第十二場(1967年1月6日。 北京・中南海にある劉少奇の家。劉少奇と王光美)
王光美 「あなた、清華大学の『井崗山報』に載った、濤の文章のことを聞きましたか」
劉少奇 「いや、まだ聞いていない」
王光美 「ああ、あなたがその文章のことを聞いたら、絶望のあまり気を失うかもしれませんわ。 一体、あの子はなんて子なんでしょう。これまで、私達に大切に育てられてきたというのに、あの子はあなたや私のことを、有ること無いこと出たら目なことばかり書いて、中傷の限りを尽くしているのです」
劉少奇 「そんな酷いことを書いているのか」
王光美 「いくら周りが紅衛兵だらけといっても、親を誹謗しつくすなんて、あんまりですわ。 私はもう、目の前が暗んで何も手に付きません」
劉少奇 「濤はなんと言っているのだ」
王光美 「あなたのことを、破廉恥きわまりない汚職人間だとか、王前や子供達には氷のように冷たい人非人などと言っているのですよ」
劉少奇 「まさか・・・」
王光美 「それに私のことも、昔、神父さん達とアツアツの仲だったとか、野心満々のブルジョア女だとか、無茶苦茶なことを言っているのです。 私はそれを聞いた時、もう気が遠くなりそうで・・・あなた、あの子が、どうしてそんなことを書くのでしょう。なんと考えたらいいのか・・・」(王光美、泣き崩れる)
劉少奇 「馬鹿な、信じられん。あいつは気でも狂ったのか。 それとも、誰か娘の名を騙って書いたとしか思えん」
王光美 「でも、あの子の署名がしてあるのです」
劉少奇 (沈黙)
王光美 「狂っているのです。ああ、何もかも狂っているのです! こんな馬鹿なことが起きるなんて・・・」
劉少奇 「酷すぎる。何もかも紅衛兵達の仕業だ。 あいつらは革命の名において、人殺しや暴行、破壊、脅迫しかしないのだ。娘のせいではない。 全て、紅衛兵が悪いのだ。そう思わなければ、救われん」(その時、電話が鳴る。王光美が受話器を取る)
王光美 「もしもし、はい、そうです。 えっ・・・本当ですか?・・・・・・でも、私が行かなくてはならないのかしら・・・・・・病院の先生を出してちょうだい・・・それなら、また後で。(王光美、受話器を置く)
あなた、萍萍が学校から帰る途中、和平門付近で交通事故にあい、重傷を負って病院に入れられたんですって。本当かしら・・・いま、病院の事務員からの電話ですが」
劉少奇 「おかしい。あの子は用心深い子だから、交通事故にあうなんて考えられん。 それとも、紅衛兵の誰かが、わざと萍萍をはねたのだろうか」
王光美 「それも考えられますわ。紅衛兵は何をするか分かりませんからね」
劉少奇 「それで、お前はなんと言ったのだ」
王光美 「すぐ信じるわけにもいかないので、病院の先生を出して欲しいと言ったら、できるだけ早く、後で先生から電話をかけてくれるというのです。 医師が重傷だと言えば、私も信用して病院へ行くことにしますわ」
劉少奇 「そうだ。病院の事務員の電話では信用できん。 われわれをおびき出そうとして、ウソを言っているかもしれんからな。もう少し待とう」
王光美 「でも、萍萍のケガは相当重いというんですよ。 もしかしたら、手術も必要だと事務員が言っていました。大丈夫かしら」
劉少奇 「まったく気をもませることばかりだ。 それにしても、何もなければ、萍萍はもうとっくに家に帰ってきてもいい時間だが・・・町の中は、紅衛兵が無茶苦茶に車を乗り回しているそうじゃないか。 萍萍は、あいつらにわざとはねられたのかもしれん」
王光美 「じっと待っているのも辛いわ。あの子が本当に大ケガをしたというのなら・・・ああ、矢も楯もたまらないわ。(その時、電話が鳴る。王光美が受話器を取る) もしもし、ああ、先生ですか・・・まあ、本当ですか・・・そんなに大ケガなんですか・・・分かりました、すぐに行きます。それでは後で」(王光美、受話器を置く)
