最近増えているのが、人生最後のなんちゃら。
秋になって冬支度しているのだが、ツイードの背広もコートも靴も既存品ですべて間に合ってしまう。これらは買った当初から一生ものの丈夫なものを仕込んでいて、しかも、年季が入るほどますます気に入るという感じで、したがって、新しく買う理由がない。押し入れも狭いし。
考えてみれば、もう新しいものを取り入れないということになれば、それが人生最後のなんちゃらになるわけである。拡大して考えてみるに、おそらく、もう二度と結婚することもなければ、子供をもうけることもない。 45にもなれば、人生最後が必然多くなる。
小中学生の頃は無限に可能性を想像したもので、それが好きだったが、歳を重なるにつれて可能性は小さくなる。ごくごく当たり前のことだ。冬支度をしていて、自分の人生の春秋という、そんなことを深く思い知らされる秋である。