矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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文化大革命(10)

2024年12月13日 14時05分10秒 | 戯曲・『文化大革命』

第九場(12月上旬。北京・中南海にある中央文革小組の本部。 陳伯達、江青、張春橋、王力)

江青 「紅衛兵のお陰で、彭真も陸定一も、羅瑞卿も楊尚昆も次々と逮捕されました。 気の弱い羅瑞卿などは、飛び下り自殺を図りましたが、失敗して脚の骨を折るという不様な格好で逮捕されましたよ。人民解放軍の元総参謀長にしては、惨めな末路としか言いようがありませんわね」 

王力 「まったく哀れな奴らだ。 紅衛兵の襲撃に遭うと、あいつらは猫に襲われたネズミのように、悲鳴を上げて叩きのめされるだけだからな」

張春橋 「近いうちに、連中を公開の場で闘争しなければならない。 そうしてやれば、連中の政治生命は完全に息の根を止められるわけだ」

陳伯達 「それはいい考えだ。すぐにでもそうしよう。 江青同志、紅衛兵達に“公開闘争”を指示したらどうだ」

江青 「そうしましょう。きっと面白い見せ場になるでしょうね。 彭真達が脂汗を流して闘争されるなんて、考えてみただけでも痛快の極みですよ」

王力 「紅衛兵の激烈な闘争で、冬の寒さもどこかへ吹っ飛ぶというものだ。 あいつらだって冷や汗のかきっぱなしで、寒さも忘れてしまうぞ。ウワッハッハッハ」

張春橋 「闘争はできるだけねちっこく、執拗にやってやるのがいい。 頭に三角帽子をかぶせ、首にプラカードを懸けさせて、街の中を引きずり回してやるのだ」

江青 「大丈夫です。そういうことは、紅衛兵達が一番良く心得ています。 それより、私が早くやりたいのは、全ての悪の根源である劉少奇と王光美を、なんとかすることです。あの二人に手を付けないでいては、文化大革命も“尻切れトンボ”になってしまうでしょう」

王力 「江青同志、その点は順調にいっていますよ。 もうすぐ『劉少奇は中国のフルシチョフだ。徹底的に打倒せよ』という壁新聞も出しますし、登小平だって息の根を止めてやります」

江青 「いいえ、登小平の方は適当にやっておけばいいのです。あの人は、十一中全会の開会延期に一役買ってくれたのですから。 問題は劉少奇と王光美です。あの二人に地獄の苦しみを味わわせてやらなければ、なんにもなりません」

陳伯達 「劉少奇と登小平を、分けて考えるということだな」

江青 「そうです。 登小平も確かに実権派のリーダーであり、数多くの過ちを犯してきました。ついこの間までは、毛主席のことをまったく無視して、党務を采配してきたことも事実です。 しかし、それは全て、劉少奇の指示に従ってやってきたことで、最も悪いのは中国の“フルシチョフ”と、その奥方です。

 あの二人の息の根を止めないで、どうして、文化大革命が達成されると言うのでしょう。 その点は、皆さんにも十分に分かって頂けるはずです」

張春橋 「いやはや、劉少奇夫妻のことになると、江青同志の目の色は変わり、一段と舌鋒が鋭くなりますな」

王力 「われわれは、劉少奇個人の攻撃も勿論やりますが、実権派の連中を全て血祭りに挙げてやりたいのですよ」

江青 「でも、実権派の連中を二度と立ち上がれないようにしてやるには、その大親分である劉少奇に、致命的な打撃を与えてやるのが一番効果があるでしょう。 そうは思いませんか」

陳伯達 「それはそうだが、落ちぶれたとはいえ、劉少奇はまだまだ形だけは“国家主席”だ。 そう簡単に手を出すことができるだろうか」

江青 「いい方法があるんですよ。 劉少奇の娘の劉濤は、前夫人の王前との間の子で、王光美に対しては常日頃、反感を持っているのです。“出しゃばり”の王光美が、いつも劉濤をないがしろにするものですから、彼女は継母の王光美を嫌っており、そんな王光美の尻に敷かれている父親に対しても、彼女は嫌気がさしているのです。

