ブナの徘徊とカヤの旋回の違いは、その歩き方の慎重さにある。カヤがうちに来た当初は、同じ場所でハイスピードに回り続けることもあったけれど、今は多少この家に慣れ、だいぶ落ち着いたせいか、神経が高ぶって旋回し続けるといった過敏な行動はかなり少なくなった。
典型的な痴呆症の症状として、歩みを緩めることなく、突進していくかたちで徘徊し、思い切り壁やドアにぶつかることがあったブナに対して、カヤは長い間目が見えなかったためか、歩き方がブナより慎重な気がする。
ああ、ブナ……、痛かったろうに。防ぎ切ってあげられなかった悔恨の念が湧いてくる。思い切りぶつからないにしても、カヤだって怖いだろうし痛いだろうから、どうのようにガードすればいいか、思いを巡らせていた。
そして鼻先に少しでも触れるものがあると立ち止まるカヤの姿を見て、ふと思い付いた。カヤの鼻先がダメージを受けることなく物があることをキャッチできるようにすればいいのではないか。そこで、ぶつかりそうな場所に布を垂らすことにしたのである。
ふわっとした布が鼻先に触れるとカヤは立ち止り、進む方向を替える。もちろんぶつかってしまうこともあるけれど、多少は布が緩衝材の役目をしてくれるのではないか。
ということで、至る所に布がひらひらした室内になったのであった。