アランは少年と二人で一番近い岸に向かって泳ぎ始めた。
「彼女は、泳がないの?」
「え?ああ」
「ふうーん。でも、もう夏は終るよ」
「え?」
「アオブダイが群れて来るのはもっと先なんだ。今年ははやい」
「そうなんだ・・・」
「残念だね」
岸辺に辿りつくと
レフイス達のいる浜辺をみていた少年の顔が暗く翳った。
どうしたのだろうと思うアランに少年は悲しげに呟いた。
「御免。せっかく、一緒に探してもらったのに・・・これ、もういらない」
言葉をとぎらせて少年は小箱をアランにみせた。
「どうしたの?」
焼けた浜辺石はごろごろと大きくアランの足元を
おぼつかなくさせていた。
「彼女には僕じゃない、好きな人がいるんだ」
アランが見た向こうの浜辺に上がった少年の群れの中から
一人の少年が、いつのまにきたか判らない少女の肩を抱いていた。
そういう事かとアランは合点が言った。
「言わない内から諦めちゃうの?」
「ウン。だって、しかたがないよ」
「心だけでも、うちあけたくないの?」
「彼女はもう僕の気持ちは、しってるんだよ。
しっているはずの彼女が他の人に惹かれているのがみえたら
潔くあきらめるしかないだろ?
おめでとうっていってやりたいだろ?」
アランは小さく頷くしかなかった。
レフイスの恋の相手が死んでいると判るまでは
アランも同じ様に考えていたからだった。
「だから。ウウン。だけど・・・」
少年は渡せなくなった物の行方をアランの手にあずけるようにぎらせた。
「あ?」
哀しい結末にアランは言葉を失っていたが
自分の首にかけられていた紫水晶のペンダントを
小箱を受取る替わりに渡した。
「君のやさしさへの御礼と、
それと新しい恋に出会える励ましには・・なんないかな?」
少年は黙ってアランの差出したペンダントをうけとった。
「ありがとう」
少年が零れて来る涙を手の甲で拭くとにこりとわらってみせた。
「彼女が幸せなら、それでいいんだ」
華奢な体の少年の中にやさしい男性が眠っているのもしらないまま
彼女との恋は幕をひかれてしまった。
「あの。こっちから、帰るよ」
切り立った崖の中を縫う様な小さな小道が見えた。
少年が二人とすぐに顔を合わせたくないのもわからないでもない。
「レフイスも君の親切にはきっとお礼をいいたかったとおもうよ」
少年がアランに教えてくれた感動は
レフイスにもきっと御礼をいわせたことであろう。
「ウン。おしあわせにね」
少年は失った恋を哀しむより
アラン達の事を祈ると崖の方に向かって小走りに去っていった。
「ありがとう」
アランが大きな声でもう一度叫ぶと少年は
「こっちこそ、ありがとう」
と、手をふって見せた。
少年が無事に崖道を登りきるのを見届けると
アランはレフイスの元に走り出した。
帰って来たアランの目の中でレフイスの笑顔が崩れて行くと、
レフイスは突然、なきだした。
「どうしたの?」
アランはレフイスの肩に手をおいた。
「だって・・・」
アランが何度も海の中に潜りこむ度に
レフイスはアランが海上に顔をだすまでの
ほんの一、二分の間がひどく息苦しくて
胸の中が締付けられるような不安をかんじていたのだという。
「だいじょうぶだったろう?」
「うん・・・」
だからこそレフイスの張り詰めた神経がほっとゆるみ
アランの姿を見た途端に涙がこぼれおちた。
アランが海に潜っている間中、
レフイスはアランの存在が自分にとって
どんなに大きくなっているかをおもいしらされていた。
容赦なくつきつけられた新しい気持ちとの邂逅は
レフイスに重大な決心をさせていた。
―この気持ちをアランにつたえようー
そう決めたのにレフイスはアランの顔を見たらなんにも言えなくなった
零れ落ちる涙はアランの存在が
こんなにもレフイスの心に深くなっている事だけを自覚させていた。
『だいすきだよ』
アランの腕がレフイスを包んで行くのを感じながら
レフイスは気がついた心を胸の中で言葉にしていた。
岬からの帰り道を歩みながら
アランは少年に見せられた色んな驚きを話して聞かせた。
「ごめんね」
レフイスが泳げたらレフイスが見せてあげたかったことを
少年が替わりにしてくれていた。
「なんにも御礼ができなかったね」
「ペンダントをわたしたんだけどね」
アランは少年に渡された小箱をレフイスに見せて
小箱を渡されたいきさつも話した。
「どうすればいいかな?」
「何がはいってるかわかんないけど、今はあけないほうがいいよ」
小箱の中に染み込んだ海水を
真水で洗い流してしまわなければならない。
けれど真水で流す直前までは
小箱の中の海水が付着したままの物を空気に晒さない方がいい。
レフイスはアランが身体を拭いたタオルが乾ききってないのを
思い出すとタオルに小箱をつつんだ。
最新の画像[もっと見る]
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます