思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

鬱病の季節

2005年11月22日 | Weblog
ヨーロッパでは太陽が少なくなる冬は鬱病の季節と言われているそうです。
確かに午後4時半頃になると、あたりが暗くなり闇が迫ってきます。
物悲しさを通り越して、一気に闇の世界に引きずり込まれるような日々が続きます。

女房の母親がまた鬱病の傾向が見え始めたと介護のおばさんが言ってるらしい。
周期的にうつがやってきます。
もう80歳ですがひとりで住んでいます。
子供3人おりますが誰も引き取る気はありません。
女房もなんだかんだと理由を見つけて引き取ろうとはしません。
私のお袋を引き取ることに女房は猛反対したことも、その理由にしています。
亭主のお袋を断っているのに自分の母親を引き取る訳にはいかないという訳です。

話していても目をそらすようになる、目をあわそうとしない。
普段お喋りなのに突然口数が少なくなります。
介護サービスで届けられる食事も「まずくて食えない」と言い出します。
入院すると言い出す。そして時々入院します。
前回は腰が痛くて歩けないと言い出して車椅子が必要と準備させられました。
しかし、病院では車椅子なしでスタスタ歩いているところを見られています。

女房もヤバイと思って電話とか訪問とかチョクチョク回数を増やしますが、うつの坂を転がり始めるとトコトン行くようです。

太陽の光が少なくなると、人間の体とか心理は微妙に反応するようです。

交響曲第9番

2005年11月22日 | Weblog
第9のレッスン講師の話。
音楽評論家のベートーベンへの評価は、2つに分かれるらしい。
酷評する人と絶賛する人と。
これほどに評価が分かれる作曲家は珍しいんだそうです。

交響曲第9番が完成した時は、ベートーベンの耳は既にまったく聞こえない状態だったそうです。
そんなんで作曲できる?。
恐るべし人間の能力。
第9番の初演はベートーベン自らが指揮棒を振ったそうです。
演奏が終わり割れるような拍手、しかしベートーベンの耳にはまったく聞こえずに指揮の助手に聴衆の方に振り向かせてもらって、初めて拍手にきずいたとか。

第4楽章が我々も歌に参加する「合唱」の部分です。
原作シラーの「歓喜によす」という詩が歌われます。

そしてその終章の部分の組み立てが、ベートーベンを酷評する評論家でさえ絶賛するのだそうです。
私にはよく分かりませんが、念のため忘れないように記録しておきます。