劉少奇 「やっぱり本当か」
王光美 「そうです。いま、外科の医師がはっきりそう言いました。 それも左脚を複雑骨折しているので手術をする必要があるが、それには保護者のサインが要るので、すぐに来ていただきたいというのです。 私はこれからすぐ、病院へ行きます」
劉少奇 「こうしてはおれん。私も一緒に行こう」
王光美 「いえ、あなたは家にいて下さい。あなたに、もしものことがあったら大変です」
劉少奇 「何を言う。お前独りで行かせたら、なおさら危険だ。 それに、萍萍が可哀想じゃないか!」
王光美 「・・・分かりました。それでは一緒に参りましょう」(二人とも、急ぎ足で退場)
第十三場(同じく1月6日。 北京・清華大学の構内。多数の紅衛兵が、王光美を拉致してくる)
紅衛兵代表 「清華大学の学友諸君。 われわれ井崗山兵団の紅衛兵は、つい先ほど、党内実権派の最大の親分である劉少奇夫妻を逮捕することに成功した!(喚声がどっと上がる) ただし、劉少奇は直接、わが清華大学に手を出したことはないので、今回は“寛容の精神”をもって釈放してやった」
紅衛兵達 「手ぬるいぞ! 中国のフルシチョフを逃してやるとはなんだ! 劉少奇も引っ張ってこい!」
紅衛兵代表 「だが、諸君。今日は、清華大学に最も大きな害毒を流してきた王光美を、これから徹底的に公開闘争にかけようと思う。 この女こそ、わが清華大学に黒い工作組を派遣した張本人なのだ!」(数人の紅衛兵が、王光美を舞台の真ん中に連れて来て座らせる)
紅衛兵達 「王光美を打倒せよ! 女狐を徹底的に尋問しろ! ブルジョア反動分子を叩きのめせ! 王光美を許すな!」
紅衛兵代表 「この女は先ほど、娘が交通事故にあったという、われわれのニセ情報にまんまと騙されて、病院に駆けつけたところを逮捕されたのだ」
紅衛兵達 「間抜け! ブルジョア母性愛の権化! それでも、国家主席の女房か!」
紅衛兵代表 「王光美よ、なんとか言ったらどうだ。われわれの策略に引っかかったお前は、なんて哀れな奴なんだ」
王光美 「あなた方は卑怯だわ。さあ、好きなように私を闘争しなさい」
紅衛兵達 「クソ婆(ばばあ)、開き直るのか! もっと謙虚になれ! お前は大罪人なんだぞ!」
紅衛兵一 「さて、始めるぞ。 王光美よ、お前はこの前、インドネシアへ行った時に着ていた、このきらびやかな服を着てみろ!」(紅衛兵一、白い薄手の洋服を王光美に渡そうとする)
王光美 「いやです。その服は薄絹の夏物だから、着られません」
紅衛兵二 「何を言うか、お前はわれわれの言うとおりにするのだ。さあ、着ろ!」
王光美 「いやです。着られないものは着られません」
紅衛兵三 「なんだと、お前は“三反分子”の女房なんだぞ。 寒いなら、これを着た上にコートを羽織ればいいじゃないか」
王光美 「だめです。あなた達に、そんなことを強制する権利はないでしょう」
紅衛兵四 「バカ言え、お前には自由はないんだ。さあ、着ろ。『凍え死ぬハエありとも、取り上げるに足りない』と、毛主席はおっしゃっているんだ」(紅衛兵達、王光美に詰め寄る)
王光美 「あなた達は暴力を振るうのですか。 毛主席は、武闘を用いてはならないと言っているではありませんか!」(紅衛兵達、抵抗する王光美に無理やり洋服を着させる)
紅衛兵代表 「それ見ろ、着られたではないか。お前はその格好をして、スカルノといちゃいちゃしていたんだぞ。 そして、中国人民の顔に泥を塗り、中国人民を侮辱したんだ!」
王光美 「私がいつ、中国人民を侮辱したというのですか。 私は国家主席夫人として、外交上の務めを果たしただけです」
