憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・19

2022-12-18 12:40:13 | お登勢

そして、剛三郎である。
中村の旦那をたてまえにとって、
急く足をそのまま、洸浅寺横の茶店にすべりこまると、
番台に座ったままの茶店の婆にたずねた。
「若い娘が、一人であがりこんでいるだろう?」
当然、
「ああ。ずっと待っておいでだよ」
と、返されてくるだろう婆の言葉が
剛三郎を裏切った。
「昨日、一緒に来た娘さんかい?・・・見かけてないよ」
「え?」
婆の顔つきをまじまじとのぞきこんでみた。
ずいぶんと娘を待たした男を
娘に代わり、しっぺをはって、からかっているものとは思えない。
「昨日の娘って・・・わかっているんだよな?」
「婆だと思って、ぼけたといいなするか?
娘もなにも、一人で来ている客なんか、いやしないよ」
「そ・・うか・・・」
剛三郎はそのまま引き下がるしかない。
茶店の外に出た足がそのまま洸浅寺をめざす。
そうだ。
俺が行きそうな場所といったら、
お登勢にとっては洸浅寺の方が確実じゃないか。
銭も持たずに茶店に上がりこむなんてことをする
図々しいお登勢のほうが不自然だと気がつくべきだった。
朝方に木蔦屋をぬけだしたか、
深夜に抜け出したか、判らないが
かわいそうに暗いなか洸浅寺にあがって、
きっと、洸浅寺の高縁の下で
夜露をしのいだのだろう。
可哀想に
暗闇の中、陽が空けるまでだって随分心細かっただろうに、
それをこらえてまでお登勢には、
もう・・俺しか、頼る宛てがないんだ。
俺が洸浅寺にあがってくる、
それを一心あて所にして俺を待っているんだ。
只でさえ、数の多い石段が
今日はやけに多く感じるほど、思いばかりせいて、
剛三郎がやっと境内にたどり着くと、
まず荒い息を整えなければならなかった。
身体をまえのめりに倒して膝に手を置き、息を継ぎながら、
剛三郎の目は境内を眺め回す。
参拝の人の数もまばらで、
お登勢が待っていそうな桜の木の下も見通せる。
一本一本の桜を順に眺めすかしたが、
此処から、見えるところの何処にも
お登勢の姿はなかった。
そうかもしれない。
石段の上がり際から、直ぐ見える場所。
衆目にその身をさらすに長すぎる時間、
お登勢は好奇の目から、逃れるため
本堂の裏にでも、いったのだろう。
剛三郎は再び歩き出した。
だが、本堂をふためぐりしても
まだ、お登勢を見つけられない。
そろそろ、俺が来る頃だと
お登勢も俺を探しに境内に戻ってみてるのかもしれない。
行き違えてお互いを追いかけあって
洸浅寺をぐるぐる回っているのかもしれない。
想像してみれば
おかしな図である。
だが、それはお互い恋しさの所産。
『中々おもはゆい・・・』
お登勢が此処にいないと剛三郎が気がつくまで、もうしばし、
時がかかるのであるが、
ここに居ないお登勢と気がついた剛三郎は改めて、考え直す。
『俺の推量違いか・・・。
と、なると・・・。
お登勢は何処でまっているのやら・・・。
待てよ・・・。
どこかに書置きでもしてあるってことか・・。
俺だけがわかる場所・・・。
盆栽の剪定箱・・・の中』
木蔦屋に戻って確かめてみるしかない。
踵を返すと
さっき上がってきた石段が今度は
剛三郎をすべり落とす坂のように見えた。