 劉濤は、文化大革命が燃え盛っている清華大学の学生ですから、私がこれからすぐ会いに行って、父母のスキャンダルを暴露するよう、彼女を説得しましょう」

陳伯達 「それはいい考えだが、上手くいくかな」

江青 「大丈夫です。 清華大学では、紅衛兵運動が非常に勢いづいていますので、劉濤も劉少奇の娘ということで、肩身の狭い思いをしているのです。 だから、彼女が父母のスキャンダルを暴露すれば、劉濤自身も身辺が安全になるし、劉少奇夫妻の面目を失墜させることにも大いに役立つのです。 きっと、劉濤を説得してみせますよ」

張春橋 「さすが江青女史だ。その計画はきっと上手くいく。 自分の娘にまでソッポを向かれたんでは、劉少奇の権威も丸つぶれだな。それを突破口にして、劉少奇夫妻を追い詰めていこう」

王力 「ますます面白くなってきた。 江青同志、あなたはやり手だから必ず成功する。頑張って下さい」

 

第十場(12月20日、北京市内。 多数の紅衛兵が彭真、陸定一、羅瑞卿、楊尚昆の頭に三角帽子をかぶせ、首にプラカードを懸けさせて連行してくる)

紅衛兵代表 「紅衛兵諸君、革命的な北京市民の皆さん。 ここにいる薄汚い連中をよく見て下さい。こいつらはこれまで、中国共産党と中国国民を食いものにしてきたウジ虫どもです。 よく顔を見てやって下さい。こいつらの顔は、わが国の昔話に出てくる醜い妖怪変化とよく似ているでしょう。

 そうです。こいつらこそ、現代中国の牛鬼蛇神、妖怪変化そのものです。 こいつらは何十年にもわたって、われわれの輝ける太陽・毛沢東主席に敵対してきただけでなく、党の中央にもぐり込み、数々の悪事を犯してきたブルジョア反動分子の“化け物”です。

 われわれが寒い冬空の下、身を削るような思いをして働いていた間に、こいつらは、西洋の高級ウィスキーなどを飲みながら、贅沢三昧な生活を楽しんでいたのです。 しかし、こいつらの優雅なブルジョア的な生活も、もうお終いです。

 今や全ての悪事が暴露され、こいつらはこうして、われわれの手によって捕えられたのです。 諸君、中国共産党と革命大衆を裏切ったこのウジ虫どもを、今こそ、ここで徹底的に闘争してやろうではありませんか!」

紅衛兵達 「異議なーしっ! 妖怪変化どもをやっつけろーっ! ウジ虫どもをぶっ殺せーっ! ブルジョア反動分子を叩きのめせーっ!」

紅衛兵一 「やい、ブタども、お前達は頭(ず)が高い。こうしてやる」(紅衛兵達、四人の両腕を後ろにねじ上げ、頭を上から押さえ付ける)

紅衛兵二 「これが“ジェット式”の仕置きと言うんだ。お前達には、これが一番似合うぞ!」(紅衛兵達、喚声を上げたり拍手をする)

紅衛兵三 「さあ、貴様達を一人一人尋問してやる。 やい、彭真。お前は長い間、北京市長の職にありながら、毛主席に背いた上に党をあざむき、現代修正主義の道を歩んできたことを認めるか」

彭真 「認めます」

紅衛兵四 「陸定一よ、お前は中央宣伝部長をしていながら、毛主席の指示をないがしろにして、誤ったブルジョア反動の文化路線を、党員に押し付けてきたことを認めるか」

陸定一 「はい、認めます」

紅衛兵五 「羅瑞卿、お前はこの中で最も醜悪だ。 お前は人民解放軍の総参謀長という要職にありながら、絶えず林彪国防部長に敵対し、毛沢東思想による軍の統一と団結を乱してきたことを認めるか」