紅衛兵一 「ウソつけ! お前はスカルノのような悪党と遊びほうけて、中国人民を馬鹿にしたんだ。反省しろ!」
紅衛兵二 「それにお前は、工作組を清華大学に派遣して、われわれの革命的な行動を弾圧しようとしたではないか」
王光美 「工作組の派遣は、党中央が決定したものです。私が勝手にやったものではありません」
紅衛兵三 「違う。 お前は自分勝手に大勢の者に打撃を加え、一握りの者を保護したんだ。その責任はお前にあるんだぞ」
王光美 「私はそんなことはしていません。何もかも濡れ衣です」
紅衛兵四 「まだ“しら”を切るのか! クソ婆、少しは真面目に答えろ!」
王光美 「本当のことしか言っていないわ」
紅衛兵一 「強情な女だ。 それじゃ聞くが、お前はどうやって、共産党に紛れ込んできたんだ」
王光美 「紛れ込んだりしていません。 何度も申請して、正規の手続きをきちんと踏んでから入党したのです」
紅衛兵二 「お前は共産党に入ってくる前に、カトリックの神父やブルジョア旦那どもと、“熱い”関係にあったというじゃないか」
王光美 「何を言うのです! そんな恥知らずなことは、まったく身に覚えのないことです。馬鹿なことを言わないで下さい!」
紅衛兵三 「ヒステリーを起こすな! それなら、どうして劉少奇のような男と一緒になったのだ。臭いもの同士で“馬が合った”ということか」(紅衛兵達、どっと笑う)
王光美 「劉少奇は、とても誠実で素晴らしい人です。 あなた達が悪く言うような人ではありません」
紅衛兵四 「牝犬め、のろけやがって。 おい、こいつに首輪をかけてやろうじゃないか。さあ、牝犬らしくしろ!」(紅衛兵達、喚声を上げながら、王光美の首に無理やり荒縄の輪をかける)
紅衛兵達 「いいぞ、いいぞ! 牝犬らしく這ってみろ! ワンワンと吠えてみろ! それでも国家主席の夫人か!」
王光美 「なんですか、あなた達は・・・私をこんな目にあわせて、そんなに嬉しいんですか!」(王光美、泣き崩れる。笑い声や喚声がどっと沸き上がる)
紅衛兵一 「そんなに嫌か。お前には、そういう格好が一番似合うぞ」
紅衛兵二 「死にたいと思うなら死んでみろ。お前の命なんか、ちっとも惜しくはないんだ」
紅衛兵三 「犬みたいに引きずり回してやるか。さあ、這ってみろ!」(王光美の腰の辺りを蹴る)
王光美 「私をこんなに辱めるなんて・・・あなた達は人間なの! いや、人間じゃない、獣(けだもの)だ。人の顔をした獣だ。 獣に“なぶりもの”にされるくらいなら、死んだ方がずっとましだ。私をこんな目にあわせて、気持がいいのでしょう。 さあ、私を殺しなさい! 一思いに殺しなさい!」
紅衛兵四 「そう簡単に、お前を殺すわけにはいかないんだ。 お前がこれまで積み重ねてきた罪業の数々を償うためには、もっと地獄の苦しみを味わってもらわなければ困るのだ」
紅衛兵一 「われわれの怨念の炎に焼かれて、お前はのたうち回れ!」
王光美 「いいわ、呪いたいだけ呪うがいい。あざけるだけ馬鹿にするがいい。 それが、品性下劣なあんた達には似合いの仕業よ」
紅衛兵二 「まだほざくか、この女郎め」
紅衛兵三 「殺さないだけでも有難いと思え!」
紅衛兵四 「悪女め、さあ這ってみろ!」(紅衛兵達、王光美を蹴ったり小突き回す)
王光美 「無礼な。今にあんた達も酷い目にあう時が来るわ。 なにが文化大革命なの。こんな中国なら、呪われて滅びるがいい・・・」(王光美、うつ伏して動かなくなる)
第十四場(1月上旬。 北京・中南海にある毛沢東の家。毛沢東、林彪、陳伯達、江青)
江青 「ホッホッホッホッホ、皆さん、お聞きになりまして。 あの王光美が紅衛兵に吊るし上げられて、気も狂わんばかりだったそうですよ。本当にいい気味だわ。 これからも大いに公開闘争をするよう、紅衛兵の代表に言っておきましたわ」