出て行ったお登勢と知らずに
染物屋の徳治から、仲人が立てられた。
お芳はそれが誰からのものか確かめることも出来ず、
お登勢の身の立つ理由をかんがえつめていた。
だけど、どう考えても、この不可解なお登勢の行動を
うまく、かばいだてる理由を思いつけない。
そして、
何よりもお芳はこの縁組でお登勢が幸せになってくれればいいと思う。
また、
お登勢が、けしてどこかの妾になぞならないと
信じる自分であれば、
なにもかも、あらいざらいに話して
先方様にお登勢を託した方がいいと思えた。
親御さんを先に説き伏せるほど、お登勢にほれこんでいるのなら、
お登勢の行方もきっとさがしてくれる。
そして、お登勢を見つけたあかつきこそ、
お登勢の居場所も出来るという事になる。
意を決し、うつむいていたお芳は男を見上げなおした。
「口の利けない娘を
そこまで、本意に思ってくださる方であるならば・・・。
なにもかも、お話しますので・・・。
私からの頼みだと思ってきいてくださいますか・・・?」
仔細ありげなお芳の真剣なまなざしを受け止めた男は
「私どものできる精一杯をつくさせていただきます。
どうぞ、きかせてください」
と、ふかぶかと頭を下げた。
ひとつ、息を深くついて・・・
まずお芳は事実を先に男に告げた。
「お登勢はもう、此処に居ないのです。
昨日・・・今朝かもしれません。
でていってしまったのです」
「え?」
思うに思いつけない意外すぎる事柄に男は小さく驚きの声を
もらしたが、
お芳がその理由こそを話そうとしているのだと、
お芳の次の言葉を待った。
「お登勢の事を話そうと思うと
何から話していいか、自分でもこんぐらがっていて・・」
迷い口の歯切れの悪さを気になさるなと押すように男が言う。
「女将さんの思うところから
はなしていってください」
出て行った理由は色々考えられる。
剛三郎の言うように
どこかの旦那の妾という線は万も一つありえないとはいいがたい。
この男も剛三郎のように、男の目線でみれば、
お登勢の出奔を妾奉公と考えることもありえる。
それをまず、ありえないと信じてもらうには
お登勢の姉川での出来事、
口が聞けなくなった理由からはなさなければならないだろう。
それでも、剛三郎のように、お登勢の境遇を知っていながら、
妾奉公を疑うのは、逆に
男の中に囲妾願望があるせいかもしれない。
考え詰めている事にふと、感じたひかかりを後にして
お芳はお登勢の姉川での出来事を話し始めた。
「あの娘の出所は姉川なんですよ。
此処に来るようになったのも、あの合戦のせい。
あの娘は・・・
目の前で両親を殺されているのです。
落ち武者をかくまったと、追っ手の武者に
父親は殺され・・・、
母親は・・・」
むごいことを口にのせようとすると、
お登勢の悲しみがそのまま、お芳の胸を刺す。
「母親は身ごもっていたそうですよ。
犯されたあげく、腹の子ごと、刀を・・・」
お芳が告げる、苦しく、悲しい事実を聞く男の眉間に浮んだ皺が
いっそう深くなっていた。
「な・・・なんということを・・・」
「お登勢は縁の下に隠れていたんですよ。
そこから、一部始終・・・。
そして、お登勢が助け出されたときには
口がきけなくなっていたんですよ。
お登勢はこの時、まだ・・・八つでした・・・」
お芳の瞳からこぼれそうになるものがある。
「そして、その後、私の所へつれてこられたんですけどね・・・。
口が利けないってことは、重々、承知の上で
私はお登勢の性分を、頭のよさを確かめてみたんですよ。
口の利けない子に
「おまえ、いくつだい?」
って・・。
そうしたら・・・、あの娘は・・・」
今、思い出しても感極まるものがある。
このお登勢こそを伝えなければならないと、
お芳はこぼれる涙をそのままに話を続けていった。
「つらいめにあってるというのに、
いじけもしない。
ものおじもしない。
たずねてくれた事に
たずねてくれた人の気持ちに
必死で・・こたえなきゃいけないって、
かんがえたんでしょう。
指を出して・・・八つって・・・
人の気持ちを先にかんがえて
一生懸命、まことを尽くそうって、
お登勢っていう娘はそういう娘なんですよ」
男の目頭にもうっすらとうかぶものがある。
「なるほど・・・
先方がこんな私に頭をさげてきたわけがよくわかりましたよ。
そういう話を聞けば
なおさらに私もこの縁組をみのらせたい」
男の言葉にお芳はいっそうの安堵を得た。
男は口にこそだそうとしなかったが・・・・。
この女将がお登勢さんを随分大事になさっていたということは、
今の様子で充分うかがい知れた。
それであるのに、
お登勢さんが此処をでていったとは不可思議なことである。
その疑念を解く話も女将の口からでてくるだろうと
男は再び話し出したお芳に耳を傾けていった。



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