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シギルマッササウルスの反撃(8)



まとめの図

まとめ
つまり、どういうことだってばよ?比較する標本が多くて混乱しますよね。私もしばらくしたら忘れそうなので、まとめを作っておいた。

1) スピノサウルス(ホロタイプ)と“Spinosaurus B”は異なる。
2) シギルマッササウルスは、“Spinosaurus B”と似ている。
3) シギルマッササウルスは、スピノサウルス(ホロタイプ)とは異なる。
4) ネオタイプは、“Spinosaurus B”とは異なる。
5) ネオタイプは、シギルマッササウルスとも異なる。
6) ネオタイプは、スピノサウルス(ホロタイプ)と似ている。

じゃあやっぱりネオタイプは、スピノサウルスでいいんじゃん。と思う人もいるだろう。Evers et al. (2015) は、このネオタイプがスピノサウルス・エジプティアクスと同一種とする根拠は不十分であると考えているが、似た特徴をもつことは否定していない。ネオタイプとスピノサウルスの詳細な比較考察は、Ibrahim et al. (2014)が行うべきである、とも述べている。
 もしもIbrahim et al. (2014)が、「スピノサウルスと“Spinosaurus B”は異なり、“Spinosaurus B”はシギルマッササウルスかもしれない。それに対して、今回の部分骨格はスピノサウルスと似ているので、ネオタイプとしてふさわしい。」と論じていたら、ヨーロッパ勢も異論はなかったのかもしれない。ところが実際にはIbrahim et al. (2014)は、これら全部をひっくるめて同一種としている。このことに対して、Evers et al. (2015)は総力を挙げて反論しているのである。
 

それにしてもこれらの文献を読んでいると、いろいろなことを考えさせられる。一つは、非合法の盗掘ではないとしても、化石業者や化石マーケットの存在によって古生物学の研究がかなり歪められていることである。モロッコの採集者が信頼できる人物であったとしても、重要な情報を忘れたり記憶違いすることもあるだろう。化石の価値を高めるための虚偽の証言については言うまでもない。そのような人為的な要因に大きく左右されるようでは、自然科学の研究といえるのだろうか。
 Evers et al. (2015) のロンドンやミュンヘンの標本も、化石業者から購入したバラバラの化石であり、多くの重要な情報が失われてしまっている。同じ種類と判断された複数の骨が、実は産地や生息年代が多少異なるものかもしれない。

Ibrahim et al. (2014) とEvers et al. (2015) のそれぞれの主張を読むと、セレノらとヨーロッパ勢では、研究に対する考え方のカラーというか、目指すところが違うような気がする。
 学問的に厳密なのはヨーロッパ勢のようにみえる。分類学の基本を守り、別々の部分骨格がある場合は共通する骨がある場合のみ比較し、あくまで解剖学的特徴に基づいて判断する。苦労して脊椎骨の位置を決定し、比較できるもの同士を詳細に比較し、同種あるいは別種と評価する。また過去の研究者が何を観察し、どう考えてどう記載したかを非常に尊重している。そうした緻密な論理を一つ一つ積み重ねて、結論を導き出している。そのレベルの詳細なデータによってシギルマッササウルスを確立してきた研究者からみると、形態学的根拠もなしにそれを台無しにされるのは許せない、という感覚ではないだろうか。
 一方でセレノ側も、当然シギルマッササウルスなどの複数のスピノサウルス類の可能性は意識しているだろう。しかし細かい分類学的問題よりも、新しい骨格の発見とともに、四足歩行の姿勢や後肢の骨が中空でないなど、水生適応という新しいコンセプトを提示することが、より重要でインパクトがあると考えたのではないか。サイエンスなどの雑誌は話題性を重視するので、後でひっくり返ることもある。もし間違っていたら後の研究によって訂正されるからそれでいい、というくらいかもしれない。また、このせっかくの機会に、謎の恐竜の全身復元骨格を作ることを重視したようにも見える。世界中の恐竜ファンや博物館からも歓迎されるのは言うまでもない。
 イブラヒム博士はアラブ系の名前だがヨーロッパ出身のようなので、アメリカ青年の代表ではない。しかしこれらの論文のカラーは、「100年間謎だったスピノサウルスを全身復元したい。それが世界の恐竜ファンの夢なんだ。」というアメリカ青年に対して、ヨーロッパの老教授が「学問とはそういうものではない。スピノサウルスは、まだ復元などできぬ。それを受け入れよ。」と叱っているようにみえる。


このシギルマッサシリーズで、Hendrickxの方形骨の研究も扱うつもりだったが、あまりに長くなるのでいったん終了します。

参考文献
Evers et al. (2015) A reappraisal of the morphology and systematic position of the theropod dinosaur Sigilmassasaurus from the “middle” Cretaceous of Morocco. PeerJ 3:e1323; DOI 10.7717/peerj.1323
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