陳伯達 「いや、江青同志のやり方はまったく凄まじいものだ。紅衛兵達も喜び勇んで、あの女狐を痛めつけていた。 この次は、いよいよ劉少奇を吊るし上げる番ですな」
林彪 「もうこれで、劉少奇夫妻も二度と立ち上がれない打撃を受けたわけだ。主席もほっとされたでしょう」
毛沢東 「諸君のお陰だ。 思えば一昨年(おととし)の十一月、上海で文化大革命の狼煙を揚げた時、わが人生における最後の闘いとはいえ、正直言って勝てるかどうか自信はなかった。それほど、私は追い詰められていたのだ。
しかし、今や劉少奇一派はゴミ箱に捨てられた屑ものも同然だ。奴らは異臭を放ちながら朽ち果てる運命となってしまった。 そして、中国は文化大革命の嵐の中で、新しい社会主義国家として蘇ろうとしているのだ」
江青 「われわれの勝利の陰には、なんと言っても、林彪閣下の大きなご尽力があったことを忘れるわけにはいきません」
林彪 「いやいや、私の力などは大したものではない。 それより、陳伯達同志や江青同志が中央文革小組を率いて、文化大革命を推進してきた功績は素晴らしいものだ。 これこそ、毛主席を最もよく支えた黄金の砦であり、私の人民解放軍などは、単に文化大革命に協力してきたにすぎない」
毛沢東 「麗しいエールの交換だな。人民解放軍と中央文革小組、それに革命的な大衆の三つが結合する時、文化大革命は初めて成功するのだ。 わしは革命を推し進め、上海を始め各地にコミューンを創っていきたい。 その際にも、君達の相互の協力が必要となる。十分に連絡を取り合って、闘いを進めていこうじゃないか」
陳伯達 「林彪閣下が毛主席の後継者だということは、党内外に徐々に浸透してきています。 国務院の連中は、それに批判的ではありますが、文化大革命に誰が最も尽力したかは、口に出さなくても衆目の一致するところです」
江青 「そうですとも。林彪閣下こそは、毛沢東思想を最もよく理解され、解放軍の中でそれを徹底させてこられました。 文化大革命が完遂できるかどうかは、あげて林彪閣下の双肩に掛かっていると言っても、過言ではないでしょう。
解放軍の“後ろ盾”がなければ、どうして、われわれ中央文革小組の運動が成功するでしょうか。その点、これからも宜しくお願い致します」
林彪 「いやいや、身に余る評価を頂いて光栄に思います。 私はただ、毛主席と文化大革命に命を捧げるつもりで頑張ってきたに過ぎない。それ以上のことをしようと思っても、私にはできないのだ。 私は、毛主席に身も心も預けているに過ぎないのです」
毛沢東 「その言葉こそ、今の私にとって心強いものは他にない。林総(りんそう)、ありがとう。 いずれ正式に、君を私の後継者にするよう党中央で決めてもらうつもりだ。 私も七十歳をいくつも超えて、この先、いつあの世へ行くかもしれない。林総のような優れた後継者がいてくれることは、なによりも安心だ。
毛林体制は文化大革命を契機に、今や揺るぎないものになったと言える。 陳伯達同志も江青も、林総に惜しみない協力態勢を取って欲しい。そうすればもう二度と、腐敗した実権派の連中に党の権力を奪われることはないだろう。 諸君、よくやってくれた。文化大革命の成功と、偉大な中国の将来を祈って乾杯しようではないか」
江青 「素晴らしいことですわ。毛主席と林彪閣下、お二人の末長いご多幸とご健康、それに文化大革命の勝利を祈って乾杯しましょう。 とびきり上等で古い老酒があります。それを出しましょう」(江青、奥の戸棚から老酒とグラスを持ってきて、乾杯の準備をする)
陳伯達 「それでは、不肖私が、乾杯の音頭を取りましょう。 毛主席、林彪閣下、中華人民共和国、それに文化大革命を祝って乾杯!」
一同 「乾杯!」(四人、老酒をあおる)