羅瑞卿 「認めます」

紅衛兵六 「楊尚昆、お前はこの中で最も陰険で悪辣だ。 お前は毛主席の執務室に盗聴器を仕掛け、情報を盗んではソ連大使館に通報し、毛主席を陥れようとしたことを認めるか」

楊尚昆 (苦しそうな声で)「祖国を裏切るようなことだけはしていない」

紅衛兵六 「なにっ、貴様は、俺がいま言ったことをしていたかどうか、認めないのか!」(数人の紅衛兵が、楊尚昆の頭を更に強く押さえ付ける)

楊尚昆 「認めます!」

紅衛兵代表 「諸君、聞いたか。 この四人はいま、これまで一片の良心もなく、恥知らずにも毛主席と中国共産党、中国人民をあざむき裏切ってきたことを認めたのだ。 こいつらをいくら罰しても、罰し足りないくらいだ。

 本来なら、死刑に処しても当然の連中だが、われわれ革命派はむやみに人を殺さない。 こいつらに、徹底的な自己批判を要求すると共に、腐敗堕落した実権派への“見せしめ”のために、これから北京市内を引きずり回すことにしよう!」

紅衛兵一 「よしっ、さあ立て、イヌども!」

紅衛兵二 「命だけは助けてやろう。その代わり、お前達は強制収容所で、頭のてっぺんから爪先まで思想改造をしなければならんぞ!」(紅衛兵達、四人を立たせて歩かせる)

紅衛兵達 「思い知ったか、悪党! ふらふらしないで、しっかり歩け! 裏切者! ブタ野郎! ソ連の回し者! 頭を叩き割ってやるぞ!」(紅衛兵達、罵声を浴びせたり、小突いたりしながら四人を引っ張っていく)

 

第十一場(12月下旬。 北京・清華大学内の教室。江青と劉濤、他に数人の紅衛兵)

江青 「先程から言っているように、私はあなたに、劉少奇批判を強制しているのではないわ。 あなたも、もう立派な大学生です。自分の良心と判断に従ってお決めなさい。 嫌ならいいんですよ、無理にとは言いません。

 でも、私達はいま、文化大革命の真っただ中にいるのです。家庭の問題を、革命の上に置いてはいけません。 あなたも、革命の大義のために生きるべきなんですよ」

劉濤 「その点は、よく分かっています。先生に言われるまでもなく、私は毛沢東思想に忠実な学生です。 それに、私は昨日、生みの母の王前に会ってきました。その結果、私は決心したのです」

江青 「それはどういうことなの?」

劉濤 「母は、国共内戦当時の父のいろいろな恥ずべき行動や、生活ぶりを教えてくれました」

江青 「まあ、それはどういうこと? 教えてちょうだい」

劉濤 「私は近いうちに、父の恥ずべき過去を暴露します。 父は、白区での工作費を自分のために使ってしまったのです。人民のお金で、金の皮ベルトや金の靴べらを作ったのです」

江青 「なんということでしょう。それは本当なの?」

劉濤 「本当です」

紅衛兵一 「恥知らずだ、劉少奇は。悪質な汚職ではないか!」

劉濤 「しかも、父は王前と離婚した時に、金の皮ベルトを母にくれたのですが、登頴超先生らには後で、あれは母に盗まれたのだと言って、裏で陰口をたたいていたのです」

江青 「まあ、なんて卑怯なんでしょう」

劉濤 「私はその話しを母から聞いた時は、恥ずかしくて悲しくなりました。 私はその金の皮ベルトを、父の汚職の証拠品として、後で中央文革小組にお渡しします」

紅衛兵二 「よく言ってくれた、劉濤。君はえらいぞ、それでこそ紅衛兵の一員だ」

劉濤 「それに、父は大ウソつきです。 後で分かったことですが、母と結婚する時に、父は自分の年齢を十一歳も若くごまかして、母の歓心を買ったのです」

江青 「まあ、汚い。毛主席は、そんなウソは言いませんでしたよ」

劉濤 「また、父は母と離婚して王光美と再婚すると、私や弟に、母と会わせないようにしました。 母から手紙が来ても、私や弟に見せないばかりか、母を罵倒するような返事を書くよう私達に強制しました。 私も辛かったのですが、もっと可哀想だったのは別れた母でした」

