7月7日のブログに書きましたが、今月1日から内閣府所管特別財団法人と
いう物々しい肩書の「日本広報センター」の参与になりました。今度その「参与」
という役職名の前に「東日本大震災復興プロジェクト特命担当」という文言が
付き、期待されている仕事の内容がより明確になりました。
その仕事というのは岩手、宮城、福島の3県にライブビューイングシアター、
いわゆるスポーツ、エンターテイメントの映画館と震災と津波のアーカイブ
センターが併設された施設を作るという具体的な仕事です。
現場に知り合いやお仲間の多い前議員は私だけのようで、白羽の矢を立てて
いただきました。子供の頃に映画館で拍手をしたり、みんなで歌ったりしたあの
感覚、いわゆる「心の復興」はやりたかったので喜んでお受けしました。
「行政の補助金を当てにせず自主自立の経営基盤を持った被災地の雇用振興
に資する業態」が目標だそうです。そんな難しい目標を与えながら「必要経費は
出るかもしれないが給料は無い」という鬼のようなお話し、まあ岩手、宮城、
福島の皆さんにはお世話になりましたので微力ですが必ず形にするよう一生
懸命働きます。
いう物々しい肩書の「日本広報センター」の参与になりました。今度その「参与」
という役職名の前に「東日本大震災復興プロジェクト特命担当」という文言が
付き、期待されている仕事の内容がより明確になりました。
その仕事というのは岩手、宮城、福島の3県にライブビューイングシアター、
いわゆるスポーツ、エンターテイメントの映画館と震災と津波のアーカイブ
センターが併設された施設を作るという具体的な仕事です。
現場に知り合いやお仲間の多い前議員は私だけのようで、白羽の矢を立てて
いただきました。子供の頃に映画館で拍手をしたり、みんなで歌ったりしたあの
感覚、いわゆる「心の復興」はやりたかったので喜んでお受けしました。
「行政の補助金を当てにせず自主自立の経営基盤を持った被災地の雇用振興
に資する業態」が目標だそうです。そんな難しい目標を与えながら「必要経費は
出るかもしれないが給料は無い」という鬼のようなお話し、まあ岩手、宮城、
福島の皆さんにはお世話になりましたので微力ですが必ず形にするよう一生
懸命働きます。