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肉食の系譜
シギルマッササウルスの反撃(7)
「ネオタイプ」の問題点
「細かい分類学的違いはともかく、復元姿勢はどうなのか?四足歩行で確定なの?」と思う人は、Evers et al. (2015) の論文の70ページあたりから読むと面白いことが書いてある。Evers et al. (2015) はシギルマッササウルスの研究なので、主に分類についての反論で、スピノサウルスの復元像について論じているわけではない。しかしIbrahim et al. (2014) の「ネオタイプ」について、これをスピノサウルスのネオタイプとは認められない理由を詳細に説明している。
Ibrahim et al. (2014) の「ネオタイプ」が同一個体なら、もちろん四足歩行となる。またStromer (1934) の“Spinosaurus B”も同一個体とすれば、シギルマッササウルスと“Spinosaurus B”が同じと考えると、シギルマッササウルスも四足歩行を免れない。しかし厳密にはどちらも、同一個体である確かな根拠は得られていないらしい。不確定なことが多く、わからないというところである。
Ibrahim et al. (2014) の論文中に書かれているとおり、ネオタイプとされる部分骨格の大部分は、著者ら研究者の発掘チームによって発見されたのではなく、地元の採集者から購入したものである。化石の一部は2008年にカサブランカ大学によって購入され、また別の一部は2009年にミラノ自然史博物館によって購入された。共にどの部分であるかは書かれていない。その後著者らが地元の採集者を探し当て、発掘地に案内されて発掘調査を行った結果、多数の追加の骨が発見された。やはり、どの骨であるかは特定されていない。
このように化石の産出状態についての情報が全くなく、発掘地についての詳しい情報もないという。ケムケム層の脊椎動物化石は多くの場合、複数の種類を産するボーンベッドから見つかるので、このような情報はこれらの化石が確かに同一個体かどうか判断するうえで極めて重要であると、Evers et al. (2015)は述べている。間違いなく同じ発掘地から発見されたことが示されてもなお、確かに同一個体かどうか立証されるべきであるという。
ネオタイプのうち脊椎骨同士や、後肢の骨同士は大きさや形態が一致する。問題はもちろん、脊椎骨と後肢・腰帯が同一個体かどうかということである。さらに恐ろしいことがさりげなく書いてある。モロッコの採集者や化石業者は、異なる場所由来の化石を、大きさや形態が一致するように揃える傾向があるというのである。そこを疑うと、もはや何を信じてよいのかという感があるが、確かにありそうなことにも思える。
筆者(theropod)が思うに、当然この採集者に聞き取り調査をしたであろうから、もしも半径何m以内から見つかったとか、頭骨の破片、頸椎、胴椎、腰帯の順に並んでいたとかの情報があれば、有力な根拠として論文中に書きそうなものである。何も書かれていないということは、有用な証言は得られなかったということだろう。
Ibrahim et al. (2014) は、ネオタイプのプロポーション、つまり脊椎骨と比較して後肢が小さいことについて、このような異常なプロポーションは“Spinosaurus B” にもみられることから、同一個体であることが支持されるとしている。しかしEvers et al. (2015)によると、ネオタイプと“Spinosaurus B”では、後肢の解剖学的特徴がかなり異なっているという。同一種でなければ、「支持する」根拠にはならないわけである。
Ibrahim et al. (2014) のFig. S2は、ネオタイプと“Spinosaurus B”のそれぞれの骨を比較し、類似を示している図である。しかし両者に共通する具体的な特徴は記されていない。また、この中にはcervicodorsal vertebra (C10-D1) の写真(デジタル画像)があるが、この骨はネオタイプの復元骨格図にも標本リストにもない。標本番号も付されていないのでどの標本か不明であるが、この骨はネオタイプに含まれる標本ではないようだ、とEvers et al. (2015)はいっている。ミラノ自然史博物館の所蔵リストにcervicodorsal vertebraとあるので、それかもしれない。確かに、ネオタイプと“Spinosaurus B”が似ていることを示す図に、ネオタイプではない標本が載っているのは不自然である。
ネオタイプに含まれる頸椎は、軸椎(C2)と第7頸椎(C7)なので、“Spinosaurus B”と比較することはできない。また、Evers et al. (2015)はシカゴ大学にあるネオタイプのレプリカを観察した結果、第7頸椎の特徴はシギルマッササウルスとは一致しないといっている。例えば、三角形の台座やキールはみられない。
実はStromer (1934) は、スピノサウルスと“Spinosaurus B”が異なる点として、神経棘の形態をあげている。胴椎の神経棘の基部が、“Spinosaurus B”では平行であるが、スピノサウルスでは上方に向かって広がっている。ネオタイプの胴椎の神経棘の基部も、やはり広がっている。つまりネオタイプは、この点で“Spinosaurus B”とは異なり、スピノサウルスと似ているのである。それにもかかわらず、Ibrahim et al. (2014)はこれら3つがすべて同一種としている。
Evers et al. (2015)は、ネオタイプと“Spinosaurus B”の後肢の骨について詳細に比較している。特に脛骨の形状(骨幹中央の幅と奥行きの比率)については、ネオタイプと“Spinosaurus B”の違いは、“Spinosaurus B”と他のテタヌラ類との違いよりも大きい。そのためこの違いが個体変異の範囲内とは考えられず、ネオタイプと“Spinosaurus B”は別の種類だろうといっている。
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