毎日が山のこと

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小川町側から笠山へ(2020年1月17日)

2025-01-31 09:28:24 | 奥武蔵・秩父の山

5年前の2020年1月に小川町の笠山に登った。

笠山はさいたま市からも三角形の特徴のある姿が確認できる。

この時は、小川町の側から笠山神社への昔の参道をたどって登ってみた。

 

小川町駅からバスに乗り、9時半に切通しでおりて蛇行している槻川にそって笠山へとむかう。

谷の正面に三角形の笠山がよく見える。

 

谷を30分ほどさかのぼっていくと、右手に分かれ道があらわれ、そこに笠山歩道と書いた手作り看板があった。

看板にしたがって右の道にはいる。

この道は古くから笠山の山頂にある笠山神社への参道だったらしい。

 

 

古い石碑もあったが、字はとても読めない。

 

すぐに山道となったが、山仕事のために林道として広げたらしくて昔の道ではない。

 

少し奥まで行くと枯れ枝がたまり、下草も伸びている。

あまり人が歩いていない感じだ。

 

下草をかき分けるように歩くところもあったが、途中に鳥居や祠もあった。

あまり人が歩いていないけど、手作りの道標などもあって迷うようなことはない。

登山道としての復活をもくろんだ人がいたのだろうが、あまり利用されていない感じだ。

たぶん車で入れる舗装された道が別にあるからだろう。

 

尾根筋にそった道にでるとぐんと歩きやすくなった。

 

尾根の道をだどっていくと舗装の道に出た。

東秩父村の萩平と小川町の栗山を結ぶ道だ。

車でこれるのだから歩いて登る私のようなアホは少ないのだ。

この道を歩いて栗山に向かう。

 

 

10時55分、道は南斜面に点々と民家が広がる栗山の上部に出る。

栗山集落の向こうにはめざす笠山と隣の堂平山が見えて。

このあたりで標高300mくらいだ。

山里だけに冬の夜は冷え込むだろうが、昼間は陽光をたっぷりとあびる南斜面だ。

 

でも畑は茶色。もちろん冬だからだろうが、最近は山畑は作っていないところが多い。

 

栗山集落の最上部の屋敷に小川町指定の記念物「福島家の大マキ」があった。

栗山でも一番奥にあたるので古くから土地の有力者の屋敷があったのだろう。

 

大マキのちょっと先には、この地区の観光公衆トイレがあった。

まだ新しくきれいなトイレだ。

 

途中から舗装の道から林道にはいる。

この道も舗装してあった。

そして、笠山の登山道の入り口には鳥居があり、その前には未舗装だけど駐車スペースも設置されていた。

 

鳥居をくぐって笠山にむかう。

「バイク侵入禁止」の看板が鳥居の根方に置いてあった。

オフロードバイクで入る人があるようだ。

 

少しあがると神社の建物があった。

笠山神社の里宮だろう。

そこからあまり急ではない斜面をあがっていく。

次第に落葉樹もまじるようになってきた。

 

道が左にトラバース気味になって尾根にむかって登っていく。

 

笠山から北東にのびる尾根にのった。

その尾根を登っていく。

 

葉を落とした木々のあいだから栗山の集落が見えてきた。

 

山頂が近づくと古い崩れかけた石の階段があらわれた。

これは山頂にある笠山神社の参道だろう。

でも石が崩れかけていてしかも急なので、そのまま山道をたどって山頂へとまわりこむ。

 

かなり展望が開けてきた。

 

12時12分、ようやく山頂に到着。

 

笠山神社上社。

 

山頂にも樹木はあるが、まばらな部分からかなり広範囲に見渡せる。

これは雪をかぶった浅間山。手前に御荷鉾山も見えている。

 

こちらは上越国境の山々。手前の黒い三角は子持山だろう。

神社の場所は風が通って寒かったので、秩父側に移動。

日当たりの場所を選んで休憩した。

 

笠山のピークは、堂平山から北に伸びてくる稜線から少し東に飛び出している。

神社をあとに主稜線へと移動。

 

その主稜線上に笠山の標識がたっている。

写真はそのあたりから北関東をみたもの。

実際は神社のあるピークの方が少し高いのだからここに笠山の標識をたてるのはどうなのかと思うけど。

 

それはさておき、南にすすんで堂平山との間にある笠山峠へとくだった。

 

13時16分、笠山峠からは西へと東秩父村の白石へと下る。

 

一度林道に出てまた山道をくだるとまた林道にであう。

そのあたりは樹木のあいだに竹がたくさん生えていた。

ここからは林道を歩いて、バス終点の白石車庫をめざす。

 

歩いてきた林道と白石峠にむかう道との合流点。

 

そのあたりからようやく人里らしくなってきた。

 

白石の里にでると、道端には石の地蔵がまつられていた。

 

さて、バス停の白石車庫についてみると、昨年の豪雨による道路崩壊でバスはかなり先の皆谷(かいや)折り返しと書いてある。

ありゃあ、まいったなぁ。

しかたがないので皆谷までてくてく歩く。

 

バス停白石車庫からしばらく歩いた白石の山里風景。

 

石の地蔵さんに白い前掛けとみかんが二つ。

 

白石地区の北のはずれにあるお寺。

大雨のせいかわからないが、大きな倒木の除去作業をしていた。

 

ここが道路崩壊地点。

乗用車は通行可能だが、バスは無理ということか。

濁流が道路の下をえぐってしまったのだ。

崩壊地点はほかにもあったが、通行不能という程度ではなかった。

白石車庫から皆谷まで約3km。

最後は急ぎ足になったが、皆谷のバス停で計画していたバスに乗ることができた。

2019年の大雨の被害のあとは、その後奥武蔵の山を歩いたとき、あちこちの沢で見ることになった。

 


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