憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・24

2022-12-18 12:38:52 | お登勢

「なるほど・・・。
確かにおまえさんの話を聞けば
晋太さんというのが、
『兄』のような人と言われたのに、得心するよ。
私は、
口入屋にも、いってこようとおもっていたんだけど、
その前にやはりその晋太さんをたずねてみようとおもう。
晋太さんというのが、何処にいるのか、
おしえてもらえまいか」
男の言葉に清次郎はゆっくりと男を斜めからみあげなおした。
「笑わせちゃあいけないよ。
木蔦屋にならいざ知らず、
この俺にも、お登勢に縁談をもちこもうという相手が誰か
あかそうともせず、
こっちの知ってることだけを喋れっていうのは、
むしがいいっていうか。
信用が置けないっていうか。
え?
その相手が何処の誰かも判らない。
ひょっとすると、とんでもない輩かもしれねえじゃないか?
おいそれと、俺もしゃべりたくねえ。
俺から晋太の居場所を聞き出して
晋太にだって、そんな態度でしゃべるつもりかい?」
清次郎のいう事はもっともなことである。
「そうだったな。
だけどな、その人はとんでもない人間じゃない。
とんでもないのは
むしろ、木蔦屋主人の剛三郎だ。
お登勢さんにとんでもないことをしかけやがって、
やむにやまれずお登勢さんは出て行ったんだよ。
だからこそ、お登勢さんをいっときも早く探し出して、
嫁に貰いたいと真剣に考えている人間が居るって事だけでも
つたえてやりたいんだ。」
「な・・なんだって?」
女衒なぞという生業をこなしていれば
嫌でもこうでも、男と女の醜聞、痴情の果ては耳に入ってくる。
男のわずかな言葉から
お登勢の身にあった事を直ぐに察することが出来るほど
女衒に染まりきり、なりきった清次郎である。
「ああ・・・。
いや、つい私も腹が立ってしまって、
お前さんを吃驚させたけど、
何、お登勢さんの身代は無事だったんだよ」
「おい、冗談じゃないぞ。
そりゃあ、普通の娘なら、
涙を呑んで諦めもしようし、
場合によっちゃあ、それを機会に妾にでもなろうって
考えられるかもしれない。
だけど・・・。
お登勢は・・・」
目の前で母親が犯され、殺されるのを見ている。
「俺が・・・どんな思いで木蔦屋にお登勢を預けたか
判っていて、
無事だったからそれでいいだと?」
清次郎がぐっと、こぶしを握ると
そのまま立ち上がろうとする。
「ちょっと待て。どこに行こうというんだい。
何処に行こうとおまえさんの勝手だけど
木蔦屋に殴りこみにいこうなんて、
了見をおこしちゃいけないよ。
そんな事にならないためにも
お登勢さんは黙って出て行ったんだ。
落ち着いて最後まで話をきいてからにしてくれないか」
清次郎が座りなおすのを待って男が話し始めたことは、
まず、お登勢の部屋に男が忍び込んだ事からはじまり、それが切欠でお登勢の声が戻ったこと。木蔦屋の女将は十中八九、夜這いが剛三郎の仕業であると思えるのに、気がついてないということ。ゆえにお登勢が女将をおもいはかり、事実を知らせることも出来ず、かといって、そのまま木蔦屋にとどまれば
剛三郎の恣意にのみこまれてしまう。
やむにやまれず、木蔦屋のため、
剛三郎の改心のため、
女将のため、
そして、何よりも自分の身を守るためにお登勢は
出て行ったのだ。と、清次郎に話し終えると
清次郎のこぶしが今度は目の下のたまり水をぬぐっていた。
「おそろしかっただろうに・・・。
どんなにか、おそろしかっただろうに・・・。
それでも、お登勢はまた
そうやって、人のことばかりきにかけて・・・」
「だからね。
そんなお登勢さんだから
先方も是非とも嫁に欲しいって、いうんだよ。
私はどうにでもして、この話をまとめたいから、
お登勢さんの居場所を突き止められる報せがほしくてね。
だからね・・・。
その人は
染物商、井筒屋の若頭、徳冶さんだよ。
なあ、
これで晋太さんが何処にいるか・話し・・て・・も・・ら」
口をあんぐりとあけたままになった清次郎に
男の言葉がとぎれた。
「なんだい?また、
なにか・・あるのかい?」
「な・・なにかも・なにも・・。
晋太の奉公先がその井筒屋なんだよ」
言い放たれた言葉の弾が
男の口もこじあけたかのように、
男の口から
「え?」
と、言葉がでたきり、
男の口もやはりあんぐりとあけたままになっていた。

「なんて、こったい。
灯台元暗しってことかい。だったら・・・」
晋太にききにいこうと
思った男がはたと考え込んだ。
お登勢に木蔦屋という後ろ盾があったからこそ
男が仲人にたてられたのである。
それが今は無い。
そういってもいいだろう。
お登勢さんに直接話をするしかなくなったわけだ。
そこにとりもち顔で話しに行く?
いいや、おかしい。
これは人任せ、仲人任せにみえるだけではないか?
晋太さんの所に聞きに行くのも
おなじじゃないか?
お登勢さんが此処に居ます。見つかりましたよって、
お膳立てがそろってから、尻がやっとあがる?
是非とも嫁にという態度にやあ、みえやしない。
そんなんで、お登勢さんが
嫁に行ってもいいなんて、思ってくれるわけが無い。
と、なると、
こりゃあ・・・・。
はやく、徳冶さんに知らせて
直ぐに晋太さんにたずねてもらったほうが、いい。
そして、徳冶さんが自ら
お登勢さんを探しあてるんだ。
そうだ。そうだ。そうでなくちゃあ、いけない。
男はすってのところで
いらぬでしゃばりをせずにすんだ自分に
胸をなでおろすと、
清次郎に言っておくことを口中に含めた。
「なあ、おまえさん。
この話を木蔦屋の女将にはなしたらな。
お登勢さんの嫁入りしたくは
自分にさせてくれといってきたんだ。
お登勢さんが黙って出て行ったわけもわからず
随分心配しなすっていたんだ。
女将はお登勢さんを本当の娘のように
おもっていなさる。
だからな、だからこそ、
娘とも思うお登勢さんに我が亭主がとんでもない了見を
持ったなんて知ったら、
女将は二重に苦しむだろう?
そこのところを判ってやって
おまえさんは今までどおり
なにも知らぬ存ぜぬでこらえてやってほしいんだ」
「判ってる。判ってるよ。
ましてや、お登勢の事をそうまでしてやろうって
お芳さんなら、
もう、俺もなんにもいうことはない。
それよりも・・・あんたがたいへんだろう?」
清次郎の見抜いたとおりである。
男はこれから木蔦屋にいって、
お登勢の出奔を話し、
縁談を纏められなかった、と、いわなければ成らない。
が、
お登勢が長年の恩がある木蔦屋をあしげにしたと
おもわれては、
成る話がならなくなってしまう。
と、なると、どうしても、
お登勢の出奔のわけ。
つまり、剛三郎の醜聞に触れるしかない。
徳冶に話すだけなら
徳冶の胸におさめてもらうだけでいいが、
井筒屋の夫婦にはなすということは、
剛三郎の信用を地に落とす事になる。
そのうえで、
剛三郎の醜聞を他言してくれるなと
いわなければ成らない。
悪さをしかけておいて、
それを人に話すなは、いかにも
盗人猛々しいではないが、手前勝手なことと、
剛三郎への評価はますます、地に落ちる。
こんなことはお登勢こそがのぞんでいないことだろう。
だが、話すしかない・・の・・だろう。
清次郎はそんな男の気の重さを
みぬいていたということである。

清次郎の住家を後にした。
胸の中の算段が男の歩みを鈍め
男はぽつり、ぽつりと歩く。
行き先はもちろん井筒屋であるが、
男の胸に浮ぶのは
事実を告げる重苦しさと
お登勢が知ることではないのに、
告げられることを憂うお登勢の顔である。
『このまま・・・話がまとまっても・・・。
お芳さんは何の問題も無いが、
剛三郎は・・・。
お登勢さんにしこりを残すだろうなあ・・・。
剛三郎にすれば、自分の元を逃げ出して、あげく、
お芳さんに事実を告げられないのを
逆手にとって、嫁入り仕度までおっかぶされたとおもうだろう。
こりゃあ、いわば、
暗黙のおどし、すかし・・・。そう、取るだろうなあ。
こんな思いをもたれちゃ、
お登勢さんが・・・。
いや、剛三郎自身が気の毒かもしれない・・・。
なにか・・・。
いい方法がないか・・・』
考えながら歩いてゆけば、嫌でも歩みは遅くなるが
それでもやはり
井筒屋についてしまう。
暖簾の前で大きく息をすい、
ふんっと鼻からぬくと、
男は軽く小首をかしげ
話してゆく構えが出来た自分に頷いた。
「ちょっと、邪魔するよ」
暖簾をくぐった男の声に
親子がすぐに迎え出るをみると、
やはり、
待ちくたびれて長の首になっていたと判る。
「奥にあがるよ」
男が先に声をかけると、
親子はさまに男の付き人になりかわり、
廊下を歩きだした男のあとに従った。
男が井筒屋奥の間に上がりこんだ頃、
木蔦屋にやっと剛三郎が
戻ってきた。



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