第一場(1971年1月上旬。 北京・中南海にある毛沢東の執務室。毛沢東、康生、江青、張春橋)
江青 「新年を迎えて、今年こそは陳伯達と、林彪グループを放逐する時が来たようですわね」
毛沢東 「まず、陳伯達を抹殺してやる。その後に、陳伯達批判を利用して、それに余り乗り気でない林彪一派を追い詰めていく。 黄永勝や呉法憲達の権限を奪い取っていけば、林彪自身も手足をもぎ取られたように、身動きができなくなるだろう」
張春橋 「じわじわと、林彪を追い込んでいくわけですね」
毛沢東 「そうだ、真綿(まわた)で首を絞めるようにな。 そうすれば、林彪だって何もできなくなるはずだ」
康生 「ただ心配なのは、林彪が苦し紛れに、とんでもない事を仕出かすこともありえますね」
毛沢東 「それはないだろう。林彪は唯一の副主席であり、私の“後継者”ということになっている。 彼がクーデタなど馬鹿げたことを考えるはずはない。そんなことをすれば、あの男は一巻の終わりだ」
江青 「でも、窮鼠(きゅうそ)、猫を噛むこともありますよ」
毛沢東 「いや、手足をもぎ取ってやれば、どんな虎やライオンでも大人しくなる。何もできなくなるはずだ」
張春橋 「それならいいのですが、主席だって劉少奇一派に追い詰められ、ついに文化大革命を発動して、乾坤一擲の勝負をかけたではありませんか。 林彪だっていざとなれば、何を仕出かすか分かったものではないと思います」
毛沢東 「ハッハッハッハッハ、いくらあいつでも、“紅衛兵”を創り出すことはできないだろう。 もちろん、わしも気を付ける。しかし、わし自身は、林彪まで抹殺したいとは思っていない。 なんといっても彼は、文化大革命でわしのために、粉骨砕身働いてくれたのだ。
彼がいなければ、とても劉少奇を倒すことはできなかった。その功労を思うと、林彪を抹殺するようなことだけはしたくない。 ただ、彼のグループの勢力が大きくなり過ぎたので、それを切り捨てようとしているだけだ」
江青 「でも、林彪は大変な野心家です。その点は、文革の最中にも、あなたが私に随分と指摘してくれたではないですか」
毛沢東 「それはそうだ。 誰だって野心は持っている。林彪だけではない。 だから、林彪の部下を切り捨ててしまえば、彼だって野心を捨てざるをえなくなる。手足をもぎ取られれば、誰だって何もできなくなるからな」
康生 「そうでしょうか。手足をもぎ取っていく段階で、向うが危機感を持って決起することだって考えられますよ」
張春橋 「林彪は何を考えているか分かりません。このところ、党の公式会議には、病気だと言ってほとんど出てこないではありませんか。 それに、林彪の家には、しょっちゅう黄永勝や呉法憲達が集まっていると聞いています。ひと頃は、陳伯達もよく行っていました。 彼が何を企んでいるのか、分かったものではないと思います」
毛沢東 「うむ、だから十分に気を付けることだけはしよう。 だが、こちらの狙いは、周総理も言っているように、林彪グループの力を弱めるとともに、アメリカとの関係改善をやり易くすることなのだ。林彪を撃つことではない。
彼が大人しくなって、党の大勢に従ってくれれば良いのだ。 ただ、君達が言うように、あのグループの動きは厳重に監視しなければならんな」
康生 「私の密偵組織によって、徹底的に監視します。もしもの事があったら、大変ですからね」
毛沢東 「うむ。それじゃ早速、陳伯達を批判する大集会を準備してくれ。 それから、黄永勝達のこれまでの罪状を洗いざらい調べてくれ」
康生 「分かりました。早速、取りかかります」
江青 「私にもやらせて下さい。こういうことは大好きですから」
毛沢東 「うむ、張春橋、君も手伝ってくれ」
