久々に歌舞伎以外の芝居の感想!(といっても、最近歌舞伎の感想も書いてないなあ~。)先日お知らせしたように、話題の『メタルマクベス』を観てきました。さくっと、感想です!(多少ネタバレあり!!)
シェイクスピアの「マクベス」といえば、映画ではオーソン・ウェルズにポランスキー、そしてなんといっても、巨匠・黒澤明の「蜘蛛巣城」が有名で、三本ともそれなりに傑作なんだけど、個人的にはウェルズがたった23日間で撮った「マクベス」が怖くて好きだった。
今回の芝居「メタルマクベス」は宮藤官九郎脚本ということで、クドカンが古典をどんな風に料理するのか興味深く観てました。
結論からいうと、クドカン流「マクベス」は割合原作の話の展開に忠実だっていうのが、わたしの印象。
中世を「北斗の拳」みたいな近未来都市風に変え、80年代に活躍した「メタルマクベス」という架空のバンドの栄枯盛衰と近未来都市での権力闘争を重ね合わせるという手法は、さすがクドカンって感じのオリジナリティだし、この芝居の肝、マクベスとマクベス夫人の狂気を時空の混乱という形で見せるというのもすごい感覚だって思えて、随分感心させられました。
それに、内野聖陽の主人公マクベス(劇中ではランダムスター)は、黒澤作品の三船敏郎やウェルズのように孤独な英雄という感じでなく、孤独なヘビメタ兄ちゃんという感じで、映画の悲劇的な英雄イメージより、卑近で身近な存在としてアレンジされているようにわたしには思えた。
でも、敢えていうなら、クドカン流「マクベス」はけして「マクベス」という芝居の新解釈を見せてくれるものではなくて、クドカン流アレンジを見せてくれた内容だったというのが、わたしの感想。このことは、クドカンという作家が、クリエーターというよりアレンジャー的な作り手だということを意味しているのかもしれないけれど、まだそんなに彼の芝居を観ていないので、しばらくは判断保留ってところかな?
演出面でいうと、照明もさることながら、芝居の部分とPV映像の使い方が凄くて、今のビジュアルイメージの最先端をいっているのは、映画でもテレビでもCMでもミュージッククリップでもなく芝居だなって感じはした。(ケラの芝居なんかもそう。)同時進行的に多画面をみせる感覚って、最近の芝居の特徴なんじゃないかなとは思いましたね。
役者で凄いと思ったのは、やっぱり松たか子。このひとって、美内すずえの「ガラスの仮面」を愛読してるらしいんだけど(高麗屋の三人兄弟はみんなこのマンガが好きだそうだ!)、荻野目慶子の次をいくのはこのひとしかないなって気がしたなあ~。
全般にテンションが高かったし、冷めた芝居でも狂気の芝居でも貫禄十分で、次はこのひとの一人芝居が観てみたいと思ったほど。特に、最後の飛び降り自殺の芝居の勢いのよさと意外性にはため息が出ました!
次はやっぱり、橋本じゅん!このひとって以前ウーマンリブの芝居を観て以来、大好きになったんだけど、つくづく貴重な人ですよね。出てくるだけで楽しいというか。
そして、案外芝居を締めていたのは、上条恒彦。歌もうまいし、王様の貫禄十分。この役が軽かったら、さぞや芝居が薄くなったことでしょう。
あとは、森山未来と北村有起哉が意外といい役者だってことに気づかされたのが、個人的には収穫でした。(ちょっと、今風で。)
最後に、この芝居の重要な要素、音楽について言っておくと、舞台上手にオーケストラピットならぬ、バンドピットがあって、ずっと生演奏(?)してるというのは凄い迫力でした。これが本当のロックオペラだなって感じで。
ただ、内野聖陽の歌は案外よかったけど、さすがに「ハイウェイ・スター」のイアン・ギランみたいにはいかなかったなあ~。(意外とHR/HM知ってるでしょ?)でも、本職ではないことを考えれば、大健闘の部類なんだろうけど。
そんなわけで、この芝居全般には大いに満足したんだけど、他の人の感想なんかを読むと、「劇団☆新感線というより大人計画の色が強かった」なんて話もあるので、次は別の劇団☆新感線の芝居も観てみたいなあと正直思いましたねぇ~。
シェイクスピアの「マクベス」といえば、映画ではオーソン・ウェルズにポランスキー、そしてなんといっても、巨匠・黒澤明の「蜘蛛巣城」が有名で、三本ともそれなりに傑作なんだけど、個人的にはウェルズがたった23日間で撮った「マクベス」が怖くて好きだった。
今回の芝居「メタルマクベス」は宮藤官九郎脚本ということで、クドカンが古典をどんな風に料理するのか興味深く観てました。
結論からいうと、クドカン流「マクベス」は割合原作の話の展開に忠実だっていうのが、わたしの印象。
中世を「北斗の拳」みたいな近未来都市風に変え、80年代に活躍した「メタルマクベス」という架空のバンドの栄枯盛衰と近未来都市での権力闘争を重ね合わせるという手法は、さすがクドカンって感じのオリジナリティだし、この芝居の肝、マクベスとマクベス夫人の狂気を時空の混乱という形で見せるというのもすごい感覚だって思えて、随分感心させられました。
それに、内野聖陽の主人公マクベス(劇中ではランダムスター)は、黒澤作品の三船敏郎やウェルズのように孤独な英雄という感じでなく、孤独なヘビメタ兄ちゃんという感じで、映画の悲劇的な英雄イメージより、卑近で身近な存在としてアレンジされているようにわたしには思えた。
でも、敢えていうなら、クドカン流「マクベス」はけして「マクベス」という芝居の新解釈を見せてくれるものではなくて、クドカン流アレンジを見せてくれた内容だったというのが、わたしの感想。このことは、クドカンという作家が、クリエーターというよりアレンジャー的な作り手だということを意味しているのかもしれないけれど、まだそんなに彼の芝居を観ていないので、しばらくは判断保留ってところかな?
演出面でいうと、照明もさることながら、芝居の部分とPV映像の使い方が凄くて、今のビジュアルイメージの最先端をいっているのは、映画でもテレビでもCMでもミュージッククリップでもなく芝居だなって感じはした。(ケラの芝居なんかもそう。)同時進行的に多画面をみせる感覚って、最近の芝居の特徴なんじゃないかなとは思いましたね。
役者で凄いと思ったのは、やっぱり松たか子。このひとって、美内すずえの「ガラスの仮面」を愛読してるらしいんだけど(高麗屋の三人兄弟はみんなこのマンガが好きだそうだ!)、荻野目慶子の次をいくのはこのひとしかないなって気がしたなあ~。
全般にテンションが高かったし、冷めた芝居でも狂気の芝居でも貫禄十分で、次はこのひとの一人芝居が観てみたいと思ったほど。特に、最後の飛び降り自殺の芝居の勢いのよさと意外性にはため息が出ました!
次はやっぱり、橋本じゅん!このひとって以前ウーマンリブの芝居を観て以来、大好きになったんだけど、つくづく貴重な人ですよね。出てくるだけで楽しいというか。
そして、案外芝居を締めていたのは、上条恒彦。歌もうまいし、王様の貫禄十分。この役が軽かったら、さぞや芝居が薄くなったことでしょう。
あとは、森山未来と北村有起哉が意外といい役者だってことに気づかされたのが、個人的には収穫でした。(ちょっと、今風で。)
最後に、この芝居の重要な要素、音楽について言っておくと、舞台上手にオーケストラピットならぬ、バンドピットがあって、ずっと生演奏(?)してるというのは凄い迫力でした。これが本当のロックオペラだなって感じで。
ただ、内野聖陽の歌は案外よかったけど、さすがに「ハイウェイ・スター」のイアン・ギランみたいにはいかなかったなあ~。(意外とHR/HM知ってるでしょ?)でも、本職ではないことを考えれば、大健闘の部類なんだろうけど。
そんなわけで、この芝居全般には大いに満足したんだけど、他の人の感想なんかを読むと、「劇団☆新感線というより大人計画の色が強かった」なんて話もあるので、次は別の劇団☆新感線の芝居も観てみたいなあと正直思いましたねぇ~。
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