翻訳 朴ワンソの「裸木」72
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私は慌てて聞き返しながら、母の胸をはだけた。私は胸のどこかに腫れたものや傷のようなものを考えたが、そんな痕跡はなかった。
壁面のようなくっついた胸の両側に、真っ黒い乳頭がぶらさがっているだけで、肋骨が数えられるほど、骨と皮が互いにくっついた胸は、ぎくっとするほど凄惨な感じだった。生命が宿っていないような、やつれた肉体がそれでも高熱で燃えていた。
この生木についた枯れ枝のような肉体のどこに、この熱い熱源があるのだろうか? そしてこの憤った波浪のような激しい運動員は、どこにいるのだろうか?
私ははだけた下着を直して、3時間しか過ぎなかったけれど、また2つのカプセルを母に勧めた。
母は煩わしそうに体をよじると眉間にしわを寄せて横たわったまま、口を少しあけた。私は薬を白く舌苔が混じった舌の向こう側に押し込んで水を注いだ。異常な音を出しながら、水だけがあふれ出て、カプセルはそのまま残って散らばったが、母はまた激しい咳の発作を起こした。私は薬も吐き出させて、咳の苦痛も減らそうと、上半身を起こして背中をとんとん叩いた。母は咳で上気した顔面を異常な表情にゆがめて、手で何かを探した。うっかり突きつけた陶磁器のどんぶりには赤褐色の痰に黄色い薬が絡んでいた。
私は素早く三番目のカプセルを取り出して、朦朧として横たわっている母を後ろから起こして、まず麦茶を一匙すくった。母は美味しそうに飲んでから、もう少しほしいという素振りさえした。私はコップに麦茶を注いでおいて、母の口にカプセルを放り込んだ。母は頑強に頭を振って薬を吐き出してしまってから、うわごとのように〈水水〉と言った。
私はどうすることもできずに、コップを突き出した。母は数口飲むと私の腕から敷布団の上に滑り落ちた。
私は最後まで母に薬を飲ませることができなかったが、さらにその長めの枕のようになったカプセルが、神通力を持った霊薬のように思われた。なんとかその薬を母の内部に押し込めることができたら、たちどころにすべてのものが嘘のようによくなるはずだった。
そうとも。注射というものもあるんだ。どうしてさっき病院を探さないで、取るに足りない洋薬局のようなものをさがしたのかという後悔に気が狂いそうだった。
私は卓上の時計の秒針があまりに遅く回るのに耐えられなくて、起きて居間をめまいがするほどぐるぐる回った。
それだけ、実際は母のために何もできないまま、なかなか窓が明るくなってこなかった。
私は母がとても悪い状態だということが漠然とわかった。父や兄達の死を見たけれど、その死は悲しみや驚きを準備する間もなく、一瞬の不意打ちだった。
灯の皿に油が尽きるように、人の生命が次々尽きていく様子を一人で見ることは初めてだった。一人だとは。
私は今だにこの落ち着かない古家で一人で住んできたと思っていたが、今になって考えると、それでも母と一緒に住んできたようだ。今こそ一人なのだ。完全に一人だとは。
私は母の痰が詰まった音とあえぐ息遣いと一人だという思いで、逃げるように向かいの部屋へ渡ってしまった。ふとんを被った。そうして、幼い子供のようにすぐに深い眠りに落ちてしまった。
目を開けたときは嘘のように明るい朝だった。
母の容態は夜と少しも変わらなかった。しかし、私は熟睡したためか、澄んだ朝のためか、新しい勇気が湧き上がった。母の病が一般的に重い風邪程度と思われた。注射だけ打ってもらえば、直ちに良くなるはずだった。私は町へ出かけた。なかなか病院の看板は目につかなかった。ほとんど安国洞まで来た。
医者はみな軍医でなければ金持ちなのだ。ソウルのような中途半端な所にいるような方達ではなかった。
私は少し苛立ったけれど、全く失望はしなかった。まさかソウルに医者がいないかもしれないなんて。それでも、往診なのでちょっと近い所の病院を探したかった。
何気なく覗いた路地の中に昨日の洋薬局より、もっとみすぼらしい病院の看板を一つ発見した。
小児科だったけれど、医者は年を取っていて頼もしかった。私は昨晩洋薬局でしたように、母の容態を仔細に説明した。医者は看護婦もおらず一人で往診準備をした。
私は彼の往診かばんを持って先に立った。思ったよりかばんが重く、頼もしかった。
母は、医者の手がわかるのかわからないのか、深い昏迷状態の中で、依然として高熱で燃えていた。
医者は母の胸から背中に聴診器を当てて何度も叩いて、まぶたもめくってみた。しばらく私は生唾を飲み込みながら、彼の様子をうかがった。
診察を終えても医者は黙って母の骨と皮のお尻に注射を打った。私は石段に置いた彼の靴をブラシでこするふりをしながら、
「先生、母の状態はどうですか? すぐによくなりますか?」
とやっと尋ねた。
「今何とも言えないが、かなり危篤だな」
「先生、母を生かしてください」
「家族は君だけなの?」
「はい、兄達がいますが、皆軍人で出征しました」
私は嘘でその医者の同情を引かないようにした。
「それはよくないね。最善を尽くすつもりだ。注射を4時間間隔で打たなければ」
「どうやるんですか?」
「君が4時間ごとに来ることにするんだよ。容態の変化も観察しながら」
「先生、本当にありがとうございました」
「部屋を温かくして、空気が乾燥しないように、手ぬぐいのようなものを広げておくようにするんだ。麦茶などをほしがったら、いくらでもあげるといい」
医者は4時間ずつ必ず来て注射をしていったが、母はそのままだった。そうしてそれ以上悪くならずに幸いだった。
「夜にも往診なさるんですか?」
夜10時、4番目に往診に来た医者に、私はまずそれから尋ねた。彼はもう一度綿密に母を診察してから黙って板の間の隅まで出て、独り言のようにぶつぶつつぶやいた。
「私としては最善を尽くしましたが…」
「えっ? 母は良くなっているんじゃないんですか?」
「今晩が山になるはずだが…」
彼は大変私を不憫に思っている様子だった。
「助けてください」
私は彼のずっしりと重い往診かばんをひっつかんだ。そのかばんがまるで奇跡を作る魔法のポケットのように感じられた。
「医術として最善を尽くした。もう今は患者の生きようという意志が今後の経過を左右するようになるかもしれない」
生きようとする意志、私はひとりでに彼のかばんを放した。
「君、落胆しないでください。重ねて言うけれど、最善を尽くしたので、一緒に患者の意思を信じましょう。今夜は変わったことがないはずだから,あまり心配しないで」
医者の言葉のとおり、母は夜間何事もなかった。明け方になると、息遣いと喉の痰の詰まった音まで収まった。
楽しい夢でも見ているのか、顔にかすかに微笑まで浮かんだ。
うわごとのようにつぶやく言葉の中に、よくあなたとか、ウカ、ヒョカとか言う単語が聞き取れた。
そんな母の表情は彼女がとても楽しかった日の表情と似ていた。母は今夢の中で故人達とともにいるのだろうか。ひょっとして、母は回復しているようだった。
私はふいに母が回復しているということが恐ろしかった。母は今幸福だったが、目覚めることが、母の精神と肉体が冥土と現世に分かれていることが恐ろしかった。
医者の言葉は間違ったのだろうか? 彼女は明らかに生きようという意志がなくても、回復していて、私は死よりも生きようという意志のない生が一層恐ろしかった。