江青 「なんて薄情な人なんでしょう」

紅衛兵三 「劉少奇は、それでも人の子の親か!」

紅衛兵四 「そんな冷酷な奴は、叩きのめしてやれ!」

劉濤 「それに、父はまったく王光美の言いなりでした。 私や弟には、ごく粗末な衣服しか買ってくれませんでしたが、王光美のためには、最高級のドレスや着物を買って与えていました。 それもこれも、王光美の歓心を買うためで、彼女はわが家では“女王”のように振る舞っていました」

紅衛兵一 「あの女は、自分をいったい何様だと思っているんだ!」

紅衛兵二 「わが革命中国には、女王様なんていないはずだ」

江青 「いえ、王光美は今まで、自分が中国の女王だと思っていたのです。劉濤さんの話しを聞いていると、それもうなずけるじゃありませんか」

紅衛兵三 「許せない、絶対に許せない! 汚職にまみれた人非人の劉少奇も、ブルジョア貴婦人のように振るまい女王面をしている王光美も、どちらも絶対に許せない!」

紅衛兵四 「二人とも、臭いもの同士の似合いの夫婦だ。 人民の貴重な金を横取りし、離別した妻や子供達を虐待する奴と、美人気取りの鼻持ちならない女狐だ。こんな奴らは生かしておかないぞ」

劉濤 「ですから、私も決心したのです。あの二人の悪行の数々を暴露します」

江青 「よく言ってくれました。 親に孝行などと、孔子が言うような古臭い道徳は、文化大革命を進めている今の中国には、百害あって一利なしです。あなたの勇気に敬意を表します。 幸い、この清華大学には、『井崗山報』という紅衛兵の機関紙があるでしょう。

 あなたは、いま言ったことを『井崗山報』に載せて、劉少奇夫妻の悪行を天下に明らかにするのです。 そうすれば、あなたは紅衛兵から認められ、称賛されますよ」

劉濤 「分かりました。 それでは図書館へ行って、早速、あの二人を打倒する文章を書きます。失礼します」(劉濤、退場する)

江青 「皆さん、劉少奇夫妻を完全に打ちのめすチャンスが、ついにやって来ましたね。 でも、劉濤の暴露だけではまだ足りません。他にもっといい方法はないかしら」

紅衛兵一 「諸君、他に何かいい方法があるかな」

紅衛兵二 「上手くいくかどうか分からないが、あの二人には、萍萍という中学生の娘がいる。王光美はその娘を大変可愛がっているから、萍萍を拉致して劉少奇夫妻をおびき出し、闘争にかけてやるというのはどうだろうか」

紅衛兵三 「それはいい考えだ。時機を見て萍萍を誘拐してやろう。 そして、娘が交通事故にあったとニセ電話をかけてやれば、あの二人は心配して外に出てくるだろう。そこで二人を捕まえて、吊るし上げてやればいいのだ」

江青 「まあ、名案ですこと。あなた達も革命に情熱を燃やしていると、次から次にいい考えが浮かんでくるんですね。 そう、愛娘(まなむすめ)が交通事故にあったと聞いたら、あの気位の高い王光美も真っ青になって飛んでくるわ。

 ホッホッホッホ、なんて素晴らしい策略でしょう。あの二人を公開闘争にかけてやれば、毛主席だって内心は喜ぶはずです。 私が責任を持ちますから、皆さん、是非そうやって下さい」

紅衛兵達 「承知しました。 必ず上手くやってみせます。 面白くなってきたぞ」


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