夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

石垣の国

2012年12月17日 11時08分02秒 | 日記
 かつて駐日米大使ライシャワー氏は日本を評して”必要に応じて石垣のように組み変わる国”と言われた由。また第二次大戦終了後のある時、アメリカの誰かが当時の中華民国の政治家に日本の事を”あの国は一夜にして変わる”とアドバイスした由。
 今回の選挙はまさにその様子を見せつけた。無論、議会制民主主義の国であれば選挙によって姿が変わりはする、が、日本のように振り子が大きく揺れることはないのではないか?玉音放送で皇居前に出向いて土下座して泣きくすれた翌日からあれほど叫んだ鬼畜米英をさっさと捨てて新しい生活に向かう節操の無さはどこから来るのか?
 思うに、例えば式年遷宮であるが伊勢神宮を20年に一度建て替える。酒はどうか?”新しい酒”を喜ぶのは日本人だけではなかろうか?”古いものは尊い”と日本人はあまり考えていないのではないか?新しいものに興味津々で跳びつく、真似してみる、見方によっては全く節操がない、が、逆に融通無碍とも言える。にも拘わらず社会生活にはかなり厳格な慣習しきたり常識があり森光子さんの葬儀に来たある女優のあのファッションは何と言うことか、と指弾される。
 組み変わる単位である石は変わらない。明治維新で組み変わた石垣はやがて西欧を圧倒してその植民地を奪った。敗戦でまた組み変わった石垣はやがて戦勝国で当の石垣を組み替えた張本人を脅かし始めた。その頂点がトラストミーの兄さんだ。流石にそれは拙いと考えたか今回また大きく組み変わった。今度は何を始める積もりか??と、多分、歴史を知っている外国は期待と不安を交錯させているのではないかな。
 外国にとって最も都合が悪いのはこの国民が危機感を共有し始める時である。石垣は組み変わり人々は団結する。17世紀当時世界一の戦闘力を持って狭い島の中で戦を演じていた、そのDNAは別に失われていないのだ。腰の刀が重くてたまらぬ、と嘯いていた侍共が太平の眠りを醒まされた時一夜にして殺伐な武力集団に組み変わったことを想起しなければならない。
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惨敗の責任

2012年12月17日 08時17分20秒 | 日記
 民主党惨敗した。野田総理は責任をとって辞任とのこと。個人的には何故野田総理が責任なのかわからない。確かに、国防軍と言う案に対して実質は同じなんだから今のままでいいじゃないか、との発言には腹が立った。自衛隊の現場が分かっていない、隊員の複雑な事情を全く理解していない、それで最高指揮官か?との思いで腹を立てた。
 しかしそれ以外ではよくやった、と思っている。根っからの自民党支持者がそう思ったのだ。民主党を崩壊寸前に追い込んだ責任の多くが国民を誑かして政権奪取などと画策した二人にあると思う。手下を大勢引き連れての”共産政権への諂い”、天皇陛下に指図した僭越、友愛だのトラストミーだのと言うザレごと、・・・もう既にここで国民の多くが”しまった!”と思った筈だ。さらに復興大臣の傲慢な発言、何のゆえか隣国への異常な配慮厚遇、非国民大臣、・・・このようなものに国民は嫌悪感を持った筈だ。これらが積み重なって”こんな連中にさせておいては将来が不安だ”と言うのが国民の意識だろう。
 さらにそのダメ押しが”沈む船から逃げ出すネズミ”の行動だろう。だから人々は”未来の党”などに目もくれなかった。”卒原発”・・・コレハ売れる!と思ったか?そして急遽新党を作る、これを国民は”さもしい根性”と見ただろう。
 大河ドラマ”清盛”がまるっきり浮かばれない、当たり前だ、”埃っぽい平安時代の様を受け入れるだけのレベルに達していない”だとか、・・つまりは国民が幼稚だと見くびっているのだろうが・・・エセ学問をし過ぎた御蔭で日本人の美意識、日本人が現実をさておいてあらゆるものを美化させようとの傾向がある事、日本が”型”の国であることを全く洞察できなくなっているのだ。
 つまり逃げ出すネズミを国民は軽蔑したのさ。
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中国人の性格と尖閣

