夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

国の借金1000兆円

2012年12月25日 12時29分10秒 | 日記
 国の借金1000兆円近い、との話をここ10年ばかり聞かぬ日はないと言っていい。メディアやニュースキャスター(って言うのかな?)がしたり顔にドースルンダ、ドースルンダ、セーフ、ドースルンダ、と鬼の首でも取ったように言う。
 国の借金と言うから何処の国から借りているんだろうと考えて見た。すると、日本にカネを貸せるような金持ち国は日本以外にないことに気がついた。すると、・・・日本国はどこからもカネを借りていないんだ、”だったら何故『国の借金』と言うのかな?”と考えて気が着いた。”ヤロー謀りおって!”日本国が借金しているのではない、日本国『政府』が借りているのだ。誰から?・・・国民から、もっと詳しく言えば銀行に預金出来る国民や組織から・・・。
 で、そのカネを何に使っているのかな、と考えた。答えはすぐ判った、年金だとか補助金だとか医療費その他色々たくさん。偶々今朝、定期診察に行った。待合室にそろいもそろって老人ばかり満員に詰めかけている。なるほどね!要る筈だと、金が、政府は、今の社会福祉を維持するには、と思った。
 理科系人間だから物事を単純化、無次元化して考える癖がついている。帰り道、これは要するに・・・と考え、玄関に入る頃二つの説明を思いついた。
 要するに政府とはポンプである。カネのあるところから汲み上げてないところに給水している。無論税収の不足分を、であるが。しかし給水されたところが全部吸い取ったらカネのある所もやがては枯れる。”循環”するようにしなければならないのだな、だから江戸っ子は”カネは天下の回りモノ”と言って宵越しの金を残さなかった・・・なーるほど、確かに幕末に日本にやって来た西洋人は書いているよ、日本人は給金をさっさと使ってしまう、って。
 ところが”国の借金、国の借金”とメディアが騒ぐものだから国民は心細くなって使わなくなってしまった、つまりこれがデフレだな、すると!・・・何モノかが意図した気配があるな、と邪推癖、猜疑心の強い私は考えた。
 要するに、政府がバチ被ってカネのある人々からない人々に回しているのだ。だったら知らずして陰徳を積んでいる人々も居るのだ。一方で助けてもらっておいてそれを外国旅行などに使ってしまい、助けた方に還流させないものや、タンスだのカメだのに仕舞い込むものもいるだろう。強者必ずしも悪ならず、弱者必ずしも義ならず。
 歳入の大きな部分が税金だろう。子供がお母さんから毎月お小遣いをもらって猫を飼っている。子猫が沢山出来てエサ代が足らなくなった、で、肩叩き券を発行してお母さんから少し援助してもらう、つまりこれが国債だろうな。でも肩叩き券が箱いっぱいになっている、ホントーに肩叩くの?というのが日本の今の状況、ネコの手は借りれないし、どうしようか?と言うのが今の政府の苦境じゃないかな?
 誰かに責任があるのではない、国民全てに責任がある。春闘で賃上げ定期昇給と経営に詰め寄る、経営側は人件費高騰に苦しむ、そこで労賃の安い外国に逃げ出す、すると日本の若者が職を失う、企業からも個人からも税収が減る、一方で福祉出費は増す。こういった悪循環を断ち切るには経済学は役に立たないと思う。必要なものは損だとか得だとかの計算ではなくて”国家全体の繁栄なくして国民の安泰も安心もない”との諦観の上に成り立つ互助の精神ではないか?
 そう考えなおした時に”政府の借金”は日本の場合、世界に誇り得るものに変貌するのではないか?且つ、それが、例えばEUあたりで行き詰まっている財政問題を解くカギになるのではないか?・・・経済の日本モデル、世界を指導する、・・・なんてことにならないかなあ。素人の暴論かな???
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする