入り江を望む丘の上まで続く小道を下草が覆い隠していた。
この熱さの中を墓を訪れる者も少ないのだろう。
踏まれる事がなくなって下草は延び放題に伸びていた。
いつ頃レフイスがこの下草を踏んで墓に上がって行ったのか
判らないほど下草は人が通った跡を消し去るかのように
一端はしゃんとのびたったのだろう。
そのあとでこの熱さに蒼い葉をしなだらせていた。
と、なるとレフイスは随分
朝早くからこの場所にきているということになる。
小道を上がりつづけると平たく開けた場所がアランの前に広がった。
切り開かれた場所は風が心地良いほど吹きすさんでいた。
いくつもならんでいる墓石の列を目で追いながら
その前にいるレフイスを探すアランの目に大きな木立が映った。
その木の影にレフイスは座りこんでいた。
まだ新しい墓がレフイスの前にあった。
墓に寄り添う様にレフイスは座りこんで眼下に開ける海をみつめていた。
『レフイス』
アランは走り出した。
人の気配を感じてレフイスが振向いた時
アランはレフイスの前にたっていた。
「あ」
小さな喜びと驚きが入り交ざった声がアランの耳元に聞こえたとき
レフイスはアランにだきよせられていた。
アランの耳もとの驚きの声はそのまま哀しい泣き声にかわった。
来て良かった。
アランはそう思った。
レフイスをこれ以上ひとりでなかせたりしない。
アランはレフイスの慟哭が静まるまでレフイスをだきよせていた。
レフイスはやっと顔を上げた。
「母さんにきいたんだ?」
「ん」
「きてくれたんだね」
「ああ」
「テイオが・・・」
「うん」
「ごめんね」
「いいさ。はなしちまえよ」
「うん」
哀しみが喉をしめつけてしまうのかレフイスは
少し息を整えると零れる涙の顔のまま話し始めた。
「漁師の網に絡みつくように上がって来たんだって。
テイオかどうかなんかもう判んなくなっていたんだけどね。
男の子の、15、6の男の子だって。
テイオんちに連絡が入ったの。
叔父さんも叔母さんも信じたくない気持ちだったと思うんだよ。
だって、ひょっとしてどこかでいきてるかもしれないじゃない。
でも絡みついた亡骸が小さなペンダントをつけたままだったの。
テイオのものだって・・・」
レフイスの喉が小さく震えるような音をたてていた。
「ねえ、おかしいよ?そんな物でテイオだなんていいきれる?
テイオじゃないかもしれない。なのに・・」
「どこかで本当はいきてるって?そういうこと?」
「・・・・・」
「ありえないよ」
漠然とした死を受け入れる事は容易なことだったのかもしれない。
が、テイオの死が確実なものであるとレフイスを納得させるには
テイオの亡骸は変わり果てすぎていた。
そんな亡骸ひとつで
それがテイオであるという事実を
受け入れたくないレフイスだったのだろう。
若し、もっと早くテイオが綺麗な姿のまま
レフイスに死を見せつけていたら
レフイスはもっと早くテイオの事に踏ん切りをつけれてたのかもしれない。
なんでもっと早くうかんでこなかったんだよ。
アランはテイオへ小さな責めを感じていたが、
テイオはそのまま、レフイスの中で死んでしまいたくなかったんだなとも
考えさせられていた。
そのテイオが今更の様にレフイスに自分の死を証したのも、
やはりテイオがレフイスをアランに託す事を選んだからだとおもえた。
テイオの気持ちがそうであるのならば・・・。
「レフイス。ありえないんだ。
もしテイオが生きていたなら、どんな事があっても
君の元に真直ぐ帰って来てる」
「なんで?なんで、そういいきれるの?」
レフイスはしばらく口を閉ざして下を向いたが、
アランが答えようとしないのが判るとレフイスから切り出した。
「テイオの日記にはそういう事がかかれていたの?」
レフイスが聞けば今度こそ
はっきりと知りたくなかった事実がアランから明かされる。
けれどレフイスは一歩ふみだそうとしていた。
レフイスのその勇気はアランの存在のせいだったかもしれない。
「まだ、ききたくないんだろ?」
アランの言葉にレフイスはわずかに頭を振った。
「きいてしまっていいの?」
躊躇がレフイスの動きを止めさせていたが、
やがてレフイスはこくりと、うなづいた。
「テイオが、嵐の日にヨットを沖に出そうとしたのは、
確かにヨットを外界に出して大波を遣り過ごそうとしたんだとは思う。
でも、それは二次的な事だったと思う」
「どういうこと?」
「テイオがそんな日にわざわざヨットの所にいったのは、
ヨットの中に隠しておいたものをとりにいくためだったんだ」
「・・・・」
「テイオはヨットの中に君に渡したいものをかくしておいたんだ」
「・・・・」
「君への恋をつげるための、きっと君がうけとってくれるはずの、
・・・ステデイーリングを」
アランの腕は泣き崩れそうになるレフイスをささえていた。
「だから、何があっても君のもとに帰ってきて、
テイオは心をつげようってするはずなんだ。
決心してたんだ。幼馴染を脱け出すぞって・・・。
テイオの未来図には君がいたんだ」
レフイスの震える肩をアランはしっかりつかんだ。
「だけど、テイオは死んだ。
君に心を伝えきれなかった無念だけを残して・・・」
レフイスは胸の中を巡った思いをくちにだした。
「私がもっと早く日記をよんでたら、
テイオはもっと早くみつかったってこと・・・かな?」
「たぶんね。テイオがみつかったころに俺が、日記をよんだんだ。
君への思いが伝えられるだろうって判って
テイオは今度こそ君の中での死を選びとったんだと思う」
「・・・・」
「だから、それはテイオだったんだ」
「思われてたんだね?」
「ああ」
「テイオは・・・・」
「幸せだったとおもうよ。
きっと、最後までレフイスの事を思って死んだんだ。俺はそう思う」
「それが、しあわせ?」
「そう。胸一杯に愛する人を抱いてたんだ。幸せだったと思うよ」
「私の事なんか、好きにならなきゃなきゃ。
テイオはリングをとりにいったりして死ぬことはなかったん・・・だ」
「そういう考え方はやめたほうがいいよ」
「でも・・」
「俺がもしこのまま、しんじまうことがあっても
レフイスに逢えた事はよかったって思うよ」
アランの心とアランの言葉がレフイスの胸にいたかった。
「いやだ。そんな事、いわないでよ」
何時の間にかテイオへの追慕より
アランへの思いの方に心を占められている事に
レフイスはきがついていない。
「もう、これ以上、大切な人をなくしたくない・・・・」
レフイスがテイオへの哀しみより、
目の前にいるアランに大きく心を捉えられている事を
アランはなによりも確実なものとして感じ取っていた。
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