2012年12月17日 06時46分19秒 | 日記
 蒲松齢の”聊斎志異”なる明の時代の怪奇物語を読むと中国人の性格がよく判る。威勢良く大声で喧嘩を売る、出来るだけ多くの人前で喧しく自己主張する、しかし一発喰らうとシュンとなって縮み上がる、騙す、おだてると頭に乗る、等々、日本人と相当異質である。まあそう言う性格が象徴的に現われているのがジャッキー・チェンのカンフー映画だろう。
 ここをよく考えてお付き合いしなければならない。一歩退けば一歩踏み込んでくる、相手の立場を慮って遠慮すればそれを好機と捉える、どこやらの海底油田開発で日本は相手も日本人と勘違いしてそんなアホな間違いをしたね。
 尖閣は台湾の太平洋側にある。仮にここに中国が常駐したら台湾は囲い込まれたようで不安が募る。一方アメリカは台湾・琉球の防衛戦の外に中国が出て来た、と言うわけで非常に面白くない。”そうだろうが・・・?!”と私なら台湾とアメリカに言う。さらにロシアに”北方4島を勝手に占領するのはよろしくない、本当は満州が欲しいのではないか?”と外部に聞こえるように言ってみる。まだある、イスラム教は本来平和を愛好する寛容な宗教で、同じイスラム教の国ならば中東諸国と連帯も出来るね、とウイグル族に秋波を送る。
 そして尖閣で一戦交える用意があるゾとの姿勢を示す。すると今までの経験を踏まえれば反日デモが起きる、それに紛れて暴動に収集つかなくなる。それくらいの悪巧みをする政党が欲しい。明治の政府はやった、やってロシア革命を起こさせたのではなかったかな?
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もし今から結婚相手を探すとすれば・・・

2012年12月17日 06時08分55秒 | 日記
 鉢担ぎ姫の物語、シンデレラの物語、お庄屋の嫁選びの物語、等は男の妻選びの急所を突いている。さらに、歴史を眺めると、貴種の男が都と地方の領地を行き来する間にそこここに種をバラマキ、後になってそこから大きな花が咲いた、と言う例を多く見る。また言う、『嫁女は納戸の隅から取ってこい』と。或いは浅井家三姉妹の生涯を見ると溜息ものだ。
 人類の不幸の種を誰が蒔いたかと言えばエデンの園で最初の女エバだった。ヘビの言う話を”自分で考え、自分で判断した”のだ。”アダムから食べてはいけないと言われています”と言うことも出来た。
 これらのことを考え合わせると、”理知的な、個に目ざめた”女性にはまことに心外な話であろうが、人類の知恵は”女の徳とは童女の純粋さと一途な心”であってそれ以外の、今日大多数の人々が高評価する外見上のものではないと暗示していることが推察される。
 今もし僕に妻選びの機会が与えられるとすれば、多くが羨望の目で見ている(のではないかと思う)女子アナやテレビに現れる女性は最初から慮外とする。藤沢周平氏の作品に時々出てくる遠慮がちで純情な百姓女や家格など眼中にない一途さを持った女性を選ぶ。
 若い頃、実はそう言う女性と知り合い、行き来があった。しかし家柄自慢(大したもんでもないのに)センスうぬぼれ(自称モダンガール)で、その本音は”アタシのボーヤ”を懐から離したくないバカ母親からブチコワシにされてしまった。
 男たち、”カワイイ”女を選べ。才たけてみめ麗しく、なんてのは詩人のザレゴトである。浅井三姉妹のうち、童女のような天真爛漫さを持っていた”江”が最も幸せだった理由を考えよ。女が(失礼ながら)能力低くとも男が優秀であれば概して子供は優秀である。が、その反対は少ないようだ。頭の悪い男と結婚した優秀な女の失意は何とも・・・
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