先日、NHKのBSで“コロナに揺れる多国籍タウン~新大久保~”を放映していた。“新大久保”は、アジア人など人口が増えて賑わっているらしい。このテレビ放映を見て思ったことは、次のとおりである。
行政機関に貼られている「変わる時代、変えるスタイル、未来志向」の標語ではないが、“まち”は時代と共に変わっていくのである。そして、私たちの生活スタイルも変えざるを得ないのである。
現に、地方への移住がはじまり、東京一極集中が排除され、リモートワークが始まっている。人口が増えれば新大久保のように、商魂たくましく色々な店が出来て賑わうが、人口が減れば、“まち”は朽ちていくのである。
20年前、釧路地方(十勝の55%)の炭鉱町にあった「雄別炭鉱」を見てきた。かつて約1万5千人が住んで賑わっていた炭鉱町であるが、昭和30年代後半以降、エネルギー革命による石油へのシフト、海外炭との競争や相次ぐ炭鉱事故などにより、1970年(昭和45年)に閉山した。
昔は映画館やダンスホールなどもあったが、現在、シカやヒグマしかいない無人のまちになっており、病院やスーパー(購買部)は心霊スポットになり朽ちていた。
炭鉱町の夕張市も、かつて11万人超の人口であったが、現在は8千人を割っており、実に15分の1以下である。夕張市は、2007年に財政破綻し国の管理下に置かれているが、同じ財政破綻の都市に、2013年のアメリカの“デトロイト市”がある。
最盛期には、自動車産業の都市として人口170万人もいたが、現在は約70万人で犯罪のまちとして有名であるが、最近、ゴーストタウンからロボットの都市として再生を遂げてきているらしい。
都市は、時間と共に変わっていくのである。なお、日本で一番人口が少ない“市”は、かつての炭鉱町であった北海道歌志内市で、2020年5月末現在、3,080人である。
「十勝の活性化を考える会」会長
注1) 新大久保駅
新大久保駅は、東京都新宿区百人町一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)山手線の駅である。
[概要]
当駅には環状線としての山手線電車のみが停車し、それ以外の列車は通過する。
西武新宿駅 - 高田馬場駅間で並走する西武鉄道新宿線も、山手貨物線の東側を通過している。山手線の単独駅は当駅と目白駅のみである。
[駅周辺]
駅前には大久保通りがとおり、中央線大久保駅まで約300m。駅西側の百人町は昔から楽器店が多い事で著名。
また、アジア各国の民族料理店も多く立地する。駅東側は韓国料理店や韓流グッズ店が連なる東京のコリア・タウンとして有名である。
注2) 雄別炭鉱
雄別炭鉱は、北海道釧路市(合併前の旧阿寒町)に存在した炭鉱。
1919年(大正8年)12月7日に北海炭礦鉄道株式会社が創業。 翌年、鉄道の敷設と炭鉱の開発が開始された。 1923年(大正12年) 1月17日に鉄道が完成し、炭鉱の操業が開始されるが、1924年(大正13年)に三菱鉱業(現在の三菱マテリアル)が買収し、以後、子会社として分離されるなどの経緯はあったが三菱財閥系の炭鉱として存続した。
1964年に最大出炭量を記録するも、エネルギー革命の波には逆らえず、さらに1969年に茂尻鉱坑内爆発事故を起こしてしまったために出炭を中止。翌1970年には閉山に追い込まれた。
山間僻地であったことから、閉山直後より企業城下町となっていた集落群は無人地帯となった。病院などの施設は現存しているが放置されている。
なお、雄別周辺は国有林であり、現地へ行く際は入林許可を受けなければならない。また、周辺はヒグマの生息地でもある。現存する建物は荒廃が進んでいる。携帯電話も圏外となる。
2007年(平成19年)に経済産業省が近代化遺産として認定したため、保存に向けた動きも出てきている。
(出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)