陽だまりの中のなか

前田勉・秋田や詩のことなど思いつくまま、感じたまま・・・。

井上尚美詩集『蒲の穂わたに』

2023-11-17 | 詩関係・その他

       

 静岡県島田市住の詩人、井上尚美さんから第5詩集『蒲の穂わたに』をご恵投いただいた。

 井上さんの詩に初めて出会ったのは丁度一年前、詩誌『穂』第43号掲載の「わたしの庭」(当詩集所収)
であった。次号の43号に発表された「叩く」を当ブログで紹介させてもらったが、その時の
印象は構成力
が際立っている作品だということ。

 この度の詩集は5章にまとめ上げた全25編の作品が収録されている。

 「さみしい癖」
 引いていく闇の中に残光を放つ星
 を 見つけると少し嬉しい
 切っ先の鋭い残月がひとつ
 という朝 それも少しだけ嬉しい
 目覚めて直ぐ窓を開け今日の気運を占う
 それが日常になってしまった さみしい癖
 夜明けの匂いが静かに寄せてくる

 午前五時 今日は雨
 痩せた木々の黒い影がぬらっと立っている
 寄り合って何かを密談しているらしい
 夜のまんまの庭
 訳のわからない腹立たしさが押し寄せてくる
 濡れしょぼれた心で台所へ
 その時 男の部屋から力の抜けた声がかかる
 雨だね しとしと冷たい雨だね
 男は女より先にあの影を見ていたのだ

 おいしい朝ごはんつくるから 待っていてね
 芝居じみた明るい声で おいしいごはんだなんて
 今までそんなこと一度も言ったことないのに
 小細工はとっくに見破られているだろう
 男の切なさを女が透視しているように

 五日後男は抗がん剤治療を始める
 放っておけば三ヶ月の命
 医師が見積もる男の余命

 雨脚が強まる
 ——さあ かかっておいで
 腕まくりをして
 切れあじ抜群の包丁を握りしめて
 今日の前に 立つ

 当詩集の冒頭に配された作品。物事を捉える、本質を捉えて表現するということはこういうことか、と思
った。「切れあじ抜群の包丁を握りしめて/今日の前に 立つ」「女」。抗がん剤治療を始める五日前
の朝、
何もしなければ余命三ヶ月と宣告されている「男」との心的な交感が短い会話の中で成立している。「ぬめ
らっと立っている」「
痩せた木々の黒い影」に気付いているが、口に出すことはない。男が気付いているは
ずだと思うことで今日が始まるのだから。「目覚めて直ぐ窓を開け今日の運気を占う」「日常になってしま
った」「さみしい癖」は、男ががんと診断されてからの癖なのであろうか。
 第3連と4連は「女」、つまり妻の心理が見事に活写されている。しめった感情ではなく、からりとした
気丈を表出している。だからこそ逆に、妻の心の揺れが読み手に伝わってくる。独白的な流れを少し距離感
を入れての心情
表現。巧さを感じた。
 
 この作品を、そんな勝手な読み方をした。最初に読んだ時の箇条書きのメモは「男、女という書き方をす
ることでの冷静な位置づけ」「ガツンと来る本質表現の巧さ」「物事を直截にではなく全体で表現すること
の構成」「言葉遣いの緩急」「第2連一行目”午後五時”は”午前五時”の誤植か?詩集通りでいいとなると、
時間の隔たりがありすぎて、うまく伝わってこない気がするが」など・・・・。
※第2連一行目”午後五時”は”午前五時”の誤植とご本人から連絡あったので、引用作品も午前に変更した。
 
 代表して「さみしい癖」に触れてみたが、その他では「温泉」「日記」「夢の中で」「窓」「また あし
た」「葉桜の頃」などに心揺らされた。

 

発 行  2023年10月31日
著 者  井上尚美(いのうえ なおみ)静岡県島田市
               日本現代詩人会、静岡県詩人会、静岡県文学連盟の各会員。詩誌『穂』発行人。
             第22回白鳥省吾賞最優秀賞受賞
発行所  土曜美術社出版販売
定 価  2,200円(税込み)  

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『花美術館』・若狭麻都佳さんの作品を紹介

2023-11-12 | 詩関係・その他

       「花美術館」Vol 82より

 専門誌「花美術館」Vol.82と83に若狭麻都佳さんが紹介されている。
 VoL.82では「マルチ作家 若狭麻都佳の軌跡」として8ページにわたってパフォーマンスを演じる
写真とともに、既刊詩集からの
詩作品。VoL.83では同じく既刊詩集から2編の詩が掲載されている。

 文を寄せている”評者”の捉え方に頷きつつ何度か戻りながら詩を読み返したりしていると当り前のこ
とだが、読み取り方の違いがあったりするから、これはこれでどこか合評会のような感じがあって面白
いものだと思った。

 若狭さんの詩からは離れるが、処女詩集『それは白い雲の色をしていた~亡き兄に捧げる~』の序詩、
兄克行氏15
歳の時の詩を紹介したい。

 
 「空白の時」     若狭克行
 
 ペンを持つ
 重く沈むぼくの手
 しだいに空白がぼくの心を流れる
 ぼくは暗黒の世界へ運ばれる
 空虚がぼくに広がり
 ぼくを包む
 何も見えない闇の中
 「Do+S+V・・・?」
 「y=ax²のグラフ」
 「接続の型・・・」
 文字や記号が
 かすかな光に
 「チラッ」
 と浮かぶ
 すべてがぼくの周囲にあり
 すべてがぼくから遠のく


 「花美術館」では既刊詩集からの作品をテーマに沿って?評者が選択し紹介している?のだと思うが、
時には現在の作品についての紹介も欲しいところ。
 なお、「日欧宮殿芸術祭2023inマルタ」において、若狭さんの美術文芸作品「年老いていく人形」が
ゴールドメダル受賞との報告が添えられてあった。
おめでとうございます!


・Vol 82 掲載作品 「木もれ日」「卵のきもち」「片目に棲む鳩」
          「あまらしさ—Metamorphose」
・Vol 82 掲載作品 「花物語」「夜咲く花の子」

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秋 亜綺羅さんの講演 ・「秋田の詩祭2023」

2023-11-08 | 詩関係・その他

                     

                                             講演する秋 亜綺羅さん            ( 画像提供:横山 仁さん)                            

  

               懇親会で秋 亜綺羅さんを囲んで   (画像提供:黒沢せいこさん)
                          

 10月28日(土)13時から、秋田県現代詩人協会主催の「秋田の詩祭2023」が秋田市内で開催された。
 講師に月刊「ココア共和国」主宰の秋亜綺羅さんをお招きし、自作詩の迫力ある朗読「詩ってなんだろう」
と題する講演が行われた。

 会場には高校生や詩の愛好者、会員など約60名が参加した。

 詩祭は高校生による詩の朗読、朗読グループ「KOEの会」による群読、会員の詩の読と続いた。

 秋さんの講演では、はじめに寺山修司との出会いや筆名の由来などについてユーモアを交えながら紹介。
「詩作は、想像を働かせて書くもの。”視”えないものに”触れる”こと」だという。また、「哲学を壊すのが
詩人の仕事だと思う」「壊すことのレトリックを発見するのが詩人」
「しかし、比喩とか暗喩と言ったレトリ
ックは日常的な会話やテレビCMなどで使われて
いる」「矛盾にナンセンスを入れることで難解詩ではなくな
る」等々、実に興味深い詩論、詩世界
が披歴された。
(以上の引用は私のメモによるもので、講演内容とはズレているかも知れない・・)

 講演の前に行われた秋さんの詩の朗読は、音楽をバックにしながら時に叫び、時につぶやきながら熱の入っ
た表現。強烈なインパクトであったと感じたのは私だけではなかっ
たであろう。

 秋亜綺羅さん、佐々木貴子さん(『ココア共和国』編集者)、横手高校、大曲農業高校太田分校、秋田南高校
各校の生徒の皆さんと顧問の先生、『KOEの会』の皆さん、参加して下さった詩の愛好者の皆さん、そして
会員とスタッフの皆さんありがとうございました。

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