陽だまりの中のなか

前田勉・秋田や詩のことなど思いつくまま、感じたまま・・・。

菅沼美代子詩集『乳甕』

2023-08-14 | 詩関係・その他

      

 静岡市住の詩人、菅沼美代子さんから第6詩集『乳甕』をご恵投いただいた。

 菅沼さんは日本現代詩人会、静岡県詩人会、静岡県文学連盟の各会員、
詩誌「穂」同人。
 
表紙は、第5詩集『手』と同じ造形作家、内藤淳氏の作品。私的には菅沼詩のイメージと結びついて
いて
印象的な装幀だ。

 情
感の多様な表現に出会うたびに思うことだが、「何を」よりは少しでも「いかに」という修辞的な
力量が上回ることが出来れば、「何を」を、より効果的に表出し得る、ということ。それを読む時に感
じることもまた新しい発見になったりする。
 
菅沼さんの詩には無駄な言葉が無い。少ない、ように感じた。表出しようとする段階で、多面的にか
自身の感性をより広角的に見据えることが出来ているからであろうか。読み進めていると、区切りの
良さ、センテンスの短さ、小気味よいリズム感。また予想外のコトバの出現に
驚いたりした。
「(略)そのうえで眠るなんて/なんたる精神」(沐浴)、「(略)旨いビールをカーッとやる」(温度)、
ドヤ顔でにやりとするから」(初めの一歩)。
(あたりまえだが?いや、いや、穏やかな詩行が続いている中に突然と出て来るから・・・。とても新
 鮮だ。)

 詩集のタイトルとなった『乳甕」は、新生児が母の母乳を飲む姿を表している。作者のやさしい目線
と、乳児の生への力強さが描かれている。

「乳甕」
甕のようにゆたかで/迸る液体が/いのちそのもの/生きてのみ/飲み干すことが/糧になる/なだら
かな丘陵が/弾力のある
溌溂に/ぱんぱんに膨れあがり/生きるということに前向きで/たわわな実り
が/ぎちぎちと詰まっている/きみはふれたくなる//ちいさな掌でつかむように/甕に埋もれて吸い
尽す/無目的の愛のような/輝きに満ちていて/音楽が聴こえてくる/ごくごくと飲み込む/力強い 
リズム/勢いよく盲目的に/尽きない泉を汲もうとする/真摯さにただただ呆れる/永遠に続けばいい
/やさしい風が吹いてきて/平和であることの/証のように眼を瞑る//人が近寄れば/乳の甕を確か
めて/いちどは放し/ぼくのものだと言いたげな/ぼくだけのものだと/自信に満ちた顔をする/それ
なくして/甕の存在は無いかのような/主張をする

 当詩集にはお孫さん(と思われる)について書かれている作品が多いが、決して「孫自慢」の詩では
ない。こどもを通した生や世界観をきっちりと描いていて好感。 

後半は、故新藤凉子氏(前日本現代詩人会会長)への詩、散文が収録されている。

 

著 者  菅沼美代子
発行所  思潮社
発行日  2023年7月22日
定 価  2,500円(+税)

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松下美和子詩集『ら行の悲しみ』

2023-08-08 | 詩関係・その他

      

 静岡県菊川市住の松下美和子さんから第一詩集『ら行の悲しみ』が届けられた。深謝。
 詩集のタイトルとなった詩、「ら行の悲しみ」は次のように始まる。
 
 時々透明人間になる/彼女の持ち物を調べると/ある部分に/ら行の悲しみがきちんと佇んでい
 た//工場の煙突から真っすぐに煙が立つ/それを見ながら/多分明日は透明人間になれそうだ
 なと/密かに目論む//そしてどうもその必然性がある//誰にも全く同じ形で分かってもらえ
 ない/至福の悲しみが彼女の中に存在したのだ/だからその悲しみを迎えるように/少しだけ今
 という時間軸から/泡のように消える//ららら/りりり/るるる/れれれ/ろろろ/メレンゲ
 の様な呪文を説き消えてみる//この術を使い彼女は時々/ら行の悲しみを深い海に沈め/真珠
 になんぞしてしまうらしいと/華やかなフリルの波たちが/物語を語るように教えてくれたのだ
 った//そして/ら行の悲しみは/彼女のとても大切な持ち物だ/ということを/誰もがよく知
 っていた/

 ときどき透明人間になるという”彼女”に巣食っている「ら行の悲しみ」が、少しだけ今・現実の
時間軸から消えてしまう。どうもこれは”彼女”が習得していた”術”のようでもあり、悲しみを海に
沈めると真珠にしてしまうというから、これまたすごい。”彼女”の本源か。

 読んでいてその語り切れない行間に残っている奇抜さ?や、ある意味読み取れない?ことも混交
していながら、それがまた雰囲気をつくっていて、思わずふふっと笑みながら楽しい世界観を感じ
ることが出来る。作者の感性の鋭さ
が成す世界が溢れている詩集だ。

 

著 者  松下美和子
発 行  2023年4月8日
発行所  土曜美術社出版販売
頒 価  2,000円

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佐藤光江詩集『菜の花の海の』

2023-08-07 | 詩関係・その他

     

 静岡市住の詩人佐藤光江(さとう・みつえ)さんから第5詩集『菜の花の海の』を拝受。
 佐藤さんは日本詩人クラブ、日本現代詩人会各会員。詩誌「楷の木」同人。

 この詩集に収められている「戸口」と言う作品を読んでいるとき、不意に若い頃に私淑してい
た画家のことが思い出された。<自分らしさとは何だろうか。自分らしさという言葉を出すこと
はすでに自分らしさの「らしさ」を知っていることだよな>と語り、<自分のことを知ろうとし
ても、なぜかいつまでたってもその先へ到達できないのは不思議なんだよね。勿論、一般論だけ
ど>・・・とも言っていた。半世紀も前のことだが。
 それはさておき、佐藤さんの「戸口」は次。

 「戸口」
 
息をきって/たどり着いた/此処/戸口はピシャリと閉ざされ/気配ひとつない//何を追い
 かけてきたか/何に駆りたてられてきたか//
自分らしく/生きることを/願いながら/履き
 間違えたか/それとも/選んだか/
ようやく気づいた/誰かの靴を履くことの/心地悪さ//
 いつも/腰の辺りにぶら提げていた/不格好に膨れた堪忍袋/捉われの紐を解こうと/手をか
 ければ/思いがけず/たわいなく緩んだ//
待っていたのだろうか/戸口は軋みながら/ゆっ
 くりと開いた/其処に/朝の陽をまとう/
ひとがた

 佐藤さんの詩世界の底流にあるのは、ご自身の在り方を希求する姿勢であろうか。ずっと走り
続けてきて、ふと止まっては置き去りにしてきた自分を確認しようとする。さりげなく自身を見
つめながら振り返ってみるのだが、その後も前も霞だっている。そのような詩世界を描いている
ように
感じた。当然ながら、詩の世界であってそれらが作者個人のこととは限らない。
 <あとがき>から、印象的な佐藤さんの詩との繋がりを引用しておきたい。

 ~(略)詩と歩んだ長い時間を振り返れば、越し方のせいだろうか自己肯定感に乏しい性分は、
 今さら変えようもなく、私にとっての詩は一歩踏み出すために生まれるものだ。/
~(略)何よ
 りも自分に一番正直に向き合えるのが詩作り。/手放してはならない存在。/生き抜くための
 杖。/鉛筆を握ることは必然なのだ。

 

発 行  2023年5月10日
著 者  佐藤光江(静岡市)
発行所  土曜美術社出版販売
頒 価  2,000円

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宮本苑生詩集『あかね雲』

2023-08-07 | 詩関係・その他

     

 宮本苑生(みやもと・そのえ)さんから詩集『あかね雲』をご恵投いただいた。
 宮本さんは東京都住。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本ペンクラブの
各会員。

 いつもは<あとがき>に触れてから読み出すのだが、たまたま、あとがきを目にしないまま読み
進めて
いたところ、なにか全体が”死者”との語り、あるいは関わり合いを描いていることに気付い
た。
あとがきを開いてみて、なるほどと頷く。
 
  『Ⅰの「ひかり」は、東日本大震災のその年のうちに編んだ個人詩誌「ひかり」に、
   作品「水底の骨」を加え、他は、ほとんどそのままの形で掲載しました。あとがきに
   「震災の犠牲となられた方々にこの小さな作品集「ひかり」を捧げます。」と記しまし
        た。』

 とある。大震災の時、詩を書く者には何ができるのかとか、詩を(あるいは詩らしきものを)
こぞって直截的な事象として書くだけ・・そんなものか?と問われていた。詩を書く人がそう思っ
てそのように問う姿が多かったということは、ある意味での限界とか無力さを感じていたからに違
いない。詩はどうあるべきか、などと私はとても言い得る素養を持ち合わせていないが、宮本さん
のこの詩集に収められている作品群を読み進
めて行くと、亡くなられた人の側とこの世の側の人と
の交感が実に
現実的な感じさえして、こういう表現の仕方に感動した。詩は何をすることが出来る
のかという問いへの、より近接した<コタエ>の一つかも知れない。 

 

    見つけたかしら

  この川は あの川と同じですか
  渦巻き 逆巻いた
  あの川と同じですか

  この私は あの時の私と同じですか
  こんなに儚くなったけど
  同じですか

  随分遠くまで探しにきました
  哀しみだけが点る
  ここは いったい どこですか

  わたしの胸は張り裂けて
  もはや記憶も曖昧です

  私はあなたを探しています
  水の匂いたよりに 探しています

  あなたは 私を見つけたかしら

  蛍になった あなた
  蛍になった 私を
  見つけたかしら

 

発 行  2023年5月10日
著 者  宮本苑生
発行所  土曜美術社出版販売
頒 価  2,000円

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