場合にどう考えればよいのかという考え方の面で、勉強になる研究と思われた。
 もう1つ、恐竜マニアの方々の中には、メガロサウルスの歯骨のレプリカをお持ちの方もおられるだろう。私もコピーのコピーのようなものを持っているが、どこが特徴なのかがわかれば、より楽しめるというものである。


メガロサウルスの危機

「世界最大の」や「ジュラ紀最強の」といった称号は、恐竜研究の進展によって変わってくるが、「最初に記載された恐竜」の名誉は不滅である。それほどの栄誉に恵まれたメガロサウルスだが、断片的な化石しか発見されないために、たえず研究上の困難がつきまとっていた。10年ほど前にも大変な危機に見舞われたようで、メガロサウルス自体が疑問名になりかねなかった。イギリスのプライドをかけたBensonらの精力的な研究によって、メガロサウルスは死守された。
 メガロサウルス属(Buckland, 1824)とメガロサウルス・バックランディMegalosaurus bucklandii(Mantell, 1827)は、イギリス・オックスフォードシャーのStonesfieldのジュラ紀中期の地層から発掘された一連の化石(シンタイプ)に基づいて記載された。その後、メガロサウルス属は世界中の獣脚類がとりあえず命名される、悪名高い「ゴミ箱」にされたことは有名であるが、メガロサウルス・バックランディに限っても、いろいろな化石がそう呼ばれた。イギリスやフランス北部のジュラ紀中期から白亜紀前期の、様々な産地からの多数の標本が、メガロサウルス・バックランディと呼ばれ、混乱を極めていた。そこでvon Huene (1923) によって、メガロサウルス・バックランディはオリジナルの地層であるStonesfield Slateからの化石に限定された。これらの標本はいずれも、同一個体ではない大型獣脚類の分離した骨の化石である。Holtz らの系統解析(Holtz 1994, 2000; Holtz et al. 2004)はこれに基づいて行われた。
 ところが、Allain and Chure (2002) は、Stonesfield産の大型獣脚類の骨には複数の種類が混じっていると提唱した。またDay and Barrett (2004) も大腿骨には2種類のタイプがあると確認した。つまり、メガロサウルス・バックランディの一連の標本は、キメラの可能性があるため系統解析に用いるべきではなく、その学名はレクトタイプの歯骨に限るべきと考えられた。これらの研究者は、歯骨だけからは他の獣脚類と識別できる特徴を見いだせなかったため、メガロサウルス・バックランディを疑問名nomen dubiumとした。これを受けてBenson et al. (2008) はレクトタイプの歯骨を再検討した結果、2つの特徴を見いだしてメガロサウルス・バックランディは有効な分類名とした。ただし、メガロサウルス上科の特徴はみられなかったため、系統的位置は不明の獣脚類とした。そのため、メガロサウルス科Megalosauridaeという用語も用いるべきでないとされた。つまり、歯骨だけになってしまったので、メガロサウルスがトルボサウルスやアフロヴェナトルなどのメガロサウルス類と近縁であるのかどうかも、わからなくなってしまった。
 大変な事態である。イギリスはジュラ紀中期の獣脚類化石を最も豊富に産出する地域なのに、メガロサウルスが同定できなかったり、系統が不明のままでは研究が進まないことになる。

そもそも19世紀以来の長い研究史の中で、メガロサウルスとされる多数の標本は、包括的に記載されてこなかった。特に、他の獣脚類と徹底的に比較した上で、固有形質や形質の組み合わせによって同定できる特徴(標徴形質)を定めるという作業が行われていなかった。一部の研究者は、メガロサウルスは断片的なため、他の獣脚類と識別できる特徴はないと記していた。
 Bensonはまず、Stonesfield のTaynton Limestone Formationから産出した獣脚類化石を徹底的に再検討した。その結果、Allain and Chure (2002)などが指摘した大腿骨などの形態的差異は、死後の変形や個体変異によるものと考えられ、分類学的に意味のある違いはみられなかったことから、Stonesfieldの大型獣脚類化石は1種類であると結論した(Benson, 2009)。これによりStonesfieldの多数の標本はメガロサウルスと考えられ、これらの研究によってメガロサウルスの特徴が定められた。するとその特徴を用いて、イギリス各地の同時代(ジュラ紀中期バソニアン)の地層からの標本の一部がメガロサウルスと同定された。