張春橋 「はい、承知しました」
第二場(2月上旬。 北京・中南海にある林彪の居宅。林彪、黄永勝、呉法憲、葉群、林立果)
林彪 「もうすぐ北京で、陳伯達を批判する大集会が、党の公式な会合として開かれる。 われわれとしては、素直に陳伯達批判に同調しよう。そうした方が、敵を油断させ安心させるだろうからな」
呉法憲 「それはそうでしょうが、陳伯達批判に引っかけて、又われわれが追及されるようなことはないでしょうね」
林彪 「それは分からん。 しかし又、われわれが追及されてもいいではないか。大人しく、なすがままにしておくのだ。そうすれば、敵はますます油断するだろう」
黄永勝 「ただ心配なのは、われわれが追及、批判されることによって、解放軍の中に亀裂が生じることです。 副主席の威信や指導力に、陰りが出てくる恐れもあります」
林彪 「うむ、それは問題だな。そうした状況が生まれるかもしれない。 その時は、敵を一網打尽にする行動を急がねばならない。しかし、そこまで事態が急速に悪化するだろうか。 もっとじっくりと、情勢の推移を見極めていってもいいじゃないか」
葉群 「それは、一に敵の出方、攻撃にかかっていると思いますが、こちらとしては最悪の事態も考えて、早くクーデタ計画を煮詰めておく必要があると思います」
呉法憲 「そうです。クーデタ計画は、早く詰めておくのに越したことはありません。 どうでしょうか、副主席御夫妻と御子息が、保養のためという名目で蘇州に行かれては。 副主席は病気がちで、身体が思わしくないことになっていますので、寒さの厳しい北京を離れると言っても、疑われることはないでしょう」
林彪 「うむ、それはいい考えだ」
葉群 「結構なことですわ。病気療養のためと言えば、敵もわれわれの蘇州行きを認めないわけにはいかないでしょう。 蘇州へ行って、じっくりと計画を練ろうではありませんか」
林立果 「呉法憲将軍のアイデアは素晴らしい。 父が蘇州にいる間に、私は杭州や上海へ行って、腹心の部下や同志と一緒に、クーデタ計画の“青写真”を作ることにしましょう」
林彪 「そんなに具体的に青写真を作れるのか」
林立果 「大丈夫です。 お父さんがクーデタ計画のアウトラインを作ってくれれば、後はわれわれ同志の手で、完璧な戦術を立てることができます」
林彪 「しかし、時機や方法については、そんなに簡単に詰めることはできないぞ」
林立果 「もちろん敵の動向を見ないと、たやすく戦術を立てることはできません。 しかし、私としては一日も早く、クーデタ計画の“叩き台”を作りたいのです。叩き台さえできれば、後はそれをいかに応用するかということだけです」
葉群 「あなた、いいではありませんか。 早く青写真を作ってしまえば、後はそれをいくら改良しようとも、変更しようとも簡単にできます。要はまず、叩き台を早く作ることだと思いますが・・・」
呉法憲 「そうだ、それがいい。 御子息なら、仲間と一緒に素晴らしい青写真を作ってくれるでしょう」
林彪 「よし、そうしよう。それでは私が、蘇州でクーデタ計画のアウトラインをまとめる。 その上に立って、お前が具体的な戦術を立ててくれ。ただし、それを採用するかどうかは、情勢の推移を見て私が判断する」
林立果 「分かりました。ああ、ようやく私の出番がやって来た感じがします。 この一、二年、もやもやした思いで、周恩来や江青、それに張春橋達の図に乗った振舞いを苦々しく見てきましたが、これで、あの連中を叩きのめす機会がようやくやって来ました。 完璧なクーデタ計画を作ってみせますよ」
黄永勝 「いや、頼もしい限りだ。 御子息は副主席のためなら、たとえ火の中、水の中、どんな危険や苦労も厭わずに突進していくみたいですな。きっと、素晴らしい青写真が出来上がるでしょう」
林彪 「しかし、これは言うまでもないが、絶対に極秘にやらなければならない。 立果、娘達にも口外してはならんぞ」
林立果 「勿論ですとも。この話しはここだけのもの、妹達にも絶対に気付かれないようにやっていきます」
林彪 「うむ、娘達には、いざ決行という時になって、私から話してやる。それまでは、絶対に極秘だ」
葉群 「蘇州行きの件は、私から毛沢東に言っておきます。 黙って行ってしまうと、かえって疑われますからね」
林彪 「そうした方がいい。江青を通して、毛沢東に伝えてくれ。 その方が、あの女狐を立ててやることになる。後で騒ぎ立てられると困るからな」
黄永勝 「それでは、私どもは北京に残りますが、こちらの動静は逐一、副主席にご連絡しますからご心配なく」
林彪 「ああ、しっかりと頼んだぞ。 くれぐれも言っておくが、陳伯達批判が吹き荒れようとも、君達は大人しくそれに従っておればいいのだ。たとえ解放軍が矢面に立たされようとも、決して反論してはならない。 黙って大人しくしていれば、疑われることはないからな。 それでは、よろしく」
黄永勝 「承知しました」
呉法憲 「ご心配なく、それでは失礼します」(黄永勝、呉法憲が退場)
第三場(4月上旬。 北京・中南海にある陳伯達の家。陳伯達が部屋の中を行きつ戻りつしながら、モノローグ。 手に毒薬入りの小瓶を持っている)
陳伯達 「文化大革命とは、一体なんだったというのだ。なんでもありゃしない。 毛沢東と江青グループの権力を、強めてやっただけではないか。それ以外のなんでもないのだ。 俺は中央文革小組の組長として、出来るだけのことはしてやった。
ところが、文革が終って気が付いてみると、俺の周りにいた連中は“極左派”だということで、ほとんどが粛清されてしまった。 残ったのは、江青と張春橋、姚文元らのグループだけだ。 なんということはない。俺は文革の旗を振って、あいつらを押し上げてやっただけなのだ。
毛沢東は、俺が党内でナンバー4(フォー)の地位に就くと、かえって俺を疎んじるようになった。 文革でさんざん俺を利用しておきながら、文革が終れば、もう御用済みだというのか! あの独裁者はこれまで、俺の理論的才能を自分の都合の良いように使っておきながら、今になって、それを邪魔もの扱いしているのだ。
畜生! 勝手な奴だ。 国家主席を置いてなぜ悪いのだ。国家に元首があって当然ではないか。 あの男の勝手な都合で、国家元首を置いたり廃止したりしたのではかなわない。 林彪も林彪だ。自分がじわじわと追い詰められてきているのを知りながら、俺と手を取り合ってやろうともせず、臆病風に吹かれたのか、毛沢東の言いなりになっている。
馬鹿な奴だ。いずれあの男も、俺と同じような運命をたどるだろう。 その時になって気付いても、もう遅いというものだ。 畜生、毛沢東め! 俺は三十年以上もあの男に仕えて働いてきたというのに、たかが国家主席の問題だけで、どうしてこうも残酷な仕打ちを受けなければならないのだ。
血も涙もない悪魔! これがマルクス・レーニン主義者か。 これが共産主義者のやることか! これが偉大な毛沢東思想の権化のやることか! 江青のような“雌鳥”だけを可愛がって、自分の権力を守ることしか考えない醜い老いぼれめ!
俺はお前を呪ってやる。 お前がやった中国革命は偉大なことだったが、文革以後のお前のしたことは、陰険な“権力亡者”の血に汚れた仕打ちだけだ。 くそ爺い! 貴様がもっと早く死んでおれば、中国はもっと良い国になっていたというのに・・・なにが中国の赤い太陽だ! なにが中国の救世主だ!
お前がこれ以上生き長らえる限り、中国も中国共産党も、かえって混乱と血なまぐさい争いを繰り広げるだけだ。 そうは言っても俺自身、これまで毛沢東に従って、数限りない権謀術策と過ちを犯してきた。 そろそろ身を退く時が来たようだ。
この毒薬を飲めば、あの世に行ける。強制収容所にぶち込まれるよりは、いさぎよく死んだ方がましだ。 俺が死んだ後も、毛沢東の老いぼれが生きている限り、血にまみれた争いが続くだけだ。やりたいだけやれ! やってやってやりまくれ! 俺はあの世から、中国の血に汚れた歴史を見ていてやろう。
もう俺の役目も終った。荒れ狂う陳伯達非難の罵声を聞きながら、俺は死ぬ。 甲高い非難の罵声も、恐るべき弾劾の叫び声も、今の俺には、まるで鎮魂歌のように聞こえるのだ。疲れ切った心と身体を癒すには、死ぬことだけが最良の薬だ。 俺もあの哀れな劉少奇のもとへ行こう。(陳伯達、毒薬をあおる。舞台暗転)
第四場(4月上旬。 蘇州にある林彪の別荘。林彪、葉群、林立果。 林彪が「五七一(ウーチーイー)工作計画」書を読んでいる)
林立果 「“ウーチーイー工作計画”はどうですか」
林彪 「うむ、なかなか良く出来ている。 しかし、情勢分析は少し甘いようだな。そうとう希望的な“観測”が、あちこちに見られる。 これは、いざという時の叩き台だな」
林立果 「もちろん私も、武装決起がそう簡単に上手くいくとは思っていません。 これが、お父さんの考えているクーデタ計画の青写真になってくれれば、他に言うことはありません」
葉群 「でも、よくまとめてくれましたね。 あなたでなければ、これほど具体的な計画は作れなかったと思いますよ。感謝しています」
林立果 「ええ、空軍司令部の于新野や周宇馳、それに李偉信らと衆知を集めて練ったものですから、それほど悪い出来とは思っていません」
林彪 「なにはともあれ、ご苦労だった。この“ウーチーイー計画”を黄永勝達にも見せて、検討することにしよう。 とにかく、空軍が主力になるというのは良い考えだ。わが国は広いから、空軍の機動力を存分に使わなければ駄目だ。
それに陸軍は、われわれに味方しない者も大勢いると見ておかなければならない。 制空権さえ握っておれば、万一、南北両政権が対決するような事態になっても、十分に勝てる公算はある。 ご苦労だった、暫くゆっくりと休養を取ってくれ」 (その時、部屋の電話が鳴り、葉群が受話器を取る)
葉群 「もしもし、まあ、総参謀長ですか。お元気ですか・・・・・・えっ、陳伯達が・・・まあ、本当ですか。暫くお待ち下さい。 あなた、大変ですよ。陳伯達が自殺を図り、未遂に終ったそうです。 総参謀長です。とにかく、電話に出て下さい」(林彪、受話器を取る)
林彪 「もしもし、ああ、私だ。うむ・・・・・・そうか。 それで、陳伯達批判集会の方はどうだったのだ・・・・・・なに、そんなことまでやったのか。 よし、分かった。私はできるだけ早く北京に戻る。 クーデタ計画の叩き台もできたので、戻ったらじっくりと今後の対応策を話し合おう・・・うむ、それでは、ご機嫌よう」(林彪、受話器を置く)
葉群 「あなた、すぐに北京に戻るのですか」
林彪 「そうだ、事態は極めて深刻になってきたぞ。ここで、のんびりとしてはおれない」
林立果 「陳伯達が自殺を図ったのですか」
林彪 「うむ。 昨夜、自宅で毒薬を飲んで自殺を図ったが、幸い家人に早く見つかり、病院に運び込まれて、なんとか一命は取り留めたそうだ。 それにしても、可哀想に・・・」
林立果 「哀れなものですね。 あれほど毛沢東に可愛がられていた男が、そこまで追い詰められるとは」
葉群 「毛沢東の非情な仕打ちに、耐え切れなくなったのだわ。文化大革命で、あれほど“主人”に尽くしたというのに・・・可哀想に。 私達もいつ死に追いやられるか、分かったものではありません。 憎い! あの権力亡者の老いぼれが憎い!」
林彪 「それよりもっと悪いことは、陳伯達批判集会で、黄永勝や呉法憲らも名指しで非難されたというのだ。 毛沢東だけでなく周恩来も、われわれの仲間を公然と非難してきたそうだ。あいつらは陳伯達批判に連動して、われわれを窮地に追い込もうとしている。
可哀想に黄永勝達は、人民解放軍の幹部が大勢いる中で、面目を丸つぶれにされたのだ。 毛沢東はいずれ、黄永勝達を左遷しようと考えている。周恩来とぐるになって、われわれを追い落とそうとしているのだ。
畜生、こうなったら、こちらだって覚悟はできたぞ! 早速、北京に帰って、黄永勝らと対応策を話し合うことにしよう」
葉群 「あなた、五七一(ウーチーイー)計画を実行に移す時が来たと思いますわ」
林彪 「それは、まだ検討してみないと分からない。 とにかく、すぐ北京に戻る準備をしてくれ。もう、一日もおろそかに出来ない状況だ。 立果、お前も一緒に来てくれ。気の毒だが、休養を取るのは止めてくれ」
林立果 「勿論、休養などは取り止めます。喜んで北京に同行しましょう」