憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・23

2022-12-18 12:39:06 | お登勢

木蔦屋での用事が不首尾に終わったと
手ぶらで帰るわけも行かず、
男は郭界に足を伸ばした。
蛇の道は蛇、の、通り、
女衒のことは郭界にきけば直ぐ分かる。
郭界の入り口から三軒目。
こじんまりした構えをしているが、
そこに任侠の徒がいる。
郭界の秩序を守り、
かわりに上前をはね、
かたわら、ときおり、
賭場も開いている。
歓楽街の任侠といえば、また女衒の元締めといってもいい。
そこで、清次郎のことをたずねあげるが、いっそうはやいと
男は踏んだ。
この界隈においても、今だに顔が聞くこの男の
生業は米問屋である。
今は隠居という身分に落ち着いてしまったが、
人の命をつないでゆく
米という食物の上がりは大きく
商売の伝も含め、この界隈に大枚を落とし
豪遊の旦那としても、今も語り草になっているようである。
男は若気の至りが、思わぬ役に立つことが
おかしく、くすりと、ひとり笑いを浮べ、中に入って入った。
「おや・・・おひさしぶりで・・・」
組頭が男を見つけると早速、札をわたそうとするのであるが・・・
「なんだい?
こんな昼間っぱらから、賭場をひらいてるのかい?
残念だが、もう、すっかり隠居三昧で
札のくりかたもわすれちまったよ」
「ご冗談を」
笑い返す組頭に
お断りの挨拶もそこそこに用件を伝える男の顔がきっ、と、
真顔になる。
「時造親方は奥にいなするかい?」
男の真顔に組頭は
「どうぞ」
奥へ行ってくださいと手をのべた。
それから、半時もしないうちに男は
女衒、清次郎の前に立つことになった。
「時造親方にきいてね・・・」
此処に来たんだといえば、いいと、いわれたとおり
時造の名に清次郎が居住まいを正した。
「自分などに・・・米問屋のご隠居さまともあろう方が
何の用事ですかい?」
清次郎が構えた返事を返すのは致し方が無い。
だが、その言葉に臆し、
回りくどいことを言っても、はじまらない。
「お登勢さんのことで、聞きたいことがあって
わざわざ、きたんだよ」
お登勢の名前に男の目がいっそう、こちらを探る目つきにかわる。
だが、それは、間違いなく
清次郎がお登勢を覚えているという事である。
清次郎も用心深い。
男の目論見が見えないうちは
自分からお登勢を知っている。
覚えているとは、口に出そうとしない。
「お登勢?・・・そりゃあ?誰だろう?」
「とぼけなくてもいいよ。
十年前・・かなあ?
お登勢さんが八つの歳だったねえ?
おまえさんが、姉川から、木蔦屋につれていったんだよねえ」
「あんた?
なんで、そんなことをしっていなさる?」
思わぬ、襤褸を出してしまった清次郎は
あっと、口を押さえた。
「今から、此処に来た事情を説明するから
きいておくれだよね?」
男がねめつけてくる視線に
たじろぎを感じるのは、男が真剣なせいだ。
そして、
お登勢に何か有ったのかもしれない、
不安が胸に兆し
清次郎は「うむ」と男の言葉に応じていた。
男が木蔦屋に出向いっていったのが、
さるところの跡継ぎとお登勢の縁談をまとめるためだときかされると、
清次郎はほう~~と声をあげた。
「そうかい。
そうだよなあ。
お登勢ももう十八になったんだ。
鬼も十八、番茶も出ばな・・。
なるほどなああ。
まあ、しかし、よくも、喋れない娘を・・・、
いや・・・。
ひょっとして、喋れるようになってるのかい?」
十年近い歳月、
木蔦屋のお芳の気性もあった。
お登勢によくしてくれると信ずるに足りるお芳でもあった。
お登勢も持ち前の気丈さと賢さで、
木蔦屋にかわいがられておろう。
それに安心してもいた。
まっとうにお日様の下を歩けもしない自分が、
心配するも笑止と気に留めなかったせいもある。
だから、お登勢が今どういう風になっているのか、
清次郎は一つも知らなかった。
「そこなんだよ。清次郎さん」
そこといわれても、
どこ?なにが、そこなのか、清次郎はつままれた顔で
男を見つめ返した。
「お登勢さんは喋れるようになんなすっていたけど・・・。
喋れるようになったある事件のせいで、私が木蔦屋に行く前に
木蔦屋を出ていって、しまったんだよ」
「なんだって?
いったい、何があったんだ?
あ?
じゃあ、その縁談の話ってのは、
おしゃかになっちまったのか?」
「いやいや、そうじゃないんだ。
私はこの縁談ををまとめたいと思って、いるんだよ。
だから・・・、此処にきたんだよ」
清次郎はくすんと鼻をすすった。
「お登勢に何があったかは、後でゆっくりきかせてもらうとして、
つまり、ご隠居、あんたは、
お登勢の行方がわからないって、事なのかい?」
そうでなければこの男が自分のところにくるわけがない。
「中々、物分りが早いねえ。
だけど、お前さんの様子では、お登勢さんは
此処にきてはいないようだね」
清次郎がとぼけているんじゃないのかと
暗に釘をさしてみせると
「だいいち、俺は木蔦屋にお登勢を預けてから
直ぐにやさをかえているんだ。
それから、お登勢にあったことも無い。
俺の居場所を捜そうとおもったら、
あんたと同じ、
例えば郭界隈に顔をだすしかねえだろう。
お登勢が・・・。
娘っ子がそんなところにどうやって行くっていうんだい?」
「私も十中八九、そうだとおもっていたんだが、
それでももうひとつ、お前さんになら聞けると思うことがあってね」
「俺にきけること?」
「まあ、ただしくは、木蔦屋ではきけなかったことなんだがね」
「なんだろう?」
「うん。
お登勢さんの知り合いに姉川の同郷の人間がいるだろう?」
「ああ?
それもお芳さんからききなさったのかい?」
「まあ、そうだ。
ところが此方は縁談を持ち込んだのが誰か言わずじまいに
話をきいたもんだから、
それが何処の誰かを聞かせてくれというわけにも行かず、
女将もお登勢さんがその人にはなにもいってないだろうから、
お登勢さんが出て行ったことをいうは、寝耳に水で、
気の毒とおもったんだろう。だれかいおうとしなかったんだ」
「ふ~~ん」
長い相槌を打つほど清次郎はかんがえこんでいた。
無論、清次郎も晋太がいっぽんだちになったことなぞ知る由も無い。
「まあ、俺もたった今、かんがえてみたが、
お登勢は晋太には、何もかもはなすんじゃねえかな?」
「そうですか?
その方は晋太さんとおっしゃるんですね。
私も木蔦屋の女将も
お登勢さんが出て行ったわけを考えると
話したくても話せない。
話さないだろうとおもえるのですが・・・」
お登勢が出ていった後ろには
どうやら、複雑な事情があるらしい。
「だが・・。
それでも、お登勢は晋太には話す。
そして、何処に出奔するとしても
晋太にはいずれでも、行く先を教えに来る」
「そうですか?」
どうにも疑わしくなるのは
清次郎がこの十年の木蔦屋でのお登勢を様子を
かけら一つ知らないといったからである。
が、そこまで、猜疑され、疑われれば
清次郎もお登勢が晋太にだけは話す根拠を言うしかない。
「これは、俺もお芳さんにはいわなかったんだけど・・・。
お登勢が姉川でどんなむごい思いをあじわってるかは、
ききなすったかい?」
「ええ、縁の下で・・」
「そうだ。その通りだ。
だけどな・・・。
縁の下で自分を失いかけていたお登勢をみつけ、引っ張り出すほど、
お登勢の事を気にかけていたのが、晋太なんだよ。
お登勢は晋太にたすけだされたんだ。
誰よりも、晋太がお登勢を気にかけ、心配し、
助け、ささえてくれる。
そんな晋太だから、
お登勢は甘えられるんだと思う。
俺はほんの何日か晋太とお登勢と一緒にくらしたんだがな。
布団も無いていたらくでお登勢と晋太が子猫のように
寄り添って眠っていたよ」
なるほどと男は思った。
子供の頃からの知り合い、つまり、幼馴染ともいおうが、
この人間はのちに知り合った友人とは
どうも、一段違う場所にいるといっていい。
性格というものは
大人になっても下地の部分はほとんど、かわらないといっていい。
良い性分にしろ、
悪い性分にしろ、
幼い頃に見た素地のままの性分は
なぜか、こちら側もすんなりと受け止めてしまう。
それに較べ、歳を取ってからの友人は非常に出来にくい。
己の考え方や立場や損得などという
いらぬ知恵が介在し
相手をそのままに受け止めるより
付き合うに足る人間か
あるいは、どの程度の付き合いをするかを
先に詮議し、その結論にしたがう。
無垢だった自分が
綺麗な心で何もかもを許容した相手である分、
幼馴染というものは一層、大事な存在になりえるのであるが
それが
お登勢の場合・・・。
命の恩人といってもいいかもしれない。
正気をなくし、くるいかけたお登勢を
力強く現実に引き戻したのは
晋太の思いだろう。
『お登勢。くるっちゃあいけない。
どんなに辛くても
お登勢は頑張っていきなきゃあいけない』
お登勢の精神が快方に向かったのは
晋太という人間によって
『お登勢こそ、自分こそが大事』と気がつかされたせいだ。
ちっぽけで、一人じゃ生きてゆけない、役にも立たない、
そんな自分を晋太が大事に考えてくれる。
「お登勢、生きなきゃあ」
お登勢を支えてきたのは、このときの晋太の思いである。
このことにより、
お登勢は晋太に対する信頼を一層、深め、
文字通り、信じ、頼る唯一の相手になっていた。
こういうと、
お芳は頼ることができないのか?
と、いうことになってくるが、
まさにその通りといってもいい。
晋太以外の人間に対し、
お登勢はいつも気を配っていた。
素のままの感情をぶつけるなどというわがままを、
押さえ込んで、相手の状態を判断する。
言い方を代えればお登勢のほうが相手をかばって見ていた。
こんな相手にお登勢が心の底を見せることも出来なければ
頼ることも出来るわけが無かった。
だから、清次郎のいった事は的をえており、
聞かされた男も
今までの人付き合いで
清次郎の言おうとしている事に
うなづける、酸いも辛いも噛み分けた苦労があった。



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