どこまでがメガロサウルスか

どんな恐竜本にも載っている、有名なメガロサウルスの模式標本(歯骨)は、ホロタイプではなくレクトタイプと呼ばれる。分類学を学んだ方には蛇足であるが用語説明を付する。
[用語(シンタイプ、レクトタイプ、パラレクトタイプ)]
原記載者が、ホロタイプを指定しないで複数の標本を記載した場合、そのすべてがシンタイプsyntypeと呼ばれる。原記載者がホロタイプを指定しなかったり、ホロタイプが失われたり、異なる種類が混じっているなどの誤りがあった場合に、後の研究者によって基準として選び直された標本をレクトタイプlectotype(選定基準標本)という。シンタイプの1つがレクトタイプに選ばれると、残りの標本はパラレクトタイプparalectotypeとなる。
 メガロサウルスの場合、Buckland (1824)が記載した一連の標本がシンタイプである。後にMolnar et al. (1990)の提案によって、歯骨がレクトタイプに指定され、残りの骨がパラレクトタイプとなった。

レクトタイプOUMNH J.13505 は、右の歯骨である。
パラレクトタイプには、1本の歯(所在不明)、後方の胴椎、仙骨、前方の尾椎、胴椎前方の肋骨、胴椎中後方の肋骨、右の腸骨、右の恥骨、左の座骨、右の大腿骨、左中足骨IIの遠位部が含まれる。Buckland (1824)はその他に、獣脚類のものではない骨の断片をメガロサウルスに含めていたが、それらは除外された。

その他に、Stonesfield産の以下の標本がメガロサウルス・バックランディと呼ばれる。2個の左上顎骨、右の頬骨、右の下顎後部断片、分離した歯、後方の胴椎、2個の仙骨、2個の仙骨断片、2個の前方の尾椎、3個の中央の尾椎、肋骨、左の肩甲烏口骨、4個の右の肩甲烏口骨、右の烏口骨、烏口骨の断片、左の上腕骨、右の上腕骨断片、左の尺骨、末節骨、5個の右腸骨、左の腸骨、右の恥骨、左の座骨断片、3個の右大腿骨、3個の左大腿骨、3個の右脛骨、3個の左脛骨、2個の左中足骨II、右の中足骨III、左の中足骨IV 。

Stonesfield以外の産地としては、グロスタシャーのNew Park QuarryのChipping Norton Limestone Formationなどがある。New Park Quarry産の左の上顎骨と部分的な仙骨は、Stonesfield産の骨と同じ特徴を示すので、メガロサウルス・バックランディと呼ばれる。New Park Quarryからは他にもメガロサウルスとほとんど同じような大型獣脚類の骨が見つかっているが、特徴がないために暫定的にメガロサウルス・バックランディとされるに留まる。

グロスタシャーのOakham QuarryのChipping Norton Limestone Formationからも化石が見つかっており、そのうち左の座骨と左の中足骨IIIはStonesfield産の骨と同じ特徴をもつので、メガロサウルス・バックランディと呼ばれる。しかし、Oakham Quarryの大型獣脚類の骨には異なる種類と思われるものがあるので、同定できない骨はメガロサウルスと呼ぶことはできないという。(このあたり、ちょっと不安にさせるものがある。)

グロスタシャーの産地不明のChipping Norton Limestone Formation(おそらくはNew Park Quarry)から産出した、左の上顎骨と2個の左の歯骨は、特徴からメガロサウルス・バックランディと同定できる。他の化石は同定できないので、メガロサウルス・バックランディと呼ぶことはできない。

その他、Sarsgrove のGreat Oolite Group からの右中足骨IIIと、Workhouse Quarry のSharp’s Hill Formationからの右肩甲骨は、特徴からメガロサウルス・バックランディと同定される。

Benson (2010)の骨格シルエットでは、上顎骨、頬骨、肩甲烏口骨、上腕骨などがあるのでStonesfield産の標本で構成されていると思われるが、微妙に控えめである。末節骨は描かれていない。中央の尾椎は3個はあるはずだが、同じ位置のものが重複しているということか。
 結局、Stonesfield産の大型獣脚類はメガロサウルス。他の産地のものは、同じ特徴を示す標本がメガロサウルスで、同定できないものはそうはいえない、という状態である。
 Oakham Quarryのように異なる種類が存在するということは、同時代のイギリスに他の大型獣脚類が生息していたということだから、Stonesfield産の標本の中にも区別できない近縁種が混じっている可能性は否定できないのではないか。現在のところ、1種である可能性が最も高いということだろう。関節状態でも交連状態でもなく単離した骨というところに、次元の違う困難さがある印象である。

つづく
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )